Sunday, May 01, 2022

リベラリズムはどこへ行ったか

纐纈厚『リベラリズムはどこへ行ったか─米中対立から安保・歴史問題まで』(緑風出版)

http://www.ryokufu.com/isbn978-4-8461-2204-1n.html

まえがき――「絶対非戦」と「絶対平等」を求めて

【課題と提言:外交防衛問題】

第一講 米中対立と台湾有事をめぐって~中国脅威論が結果するもの~

【課題と提言:安保問題】

第二講 あらためて新安保法制の違憲性を問う~戦争への敷居を低くする危うさ~

【課題と提言:歴史問題】

第三講 東アジア諸国民とどう向き合っていくのか~アジア平和共同体構築と歴史和解への途~

【課題と提言:総括】

最終講 危機の時代をどう生きるのか~リベラリズムの多様性と限界性~

半世紀前の学生時代に、片手に安酒、片手にギターを持ち、Where have all the flowers gone?を歌った著者は、いまWhere have all the Liberalists gone?と問いかける。

日本政治を見ると、保守の変質と同時並行でリベラルの劣化が進む。政治の腐敗を横目で軍事主義が強まり、対米従属が過激化する。アメリカにコバンザメのようにしがみつくミニ帝国主義の日本がアジアの不安定要因と化している。

この惨状を嘆き、唾を吐いても、自分に帰ってくるだけである。纐纈は惨状に向き合い、冷静に分析し、その原因と構造を解明し、突き崩す理論的営為に集中する。

第一講では、米中対立と台湾有事をめぐって検討する。「中国脅威論」とは何であり、何処から登場しているのか。誰のための何のための作為なのか。鬩せめぎあう米中の軍事戦略を追うことで、立ち位置を変えるアメリカの姿勢を見据えながら、台湾有事問題を問う。

第二講では、「山口新安保法制違憲訴訟」の原告として新安保法制法の危険性を訴える。特に新安保法制法で形骸化する文民統制の実態を分析する。

第三講では、歴史和解が平和実現の前提であるとし、歴史認識を深めていくことの意味を探る。日本軍「慰安婦」問題をはじめとする過去の歴史を引き受けることができず、目を閉ざす日本の実情を批判的に分析する。戦争責任論の欠落とともに、植民地近代化論の弊害も指弾する纐纈は「過去の取り戻しとしての平和思想」を唱える。

最終講では、危機の時代をどう生きるのかをリベラリズムの多様性と限界性の視点から考察する。そこでリベラリズムの原点とは何かを問い、未来を見据える鏡として非武装平和への途を探り、数々の提言を試みる。

日本近現代政治軍事史・ 安全保障論を専門とする纐纈は、歴史論と政治論を編みこんだ、幅広い知見と深い分析で知られる。原則論にこだわりながらも、多様な光を当てて柔軟に思考する。

纐纈の著作は実に数多く、『日本降伏』、『侵略戦争』、『日本海軍の終戦工作』『田中義一 総力戦国家の先導者』といった歴史研究もあれば、『日本政治思想史研究の諸相』のような本格的な思想史研究もある。緑風出版からは、『崩れゆく文民統制』『重い扉の向こうに』を出している。私も纐纈の著作は10数冊読んで学んできた。はじめて読んだのは『総力戦体制研究』だったが、周辺事態法や有事法制への批判も何冊か読んだと記憶する。

We shall overcome, somedayを信じて研究に実践に発言を続ける纐纈の作法に私も学びたいものだ。