Saturday, October 05, 2019

ヘイト・スピーチ研究文献(139)


山邨俊英「政党関係者によるヘイト・スピーチと表現の自由――Matteo Bonottiの議論を参考にして」『広島法学』第43巻1号(2019年)

目次

一 はじめに

二 政党関係者によるヘイト・スピーチは特別な保護に値するか

(一)   Bonottiの問題意識と基本的主張

(二)   Matteo Bonottiのヘイト・スピーチ規制論

三 日本の議論への示唆

(一)   主体の明確化の必要性

(二)   ヘイト・スピーチの特別な寄与への着目

(三)   責任追及の方法と対抗原論の有効性

四 結びに代えて


 ヘイト・スピ―カーが選挙に立候補し、選挙運動であることを口実にヘイトをまき散らす問題が生じてきた。東京都知事選から今年の総選挙まで、悪質なヘイト演説が行われてきた。選挙運動といえどもヘイトはヘイトであると法務省も認めているが、選挙運動におけるヘイトに対するカウンター行動は選挙妨害とされてしまう危険性がある。

こうした状況を前に、山邨は、モナシュ大学のBonottiの議論を紹介する。Bonottiは政治理論家で、政党関係者、特に当選した政党関係者と出馬中の政党関係者に限定したヘイト・スピーチを考察している。「彼の議論は特定の主体に限定したヘイト・スピーチ規制の問題を検討する世界でも数少ない研究」であるという。

論文の「二 政党関係者によるヘイト・スピーチは特別な保護に値するか」は、55ページにわたってBonottiの見解を詳細に紹介している。

「三 日本の議論への示唆」において、山邨は、Bonottiを参考にしながら日本の議論を一瞥する。

(一)      主体の明確化の必要性

 Bonottiは公人すべてではなく、当選した政党関係者等に絞って議論している。日本では論者によって公人、公務員、公職者、政治家など用語がさまざまである。議論が不明確になりがちだ。長谷部恭男は政治家の職にある人、国会議員、首相、首長をあげているという。師岡康子は憲法99条の憲法尊重擁護義務に関連して公務員を指しているという。

山邨は「主体を限定するならば、『公人』のような抽象的な類型に留まるのではなく、より具体的な職務に着目し、その役割や職責を検討していく必要がある」という。

(二)      ヘイト・スピーチの特別な寄与への着目

 Bonottiは、特別な義務だけでなく特別な寄与に着目している。政党の拡声器機能のために害悪が増幅する面があるが、他方、政党関係者による言論が政治的正当性に特別の寄与をするという。

山邨は、日本の議論は公人のヘイト・スピーチの規制の正当化に向けられているため、言論の要保護性を高める側面への注目が薄いという。日本では、ヘイト・スピーチがそもそも犯罪とされていないため、影響力の大きい公人のヘイト・スピーチを犯罪化できないかという文脈で議論がなされるためだ。 

(三)      責任追及の方法と対抗原論の有効性

 Bonottiは、主体を限定することによって責任追及のルートが確保される議論をしている。政党関係者の発言は、大きい影響力を有するが、より大きな社会的審査を受けている。

山邨は、公人のヘイトには対抗原論が働きやすいと見ているようだ。


以上のように山邨論文は非常に興味深い内容である。Bonottiの議論の紹介部分は再度読み直してみようと思う。

都知事選から総選挙に至る過程で、私たちも選挙運動とヘイト、政治キャンペーンとヘイトについて議論してきた。人種差別撤廃委員会に提出された各国政府の報告書においても、政治家の発言や政治キャンペーンの発言がヘイトとして処罰された事例が数は少ないが紹介されている。私の『序説』『原論』でも紹介した。

もっとも、私は、山邨のように主体の類型化をあまり考えてこなかった。私は「ヘイト・スピーチ法の類型論」を唱えて、実行行為については、行為類型、手段・方法、犯罪動機(保護の対象)、④特殊な「アウシュビツの嘘」、⑤刑罰について検討してきた。行為類型に焦点を当て、行為者類型には焦点を当てていない。ヘイト・スピーチを身分犯として構成することも考えてこなかった。

ヘイト・スピーチ処罰のための要件論を初めて提示した国連人権高等弁務官事務所等による「ラバト行動計画」(2013年)は、文脈、発言者、意図、内容と形式、言語行為の範囲、結果の蓋然性を掲げている。

の発言者では、「発言者の社会における位置や地位、とくにその発言が向けられた聴衆をとりまく状況におけるその個人ないし組織の立場が、考慮されるべきである」とされている。

ただし、主体の類型化という問題関心ではない。というのも、の文脈も、④内容と形式、⑤言語行為の範囲、⑥結果の蓋然性も、すべて主体の立場や位置に関連するからだ。

川崎市条例素案における罰則規定も、公人・私人の区別はしていない。

日本では、ヘイト・スピーチがそもそも犯罪とされていないため、影響力の大きい公人のヘイト・スピーチに限って犯罪化できないかという問題関心はよく理解できる。人種差別撤廃条約第4条(c)をもとに、公人によるヘイト・スピーチの規制を理論的に検討する必要があるかもしれない。山邨論文はこのテーマを理論的にリードする論文であり、大いに参考になる。