Friday, November 09, 2012

レイシズム研究に学ぶ(5)


鵜飼哲・酒井直樹・テッサ・モーリス=スズキ・李孝徳『レイシズム・スタディーズ序説』(以文社、2012年)

 

今日のBGMは、知花竜海Duty Free Shopp.とカクマクシャカの「音アシャギ」。2006年に出た傑作アルバム。特に沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事件を歌ったラップ「民のドミノ」が凄い。

 

さて、今回は、鵜飼哲、酒井直樹、テッサ・モーリス=スズキ、李孝徳による座談会「新しいレイシズムと日本」だ。これで本書のすべて。ただし、巻末にエティエンヌ・バリバール論文「レイシズムの構築」が収録されているが。

 

座談会は、レイシズム分析の射程、日本のポストコロニアル、血統主義と生地主義、生物学的レイシズムなどをめぐって進行する。日本の国籍法や、移民政策も問い直される。イギリスと日本という帝国の退却戦の差異も登記される。多文化主義の難しさも。それとの関連で在特会という病理現象も分析されるが、被害者意識に着目している。加害者が被害者意識に突き動かされて、さらに加害に走る。ヘイト・クライムでは「防衛的ヘイト・クライム」と呼ばれる。よそ者が我が町にやってきた、という意識が、次には我が町が汚染される、取られる、文化が変わるなどの恐怖になり、犯行に走る。

 

日本には差別撤廃法がないこと、人種差別撤廃条約を批准しながら怠慢であることも指摘される。その通りである。さまざまな話題が取り上げられ、読み手にとってはおもしろい座談会である。

 

本書全体に学ぶことで、日本における反レイシズムのために、何をどう分析し、運動につなげていくか、考えることがたくさんできた。課題を次々と提示してくれるという意味で、スリリングな著作である。再読の必要がある。

琉球救国運動--必然としての「抗日」


後田多 敦『琉球救国運動――抗日の思想と行動』(出版舎Mugen、2010年)



 

恥ずかしながら、こんな重要な本を知らずにいた。2010年10月の出版だ。

 

東アジアが劇的に変化した19世紀末、近代日本が武力で強行した琉球国の併合、いわゆる琉球処分、それに抗った琉球人の思想と行動はいかなる意味を持つのか清国亡命・南清貿易・徴兵忌避など、かれらの具体的な動きを詳細にたどりつつ、それがアジア諸国で生起した抗日運動の先駆的形態であることを明らかにした、東アジア近代史研究の意欲作。>

 

著者<1962年石垣島生まれ。神奈川大学大学院歴史民俗資料学研究科博士前期課程修了。専門は資料学の方法に基づいた琉球思想史、日本近代史。現在、雑誌『うるまネシア』編集委員>

 

以前、「植民者の手を引っ込めるために」で、知念ウシ 與儀秀武 後田多敦 桃原一彦 著『闘争する境界――復帰後世代の沖縄からの報告』(未来社、2012年)をごく簡潔に紹介した。その著者の一人である。


 

琉球処分に抵抗した琉球人がいたことを多少は知っていた。清国に脱出して抵抗が続いたことも。しかし、その内実は本書で初めて知った。本書によると、それなりの研究史があり、それを受けて本格的な研究を行っていることが分かる。我ながら無知だ。

 

本文300ページを超え、註も含めて374頁の本書は、琉球処分への抵抗を『琉球救国運動』と表現する。当然のことながら、独立国家である琉球王国に対する日本の侵略が俎上に乗せられる。植民者の側と、抵抗する側の双方をていねいに追いかけて、琉球処分の経過を明らかにしている。処分される側でも、処分を受け入れる立場もあれば、徹底的に抵抗する立場もある。それらを視野に収めながら、幸地朝常を中心とした抵抗を浮上させる。

 

本書の副題は「抗日の思想と行動」である。まさに「抗日」――その後、台湾、朝鮮半島、東南アジア各地で展開された抗日の先駆的形態である。「抗日」とは、大日本帝国による侵略が、アジア各地の人民に余儀なくさせた思想と運動であるが、そこからアジア人民の主体の練り直しも始まる。

 

「本書では、『琉球救国運動』と『抗日』の視点から、近代史を見直すという課題に取り組んできた。なかでも琉球国滅亡過程における黒党と白党の対立、そして尚王家を中心とした丸一店などの経済活動、徴兵忌避を事例として取り上げた。政治だけでなく、経済や社会的な側面から、沖縄社会のなかにおける運動の広がりを提示できたと思う。」

 

「救国運動の敗北や根本的対立のしこりは、運動に対するマイナスイメージを付与し、タブー視する理由ともなった。しかし、救国運動に参加した人々が中国で滞在中に文化や諸芸を学び、それを沖縄にもたらしたという事実もある。長期間にわたる人々の往来は、沖縄の文化にも影響を刻んだ。この関係の蓄積や抗日運動の経験は沖縄と東アジア各地との間で、現在でも続く友好関係の基礎をつくっているものである。」

 

著者は、当時の琉球救国運動の全体像に迫り、実証的に解明する任務に専念している。それゆえ、著者は「今こそ抗日を」などとは書いていない。植民地宗主国の国民の一人だが、私なら書いている、と思う。

 

東アジア人民史を描きだすためにも、本書は必須の一冊であり、必読である。東アジア各地の「抗日」との比較研究も重要だ。

Thursday, November 08, 2012

差別表現の自由はあるか(4)


差別表現の自由はあるか(四)

 

『統一評論』563号(2012年9月)

 

一 本稿の課題

 

 前回は、差別表現を処罰する立法を提案した内野正幸『差別的表現』(明石書店、一九九〇年)と、これに対する批判を瞥見して、一九九〇年代における議論状況を確認した。

一九八〇年代から九〇年代にかけて、差別表現の処罰立法は憲法の表現の自由に反する等の議論が盛んになされ、今日の憲法学における通説が形成されていったと見られる。しかし、当時の議論状況を見ると、判例においてこの問題が問われていたわけではないことや、憲法学において処罰立法を提案したのは旧内野説だけといって良い状況であったことから、議論は具体的な内実を持ったものとはなりえなかったように思われる。

そのため、第一に、議論は現実に向き合うことなく、観念だけを取り上げる水準になっていたように思われる。差別表現には被害がないかの如く断定する暴論が堂々と第一人者によって語られたことに特徴的である。第二に、議論はアメリカ憲法判例の理解と、日本への導入に収斂していった。それは、表現の自由の理解の発展を促す面があったが、かなり偏向した理解になっていったと思われる。第三に、一九六〇年代から国際人権法の発展がみられ、日本政府も遅ればせながら一九七九年に国際人権規約を批准するなど、国際人権法の摂取に向かいつつあったにもかかわらず、憲法学の議論は国際人権法を軽視する形で進んでいったように見える。

その後、内野自身が旧説を改めることによって、旧内野説が「過去」のものとなり、憲法学は、前々回に見たように、差別表現の処罰立法に否定的な態度を取るのが一般的となり、しかも、その際にあえて理由を示すことさえ必要とはされないほどに、共通の理解がしっかりと形成されることになった。

今回は、そうした理論状況の特徴を見るのに有益と思われる二つの文献を検討することにしたい。

一つは市川正人『表現の自由の法理』(日本評論社、二〇〇三年)であり、もう一つは内野正幸『表現・教育・宗教と人権』(弘文堂、二〇一〇年)である。

表現の自由に関してはこれ以外にも多くの重要な研究業績が存在するが、ここでは旧内野説から新内野説への転換を見て行くことが主たる関心事であり、そのためには上記二冊を見ることで足りると考えられる。表現の自由に関する研究の第一人者である奥平康弘にも『表現の自由を求めて』(岩波書店、一九九九年)などの重要著作があるが、ヘイト・クライム処罰は主題とされていない。

 

二 市川説による到達点

 

 前々回に紹介した佐藤幸治(京都大学名誉教授)の『日本国憲法論』(成文堂、二〇一一年)に、人種差別撤廃条約に関して、次のように記述されていた。

「加入に際して、わが国は、憲法の保障する権利と抵触しない限度で義務を履行するとの『留保』を付したことは前に触れたが、この条約も踏まえて平成一四年に国会に提出された人権擁護法案の内容などを読むと、表現の自由(および集会・結社の自由)との関係で看過しえない重大な問題が含まれていることが知られる(市川正人)」(二七〇頁)。

これは、市川正人(現在・立命館大学教授)の『表現の自由の法理』のことである。該当頁を明示せずに一般的に市川の名前を示しているのは、それだけ本書が学界において広く共通の理論財産となっていると理解されているためであろう。

本書は、表現の自由に関する裁判法理について検討しているが、それは表現の自由の優越的地位や、二重の基準論が日本では必ずしも機能していないという認識から、優越的地位や二重の基準を定着させるためにはどうすればいいかという関心で書かれている。つまり、日本の判例においては表現の自由がなお十分に保障されていないので、よりいっそう表現の自由を促進するために理論的研究を行っているものである。

差別表現に関しては、第一編「表現の自由総論」の第二章「差別的表現の規制」において検討が加えられる。

市川はまず、「アメリカにおける差別的表現の規制」について、①アメリカ合州国最高裁のR.A.V.判決を検討し、②次に批判的人種理論の挑戦によって始まった差別的表現禁止をめぐる論争を検討する。そのうえで、市川は、③日本における差別表現規制をめぐる論争、すなわち旧内野説とそれへの批判を整理して、差別表現規制法の可否を論じ、人権擁護法案について検討を加えている。

  R.A.V.判決とその評価

一九九二年の最高裁判決は、ミネソタ州におけるヘイト・スピーチ事件につき被告人を有罪とした「偏見を動機とする犯罪条例」が合州国憲法修正第一条に違反し、文面上無効であると判断した。本判決についてはそれ以前から紹介されていた。判例法理としては、表現内容の規制・内容中立二分論として展開されてきた。本書第二編においてアメリカにおける表現内容の規制・内容中立二分論が詳細に検討されている。本判決自体について、本書は次のように評価している。

「差別的表現禁止法を人種などに関するけんか言葉の禁止として正当化する手法は、これまでの判例の流れからして最も自然な手法であるが、本判決はこの手法を否定したのである。また、本判決は、差別的表現の禁止を、少数者の人権擁護のためのやむにやまれざる政府目的を達成するために必要不可欠な規制と構成する手法をも否定した。/本判決が差別的表現禁止法に対してこのような厳しい姿勢をとったのは、差別的表現禁止法に対し、特定の争点につき非寛容の思想ないし偏見をもつ側にのみ負担を課す(見解差別的効果を有する)ものであるとの否定的な評価を加えているからであろう。この点、結果同意意見が、『差別についてのわが国の長く苦痛に満ちた経験』ないし『現代アメリカ社会における「人種、肌の色、信条、宗教[及び]性」の役割』を考慮して、けんか言葉たる差別的表現の禁止に関して理解を示しているのと対照的である。本判決は、差別的表現禁止法を正当化しようとする手法すべてについて判断を加えたものではないが、差別的表現禁止法を正当化することがかなり困難になったことは確かである。」(本書四四頁)

市川の評価の前提、そしてアメリカ最高裁判例の前提には「思想の自由市場」の論理があることがよくわかる。あくまでも「思想」であり、「表現」であるという位置づけである。この思考と、表現の自由の優越的地位とがセットになることによって、ほとんど無制約の表現の自由論が構築されることになる。

  批判的人種理論の挑戦

市川は、次に批判的人種理論の挑戦について検討している。批判的人種理論とは、一九八〇年代末頃からアメリカに登場した理論であり、この文脈では、差別表現禁止を唱える見解として位置づけられる。

例えば、批判的人種理論は、「人種差別的表現は、その表現が侮辱している人種に属する人々の尊厳に対する攻撃であるが、そのような攻撃は、すべての人が等しく尊重と配慮を受けるべきと言う社会の基本的原理と矛盾する」として、差別表現の禁止を主張する。

これに対して、一九九〇年代に激しい論争が行われた。人種差別的表現規制法が誤って適用される恐れがあることや、逆にマイノリティによる言論に適用される恐れが指摘された。さらに、「そもそも、人種差別主義者は、その人種差別思想を表明する権利があるのではないか」という主張もなされたという。ここには「差別表現の自由」の主張が端的に表明されている。

これらの論争の紹介を踏まえて、市川は次のように述べている。

「まさに表現の自由の保障について特別な国であるアメリカがヨーロッパなみの『普通の国』になるかどうかが問題となっているのである。グローバル化とはアメリカ資本主義の貫徹であるとよく言われるが、このことはグローバル化がそれだけではないことを示していよう。国際的な人権保障のありようや冷戦の崩壊がアメリカの『表現の自由』理論を揺さぶっているのも、グローバル化の一側面なのである。これは、アメリカ的な『自由』のありようが問われているということでもある。そして、アメリカの『表現の自由』理論(特に判例のそれ)が直ちに根本的に転換する可能性は低いが、『思想の自由市場』論の形式性を克服しつつも、国家による思想統制を許さないような『表現の自由』理論へと展開していく兆しは感じられるのである。」(本書五二~五三頁)

  旧内野説をめぐって

次に市川は、旧内野説とそれへの批判を瞥見する。集団的名誉毀損ないし集団的侮辱の罪の新設を唱える江橋崇(法政大学教授)、処罰違憲説に立つ横田耕一(九州大学名誉教授)、松井茂記(大阪大学教授)の見解などを紹介し、差別表現規制法の可否について論じている。すなわち、一方では個人の尊厳(憲法一三条前段など)、他方で表現の自由(憲法二一条)があることに触れたうえで、「こうした考え方の下では、差別的表現のような問題のある言論についても言論でもって対抗するのが筋であり(対抗言論の原則)、言論で対抗するなどといった悠長なことをいっていられない緊急の場合にのみ思想・意見の流布を抑止することが許される。さらに、表現の自由が規制に弱いデリケートな性格をもっていることも考慮に入れられねばならない。すなわち、大抵の人は処罰される危険を冒してまで表現活動をしないので、規制が存在する結果、過度の自主規制がなされてしまう可能性が高いのである(規制の萎縮的効果)。それゆえ、表現の自由の規制は過度に広汎なものであってはならず、また、何が禁止される表現行為であるかを明確に示していなければならない(明確性の原則)」という(本書五八頁)。

 つまり、対抗言論の原則、規制の萎縮効果論、明確性の原則などから、差別表現の刑事規制はほぼ全面的に否定される。もっとも、「例外的にどうしても必要な場合にだけ必要なかぎりで制約される」(六一頁)としているが、具体的にはその可能性もないという趣旨であると読んだ方が良いだろう。

 市川の結論は次のようにまとめられている。

 「以上の私の立場からすれば、人種差別撤廃条約四条abをそのまま禁止・処罰するような法律は日本国憲法の下では認められない。他方、ブランデンバーグ判決の基準をみたすような人種集団に対する暴力行為の煽動や、侮辱を自己目的とするような特にひどい侮辱的表現を処罰するきわめて限定的な人種差別的表現処罰法ならば、規定の文言が明確であるかぎり、日本国憲法の下でも許容される可能性がある。しかし、憲法上の許容性と立法することの政策的適否とはまた別の問題である。後者についても、表現の自由が真に根づいたとは言い難いわが国において、差別的表現処罰法が有する効果をも考慮に入れて、慎重に検討すべきである。」(六三頁)

 以上の市川説は、表現の自由に関する本格的研究の中で、それまでの議論状況を踏まえて用意周到に検討された見解であり、大きな影響力を有した。その後の憲法学説が、市川説と基本的に同様の帰結に至っているのも頷けよう。

 「差別表現の自由はあるか」との問いに対する日本憲法学の到達点は、「差別表現は自由であり、刑事規制してはならない」というものとなった。多くの憲法学者が、このように明示的に表現してはいないものの、差別表現の刑事規制は憲法上許されるかという形の設問に対して、それは許されない(あるいは、ごくごく限定的にしか許されない)と回答している。さすがに「差別表現は自由である」と明言することには心理的抵抗があるために、表現方法を変えているのであろう。なお、赤坂正浩(神戸大学教授)の『憲法講義(人権)』(信山社、二〇一一年)は「差別的表現の自由」を明言している。

 

 

三 新内野説の結末

 

 九〇年代における論争を経て、内野は説を改めることになった。その時期の論考を収めた内野正幸『表現・教育・宗教と人権』(弘文堂、二〇一〇年)をもとに確認しておこう。

 もっとも、前回も紹介したように、内野自身は「改説」とは考えていない節もある。「憲法その他の分野で多数の文献が出され、私自身のフォローしきれないところとなった」と述べており、当時の論考を収録している。

 本書第一章「表現の自由と差別的表現」は六節から成り、六本の論考を収めている。初出年を見ると、第一節「表現の自由の守備範囲」は一九九五年、第二節「PCと差別的表現」は一九九六年、第三節「集団を傷つける言論」は一九九四年、第四節「差別的表現のおかれた位置」は一九九七年であるが、第五節「差別的表現と民事救済」は二〇〇七年、第六節「インターネットと表現の自由・名誉毀損」は二〇〇八年である。第一節から第四節までは内野の問題提起をめぐる論争とそれに続く時期と言えるが、その後、第五節までに十年の空白期がある。その間に関連論文を執筆していないわけではないかもしれないが、本書に収録するほどのものは執筆しなかったということであろう。「フォローしきれないところとなった」という表現ではあるが、普通であれば、沈黙を余儀なくされ、十年の歳月を経て、やや違った視角から論じることができるようになった、と理解する方が正当であろう。

 本稿の文脈で直接取り上げるべきは第三節であるが、第一節から見て行こう。

 第一節では、表現の自由の「優越的地位」との関連で、表現の自由は「前国家的な人権」であり、「自然的自由」であるとする。次に、中核的「表現」と周辺的「表現」という対句で、中核的「表現」は優越的地位にあるが、周辺的「表現」はそうとはいえないとして、表現を区分している。この区分を通じて内野なりの表現の定義を試みて、「表現」と非「表現」の振り分けを行う。客への見せ物、名前を名乗ることにかかわる行為、私的なコミュニケーション、活動支援的行為などについて論じている。

 第二節では、アメリカにおけるPCの紹介から始めている。内野の思考の特徴は、例えば次の一文に見ることができる。

 「反差別主義の流れがいわば圧制的になると、その流れに逆らいにくいような雰囲気が作り出されてしまい、そこでは、それに背こうとする者は、いわば悪者扱いされかねない。ここからは、ややもすると、のけ者扱いに反対する立場にあったはずの反差別主義者たちが、自分たちに反対する人をのけ者扱いにする、というパラドックスが生じてしまうおそれがあろう。いいかえれば、多文化主義という多様性尊重論が、自己への反対論を含めた諸思想の多様性を価値的に認めたがらないことがある、という話にもなってくる。あるいは、特定の価値観を押し付けないことを内容とするはずの多元主義が、多元主義という価値観を押し付けようとする、という逆説である。」(本書二〇~二一頁)

 次に内野は差別的表現について「再考」し、第一に、「表現行為を権力行為としてとらえる視点が必要になる」という。第二に、差別的表現という枠組みの適用範囲を明確にし、「差別的政策が、差別主義のメッセージを発信するものとして差別的表現に属する」と見るのは問題であろうという。第三に、差別的表現がマイノリティ集団のメンバーに向けられる場合への配慮であるが、同時に「内容的に不正な表現」にも留意している。

 第三節では、思想の自由市場の意味を再度検討した上で、「集団を傷つける言論とは何か」として、差別的表現や、「アウシュヴィッツの嘘」に関連する事案や、特定の宗教を信じている人々の心を傷つける言論などを例示する。これらについて、次のように述べているところに、新内野説の特徴が如実に表れている。

 「このような集団を傷つける言論は、特定の個人を傷つける場合と比べて、傷つけられた側の傷が、より深くないものとなる。したがって、そのような言論は、表現の自由の重要性にかんがみ、原則として、その自由が憲法上保障される、と考えるべきであろう。例外として、集団が社会的少数者の集団か宗教者の集団であって、言論が、その集団をことさらに侮辱する意図をもって行われた場合は、その言論は憲法上自由であるとはいえなくなる、と理解すべきであろう。もっとも、このような例外は、おもに机上の議論であって、実際上は、まれにしか起こらないと思われる。そうすると、大まかにいえば、差別的表現や神冒瀆的表現を含め集団を傷つける言論についても、それを国家権力が規制することを憲法は禁止している、ということになる。」(二九~三〇頁)

 また、内野は、差別的表現や不快な表現に対しては「それに抗議する言論などによって臨むにとどめるべきなのである」(三〇頁)と、対抗言論を主張する。

 第三節の初出は先にみたように一九九四年であるが、註を含めて加筆訂正を施して本書に収録されているので、二〇一〇年段階での内野の見解であると理解してよいであろう。註においては、表現の自由に関する文献として市川の著作を冒頭に掲げて、その後の文献を補充する形となっている。市川からの批判に積極的に反論する記述は見られない。

 第四節では、日本政府が人種差別撤廃条約第四条を留保した上で批准したことを「賢明な態度であった」と評価した上で、差別的表現には「個人攻撃性のあるものと、ないものとに類型化できる」という分類を行う。これは「攻撃が向けられる客体」の分類であるように見えるが、「他者加害的」という表現も用いられているので、加害と被害の関係も念頭に入れており、「個人攻撃的でない場合には被害がない」という趣旨と読み取れる。そのように述べているわけではないが、第三節の表現と合せてみると、そういう意味であろう。

 

四 おわりに

 

 以上、本稿の関心に即して、新内野説を見てきた。

 内野の問題提起をめぐる流れをまとめると次のようになる。一九八〇年代まで、部落差別発言や人種差別発言に対する法的対処はほとんど検討されてこなかった。部落差別発言に対する法的対処がなされないために、被害者がいわば自力救済的に立ちあがり、そのことが社会的問題として理解されるような状況であった。一九九〇年、内野正幸『差別的表現』が出版されると、憲法学の内部でも、より広い論壇でも、差別表現にいかに対処するべきかの議論が行われることになった。憲法学の一部には、江橋崇のように、内野の提起を受けて差別表現の刑事規制に賛同する見解もあったものの、多くはこれに否定的な反応を示した。憲法学以外においても、激しい反対を呼ぶことになった。

並行して、アメリカ憲法判例の研究がいっそう進んだ。ちょうど一九九〇年頃からアメリカにおけるヘイト・クライム規制法が増加していき、そこにはヘイト・スピーチ規制も含まれるようになり始め、これを否定する最高裁判決が登場した。その動向もいち早く日本に紹介された。日本国憲法の表現の自由規定はアメリカ憲法型であることもあって、アメリカ型の議論が支配的となり、内野の問題提起は、立法提案としては葬り去られることになった。内野の主張も当初からはかなりトーンダウンした。一九九四年には実質的に撤回する論文を書き、それを二〇一〇年の『表現・教育・宗教と人権』に収録している。本稿では、内野の改説と表現した。もっとも、先にも述べたように、内野自身は改説とは考えていないかもしれない。現に内野はその後も『差別的表現』を註記している。とはいえ、立法提案については実質的に撤回したと言ってよいであろう。内野への批判的応答は多いが、市川の『表現の自由の法理』が、もっともまとまった表現の自由研究であり、ここで一段落したと言えよう。

 しかし、問題に決着がついたわけではない。アメリカやイギリスでは、一九九〇年代からヘイト・クライム研究と法規制が始まったが、二一世紀になってその動きは加速している。内野や市川はそうした動きを踏まえていない。西欧諸国はもとより、北欧諸国や東中欧諸国でも人種差別撤廃条約四条関連の立法例が急速に増えている。欧米以外でも、同様の動きは少なからず見られる。例えば、前田朗「人種差別撤廃委員会第八〇会期」『統一評論』五五八・五五九号(二〇一二年)及びそこに註記した諸文献参照。アメリカが世界のすべてであるとでも言うような日本憲法学の「常識」が続く限りは、この状況に変化はないかもしれない。しかし、それも短期的な話であろう。

 以上が内野説をめぐるおおよその位置づけである。なお、本稿では、その後の研究状況をフォローしていない。市川の著作は二〇〇三年、内野の著作は二〇一〇年にそれぞれ出版されているが、一九九〇年代以後のヘイト・クライム法の立法状況や理論状況を度外視している。憲法学や刑法学においては、九〇年代後半以後、欧米諸国のヘイト・クライム法規制、さらにはヘイト・スピーチ法規制についての研究が登場している。それらについては別稿で検討したい。以下では、個別の論点について若干の指摘を追加しておこう。

 第一に、憲法一三条と二一条の関係をどのように理解するべきなのか。というのも、先にみたとおり、市川は、一方では個人の尊厳(憲法一三条前段など)、他方で表現の自由(憲法二一条)があることに触れたうえで、「こうした考え方の下では、差別的表現のような問題のある言論についても言論でもって対抗するのが筋であ」るとする。憲法一三条と二一条を対比した上で、二一条が優先するという理解を示しているが、その理由が示されていない。おそらく表現の自由の優越的地位を根拠とするのであろうが、普通に考えて、表現の自由の優越的地位を根拠にして憲法一三条の要請を退けることができるとは思われない。憲法一三条には、個人の尊厳の中核を成すものとして、例えば生命権が明示されている。生命権を内容とする個人の尊厳に対して、表現の自由の優越的地位と言うだけではおよそ説明にならないであろう。憲法学ではこのような問題をいかに理解しているのであろうか。

 第二に、右に引用したところに登場する対抗言論である。前々回紹介した憲法教科書では、渋谷秀樹(立教大学教授)の『憲法』(有斐閣、二〇一〇年)が「政府の規制を肯定すると、差別的言論の認定権を政府にゆだねることとなり、その恣意的な適用が懸念される。また、特定人が対象ではないので、不利益は拡散される。ここでは表現の自由のもつ思想の市場機能を信頼して、差別的表現については、対抗表現によって対処すべきである」(三四八頁)と、対抗言論を唱えていた。前回紹介した奥平康弘も対抗言論論者である。

 しかし、差別表現の被害者や、人権NGOは、「人種差別表現や部落差別表現に対して、果たして対抗言論は可能なのか」と議論を重ねてきた。ヘイト・スピーチが典型であるが、相手の存在そのものを否定し、「死ね」「日本から出て行け」「おまえは人間ではない」と叫ぶ差別発言に対して、対抗言論が可能であるとは考えられない。筆者は在日朝鮮人・人権セミナーという小さな市民団体で活動してきた。そのため「朝鮮人は死ね。日本から出て行け。東京湾に沈めてやる」と言った罵声を何度も浴びせられたことがあるが、およそ対抗言論などありえないと言うしかない。暴力(暴行・脅迫)を使わないが、しつように「死ね」「叩き殺せ」と連呼する相手に対して、市川や渋谷は、いかにして対抗言論が可能だと言うのであろうか。現実に即した実践を示してもらいたい。

 第三に、内野の言う多文化主義のパラドックスが理解しがたい。内野は「反差別主義の流れがいわば圧制的になると、その流れに逆らいにくいような雰囲気が作り出されてしまい、そこでは、それに背こうとする者は、いわば悪者扱いされかねない。ここからは、ややもすると、のけ者扱いに反対する立場にあったはずの反差別主義者たちが、自分たちに反対する人をのけ者扱いにする、というパラドックスが生じてしまうおそれがあろう」という主張をしている。

 「反差別主義の流れがいわば圧制的になると」とは、いったいいかなる事態を指しているのだろうか。「人種差別の流れが圧制的になる」事態ならば、ナチス・ドイツのユダヤ人差別、南アフリカのアパルトヘイト、旧ユーゴスラヴィアの民族浄化、ルワンダのジェノサイドを想起すればすぐにわかる。関東大震災朝鮮人虐殺も同様の事態である。ところが、「反差別主義の流れが圧制的になる」という言葉の意味はよくわからない。まして、九九%の構成員が日本人である日本においてそのようなことがありうるのだろうか。

 第四に、集団に対する差別と個人の被害である。内野は、「このような集団を傷つける言論は、特定の個人を傷つける場合と比べて、傷つけられた側の傷が、より深くないものとなる。したがって、そのような言論は、表現の自由の重要性にかんがみ、原則として、その自由が憲法上保障される、と考えるべきであろう」と述べている。この言葉はいったい何を意味しているのであろうか。意味不明と言うしかない。

 個人に対する差別表現と、集団に対する差別表現のいずれがより大きな被害を生むかは単純に解答することはできない。いずれの場合もありうることである。日本における朝鮮人差別が典型だが、「特定の個人を傷つける場合」よりも「集団を傷つける言論」の方がはるかに深く人を傷つけることは容易に想像できる。筆者は、朝鮮大学校における授業で学生に質問してみたが、多くの学生が、自分を名指しで侮辱された場合よりも、朝鮮人であるがゆえに侮辱されたと感じた方が、より怒りが大きいと答えた。内野のような単純な理解はあまりにも浅薄と言うしかない。

 内野の理解の背後には、奥平康弘が言う「差別表現は表現にとどまる限りは被害がない」という奇怪な思考が横たわっているのかもしれない。しかし、差別表現が表現であるが故に多大の被害を生むことは、いまさら主張するのもためらわれる事実である。前田朗「ヘイト・クライムはなぜ悪質か」『アジェンダ』三〇号~三四号(二〇一〇~一一年)参照。表現とは何かを少しでも考えたことのある者には多言を要しないであろう。

 第五に、内野の言う「机上の議論」である。内野は「例外として、集団が社会的少数者の集団か宗教者の集団であって、言論が、その集団をことさらに侮辱する意図をもって行われた場合は、その言論は憲法上自由であるとはいえなくなる、と理解すべきであろう。もっとも、このような例外は、おもに机上の議論であって、実際上は、まれにしか起こらないと思われる。そうすると、大まかにいえば、差別的表現や神冒瀆的表現を含め集団を傷つける言論についても、それを国家権力が規制することを憲法は禁止している、ということになる」と述べる。「その集団をことさらに侮辱する意図をもって行われた場合」は「机上の議論」であり「まれにしか起こらない」と言う。

 ここ数年、在日特権を許さない市民の会(在特会)と称する異様な排外主義の差別団体が、朝鮮人や中国人に対して激しい差別・中傷・罵詈・雑言を浴びせてきた。在特会だけではなく、いくつもの排外主義団体が、路上で、ネット上で猛烈な差別発言を繰り返している。前田朗「差別集団・在特会に有罪判決」『統一評論』五五〇号(二〇一一年)参照。これらは、内野にとっては「机上の空論」であり「まれにしか起こらない」のであろうか。果たして内野は現実世界を見ているのだろうか。どちらが「机上の議論」なのだろうか。

Wednesday, November 07, 2012

差別表現の自由はあるか(3)

差別表現の自由はあるか(三)

 

一 本稿の課題

 前々回は「差別表現」と「表現の自由」の関連を問うために、この問題が国際人権法においてどのように規定されているかを確認し、日本政府が国際人権法のフィールドでどのように主張し、国際人権機関からどのような勧告を受けたかを確認した。実は、ヘイト・クライム問題に関する限り、憲法学は日本政府とほぼ同じ歩調を取っている。

 そこで前回は、憲法学の動向をやや詳しく概観し、検討を始めた。代表的な憲法学教科書の記述を確認するにとどまったが、憲法学がヘイト・スピーチ処罰に否定的であること、その理由が表現の自由の保障にあること、しかし、十分な理由が示されていないことを見ることができた。憲法学教科書では、明白かつ現在の危険の原則やブランデンバーグ判決を引証するが、表現の自由の保障が優越的地位にあることと、ヘイト・スピーチ処罰ができないことの間の論理的説明はなされていない。

 人種差別撤廃委員会は従来から「表現の自由と人種差別表現の処罰は両立する」と繰り返していた。一般論ではなく、前々回紹介したように、日本政府報告書の審査において、具体的にその指摘がなされてきた。

 ところが、憲法学教科書は一切の説明抜きに、これを全否定する(ように見える)。「表現の自由」と一言唱えれば、それ以上の説明は必要ないと考えているのだろうかと不思議な印象を受ける。どの教科書を見ても、論理的説明が書かれていない。

 そこで、今回と次回は少し時期をさかのぼって、憲法学の理論状況が現在のようになる前の状況を見て行くことにする。前回も少しだけ言及した内野正幸『差別的表現』(明石書店、一九九〇年)から、市川正人『表現の自由の法理』(日本評論社、二〇〇三年)に至る経過を見て行くことである。内野の問題提起がどのような経過をたどったか、そして、内野がいかにして自説を撤回するに至ったかを見ることで、今日の状況が理解できると考えられる。当時の議論は憲法学の内部だけで行われたのではなく、かなり政府的議論がなされた。そのことの意味を考える必要がある。

 なお、以下では、ヘイト・クライム全体ではなく、「表現・言葉によるヘイト・クライム(ヘイト・スピーチ)」に限定する。特に人種差別撤廃条約第四条(a)が規定する「人種差別の煽動処罰」問題である。

 

二 八〇年代の議論

 内野正幸(当時・筑波大学助教授、現在・中央大学教授)が著書『差別的表現』において差別表現の刑事規制を提案し、「論争」が行われた。それは、憲法学では、市川正人『表現の自由の法理』によって決着を見ることになった。前回見た憲法学教科書は、その後に憲法学の世界で共通理解とされたことを前提として書かれている。さらに内野正幸『表現・教育・宗教と人権』(弘文堂、二〇一〇年)における改説によって最終決着したと言えよう。そこに収録された内野論文はそれ以前のものであるが、著者に収録して改めて発表したことで、現時点での内野の理解を再確認したと言える。

 もっとも、本稿では「撤回」「改説」という表現を用いているが、内野自身は「差別的表現」が「若いころからのテーマであり、それは出版当時に学界の内外で評価された。しかし、その後、憲法その他の分野で多数の文献が出され、私自身のフォローしきれないところとなった」という、あいまいな表現を用いている。

 ともあれ、内野説をめぐる応答が、憲法学においてヘイト・スピーチに関する議論の契機となったことは間違いないと思われる。そこで、内野説をめぐる応答の様子の一端を確認することが必要となる。

 ただし、以下で検討するのは、憲法学界における応答と言うよりも、学界の外での応答である。

 内野の問題提起がなされたのは一九九〇年のことである。当然のことながら、それ以前においても、差別表現と表現の自由をめぐる議論は続けられてきた。とりわけ七〇年代から八〇年代にかけて、部落差別とそれに対する批判としての解放運動の展開の中で、差別表現をめぐる問題も激しく争われてきた。

 部落差別研究所編『表現の自由と「差別用語」』(部落問題研究所出版部、一九八五年)は、当時の状況を知るには便利な一冊である。

 同書は、部落解放同盟の運動方針に対する痛烈な批判の書であり、その点を考慮して読む必要があるが、「第Ⅰ部 部落問題を主として見た表現の自由と『差別用語』問題」(成沢栄寿執筆)は一三〇頁に及ぶ力作であり、数々の差別用語問題・事件を取り上げて論評を加えている。

 成沢栄寿(さまざまな漢字表記を使い分けているようだが)は、歴史家(部落問題、歴史教育)であり、全国部落問題研究協議会代表幹事、部落問題研究所理事などを歴任し、長野県短期大学教授などもつとめた。著書に『日本の歴史と部落問題』『部落の歴史と解放運動近現代』『人権と歴史と教育と』などがある。さらに本書「第Ⅵ部 資料」には、運動団体等の見解、新聞・放送・雑誌・図書館の網領・指針、取り決め集、「差別用語」問題をめぐってなど多数の文書資料が収録されている。

 差別表現をめぐる当時の議論状況を知るためには格好の文献と言えよう。同書を丁寧に検証する余裕はないが、本稿の関心に照らして、その特徴を三点まとめておこう。

 第一の特徴は、同書の主たる問題関心が、部落解放同盟による糾弾闘争への批判であるため、「糾弾闘争による被害」が強調されていることである。

 逆に言えば、「差別表現による被害」には関心が向けられない。表現の自由と差別用語の問題が、「糾弾闘争から表現の自由を守る」という文脈だけで語られているため、「差別表現が具体的に被害を生じている」ことや、「差別表現の助長・容認が表現の自由を掘り崩す」側面にはほとんど考慮されていない印象が強い。結果として、表現の自由の主張が同時に差別表現の自由の主張となり、「差別に反対する表現に対する批判」となっている。この時期の日本における問題はこのような構図のもとで現象していたと理解するしかないのだろう。

 第二の特徴は、やはり同書の主題が部落解放同盟批判であることから、朝鮮人や中国人に対する差別や差別発言などの問題が取り上げられていないことである。主題の限定ゆえにやむを得ないとも言えるが、日本における差別と差別発言の問題を考える姿勢がない。

 同年代に出版された、在日朝鮮人の人権を守る会『在日朝鮮人の基本的人権』(二月社、一九七七年)、在日朝鮮人の人権を守る会『国際人権規約と在日朝鮮人の基本的人権』(守る会、一九七九年)などが参照されることがない。それは同書の限界であると言うだけではなく、当時の人権擁護運動における、横のつながりの弱さが反映しているのかもしれない。

 第三の特徴は、一九六五年の人種差別撤廃条約(日本政府の批准は一九九五年)、一九六六年の国際自由権規約(市民的政治的権利に関する国際規約、日本政府の批准は一九七九年)に言及がないことである。

 人種差別撤廃条約は、人種、民族、宗教だけでなく、世系(門地)に動機を有する差別を禁止し、人種差別禁止法の制定と、ヘイト・クライム(人種差別の煽動)の処罰を求めている。ところが、二〇年も後に出版された同書が、見事にこれらを無視している。

 以上、三点指摘したが、これは後知恵の批判でもないし、ないものねだりでもない。当時の議論の水準がいかなるものであったかを確認することができる。

 

三 旧内野説の登場

 このような時期に出版されたのが、内野正幸『差別的表現』である。

 内野は、人種差別撤廃条約や国際自由権規約を取り上げ、そして「自由主義諸国の苦悩」と題して各国の立法例を紹介している。

 アメリカの人種的集団ひぼうの禁止、イギリスのヘイトクライム法、フランスの人種差別禁止法の集団侮辱と憎悪・暴力煽動、カナダの憎悪煽動罪などを紹介・検討し、立法例について、①人種的集団に対する憎悪煽動、②差別煽動、③名誉毀損、④侮辱の四つに類型化している。さらに、法律による規制範囲について、人種差別撤廃条約四条(a)は禁止の対象にあまり限定をつけていないこと、立法例にも同様の例があること、ドイツやフランスの立法には「本来自由であるべきだと思われるような表現行為に対してまで、適用される傾向」があることを指摘している。

 内野は、「部落差別的表現の規制」について賛成論と反対論を検討し、具体的な提案として、部落差別解放同盟・差別規制法要網(案)、松本健男案、森井案、山下多美男案を紹介・検討した上で、自らの案を掲げている。内野正幸案は次のとおりである。

 「(第一項)日本国に在住している、身分的出身、人種または民族によって識別される少数者集団をことさらに侮辱する意図をもって、その集団を侮辱したものは、・・・・・・の刑に処す。(第二項)前項の少数者集団に属する個人を、その集団への帰属のゆえに公然と侮辱した者についても、同じとする。(第三項)前二項にいう侮辱とは、少数者集団もしくはそれに属する個人に対する殺傷、追放または排除の主張を通じて行う侮辱を含むものとする。(第四項)本条の罪は、少数者集団に属する個人またはそれによって構成される団体による告訴をまってこれを論ず。」

 内野の提案は憲法学に大きな波紋を呼んだだけではなく、当時の社会的論争の中に差し出された形なった。寄せられた反論に応答する中で、内野自身が自らの提案を撤回するに至る。そのことは後に見るとして、旧内野説の意義を、前節との関連で次の三点にまとめることができる。

 第一に、差別表現の問題を「表現の自由」だけの問題として位置付けるのではなく、まずは差別と差別表現がもたらす被害に視線を送り、そのことの憲法学上の位置づけを問い直していることである。闇雲に表現の自由を唱えてきた議論から、差別構造の中における差別表現の被害に着目している。

 第二に、「身分的出身、人種または民族によって識別される少数者集団」とあるように、部落差別問題だけでなく、日本における差別の全体を射程に入れた立論がなされている。

 第三に、人種差別撤廃条約、国際自由権規約及び諸外国の立法を紹介し、議論を国際人権法のレベルに引き上げている。

 内野提案の後、そして日本政府が人種差別撤廃条約を批准した後に、さまざまな立法提案がなされている。「外登法問題と取り組む全国キリスト教連絡協議会」の外国人住民基本法(案)、日弁連の多民族・多文化の共生する社会の構築と外国人・民族的少数者の人権基本法の制定を求める宣言、日弁連の外国人・民族的少数者の人権基本法要網試案、東京弁護士会外国人の権利に関する委員会差別禁止法制検討プロジェクトチームの人種差別撤廃例要網試案、自由人権協会の人種差別撤廃法要網、「移住労働者と連帯する全国ネットワーク」の「外国籍住民との共生に向けて」、「人権の法制度を提言する市民会議」の「日本における人権の法制度に関する提言」などの提案がなされている。

 これらについて、筆者はかつて次のように評した。

 「人種差別禁止法をつくる考えはNGOの間で共有されるようになってきたが、特定の人種差別行為について犯罪化するための立法提案に関しては、まだ十分な検討がなされていない。一般的な禁止規定にとどまっていたり、犯罪とされるべき実行行為の特定がなされていない。内野が紹介した諸案と最近の議論を比較しても、議論の水準があがったとはいえないのが実情である。」(前田朗「人種差別の刑事規制」『法と民主主義』四三五号、二〇〇九年)

 すなわち、内野提案の水準を超える刑事規制案はまだ見られないと言っても過言ではない。

 櫻庭総(現在・山口大学助教授)も、「以上の諸法案ないし諸提案についても、やはり『対象行為をいかに確定するか』(何が可罰的な差別表現か)という問題は依然として解決していない」と評しているが、具体的に引用に値すると認めたのは内野説だけである(櫻庭総『ドイツにおける民衆扇動罪と過去の克服』福村出版、二〇一二年、二五〜二七頁)。おそらく、右の筆者の評と同様の理解に立っていると言ってよいだろう。

 ところが、内野提案は後に内野自身の手で撤回されることになる。

 

四 旧内野説への批判

 内野の提案は憲法学に大きな波紋を呼んだ。内野自身も、先に引用したとおり「それは出版当時に学界の内外で評価された」という認識を示している。

 ここでその全体をフォローする余裕はない。本稿の関心からは、憲法学上のいかなる論点が、どのように論じられたかを知ることが必要であるが、ここでは「学界の内外」の「外」の部分の論議を確認する。それゆえ、右に紹介した部落問題研究所編『表現の自由と「差別用語」』の「姉妹編」とされる、成澤栄壽編『表現の自由と部落』(部落問題研究所、一九九三年)の反応を見ておくことにする。本書はこのテーマをめぐる当時の議論の水準を示す格好の素材と言えるからである。以下では、成澤栄壽、奥平康弘、川口是の論文を紹介する。

 第一に、成澤栄壽(長野県短期大学教授、部落問題研究所理事)「序説─言論・表現の自由と『部落解放同盟』」である。

 成澤論文は、本書の基調をなす巻頭論文であり、前書の巻頭論文と同様に力作である。論旨は一貫して部落解放同盟による「差別用語」に対する糾弾への批判である。それはここでの検討課題ではないが、成澤論文をここで取り上げるのは、前書では射程外であった人種差別撤廃条約や国際人権法に関連する記述が登場するからである。成澤は、部落解放同盟が反差別国際運動(IMADR)を国連NGOとして登録しようとしていることを批判する。部落問題研究所は当時、反差別国際運動の国連NGO「登録阻止の運動を展開した」という。「登録」が「理想化された国連の権威の悪用」になるという認識だからである。

 その具体的な証拠として成澤があげるのが、人種差別撤廃条約の「人種差別」に部落差別が含まれるか否かの問題である。部落差別解放同盟が「人種差別撤廃条約の人種差別には部落差別も含まれる」と主張したのに対して、成澤は次のように述べる。

 「たしかに国際的には、性や障害あるいは人種や民族に基づく差別を法規制する動きがある。これらは外見上わかるか、実際上判別が困難であっても、一般に外見上わかると見なされており、区別することによって尊重・配慮されるべき性質をもっている。『解同』(部落解放同盟のこと─引用者)は封建的身分に歴史的起因をもつ部落問題の属性(本質)を見誤り、疑似民族問題としてとらえている。だから右の国際的な差別法規制の動きを利用するのである。不当にも人種差別撤廃条約の『人種差別』に部落差別を該当させることになれば、『解同』とその追随・同調者たちにより、思想・信条の自由、言論・表現の自由、集会の自由などの侵害に悪用される可能性がある。」(四〇頁)

 第二に、奥平康弘(出版時・国際基督教大学教授、原稿執筆当時・東京大学教授、後に東京大学名誉教授)の論文「言論・表現の自由」である。奥平は憲法学者であり、『表現の自由Ⅲ』(東京大学出版会)、『なぜ「表現の自由」か』(東京大学出版会)、『「表現の自由」を求めて』(岩波書店)などを著した表現の自由研究の第一人者である。

 奥平は冒頭で、「差別表現」を表現の自由との関連で考えるために「原理論のレベルで接近しようと思う」「表現の自由の原理を究明する」とし、憲法学における表現の自由研究の第一人者として、憲法論を展開すると予告する。そして、奥平は「言論が言論であるかぎりは、他人に対してただちに現実に害悪を与えない」と断定する。論拠は一切示されていない。そしてただちに論点を、言論が他人に害悪を与える「おそれ」があるか否かに移動させる。次いで、言論抑圧が生ずるのは、抑圧する側が「自分の立場こそは絶対的に正しい」という「無謬性の原則」によるという。

 そして、「表現の自由」とは「メッセージの送り手と受け手のあいだに生ずる『コミュニケーション』『対話』を、どこまでも自由に開かれたものにすることだ」と言う。そして、言論の「受け手」は不特定多数であるから、「いろんな考えの人たちが『受け手』になる可能性がある」ので、ある者が不当な差別表現と受け取ったとしても、その者はすべての受け手の「代表者」ではないのだから、差別表現に関する「対話」を打ち切らせてしまう権利はないとし、部落解放同盟による糾弾権を全面的に否定する。さらに奥平は、表現が差別的であるかどうかをだれが判定するのかという問題を提示し、「差別する者」と「差別される者」という機械的な分け方は不適切であることも指摘する。

 奥平論文は、初出が『部落』五二一号(一九九〇年四月)であるため、内野説に対する直接の批判ではないと思われるし、内野説が引用されることもない。しかし、後述するように内野説を直接批判した川口是論文とともに本書に収録されることによって、内野説への全面批判として機能することは言うまでもない。

 第三に、川口是(元京都大学教授、執筆時・大阪経済法科大学客員教授)の論文「部落差別的表現の規制立法を批判する」である。

 川口は著書として『憲法と暮らし』(現代紫明社)、『表現の自由と「差別問題」』(兵庫部落問題研究所)、『戦後日本の政治過程と憲法』『憲法の考え方─長いものより一寸長く』(以上文理閣)がある。

 川口は冒頭で、内野『差別的表現』は「部落解放同盟あるいはその立場に同調する法律専門家の見解と同一ではないが、にもかかわらず大きな流れとしては、『本書』が部落差別的表現を規制する法律の─しかも罰則をともなったものとしての─成立にひとつの役割を果たすことは、客観的には否定できない」として、内野説への批判を始める。憲法学的批判であると同時に政治的批判でもあることを明確にしている。

 川口はまず、立法事実について論じる。法令の制定には、その法令を必要とする社会的事実が必要であるが、部落差別的表現の増加傾向について、立法事実があるかと問う川口はこれを否定する。内野が示した事例は、いずれも部落解放基本法制定要求国民運動中央実行委員会編『全国のあいつぐ差別事件』(解放出版社)からの引用にすぎず、そこに取り上げられた事件についても多様な解釈が成立するとして、内野説には「あまりにも事実関係の基礎づけが薄弱であるように思えてならない」という。

 次に川口は「立法化でなにがえられるのか」と題して、内野提案ができたとしても、犯罪の成立要件に絞りをかけているため、「処罰の対象となるものは、きわめて限られてくることになり、そのようなものを新たに犯罪として取り締まることにより、どのような効果が期待できるのだろうかという疑問がぬぐえない」という。

 続いて、犯罪化すれば警察による操作活動が行われることになり、「聞き込み、呼び出し(任意出頭)などが行われることになったらそこにかもし出されるであろう雰囲気に対して、私としては陰うつという言葉を思いうかべないにはいかない」と述べる。

 以上のように、川口は立法事実がないこと、立法してもさほど効果が期待できないこと、犯罪捜査が行われると雰囲気が陰うつになることをもって、内野説に対する批判としている。

 以上、成澤、奥平、川口の論文を簡潔に見た。『表現の自由と部落問題』には、他にも重要な論文があり、前書とは違って、部落差別だけではなく、天皇批判発言や黒人差別等にも言及している。当時の議論状況を知るには重要文献であるが、ここでは成澤、奥平、川口論文に言及するにとどめる。本稿の関心からは次の諸点を確認しておきたい。

 第一に、三論文とも共通であるが、「糾弾闘争による被害」のみが語られ、「差別表現による被害」には関心が示されない。本書の主たる関心が部落解放同盟による糾弾闘争への批判なので、主題が限定されているからである。それどころか、奥平は「言論が言論であるかぎりは、他人に対してただちに現実に害悪を与えない」と驚愕の断定をしている。表現の自由研究の第一人者によるこの断定の意味はあまりにも「重い」。

 奥平の立場からは、いかなる差別表現も「現実に害悪を与えない」のだから、文字通りあらゆる差別表現の自由が貫徹しなければならないことになる。この見解が正しいとすれば、現行刑法の名誉毀損罪、侮辱罪の規定も、場合によっては脅迫罪の規定も、憲法違反として廃止されなければならない。部落解放同盟を批判する政治目的に走るあまり、これほど非常識な見解が憲法の「原理論のレベル」と称して堂々と語られていたことに注意しておきたい。

 第二に、前書では朝鮮人や中国人に対する差別表現が取り上げられていないが、同書では、黒人差別等が取り上げられるとともに、民族問題にも言及がなされている。差別を解消し、平等を実現することは、もちろん本書の立場である。そのうえで、部落解放同盟の運動方針への批判をしているのである。そのことはよくわかる。ただ、同書の民族問題への言及は、民族差別と部落差別は本質的に異なるという主張としてしかなされていないことに特徴がある。民族差別と部落差別は歴史的社会的に異なるという当然のことを同書は述べている。ところが、そこからいきなり、成澤論文から先に引用したように、だから部落差別は人種差別撤廃条約にいう「人種差別」には当たらないという奇妙な結論が唱えられる。

 人種差別撤廃条約第一条は、人種差別を「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう」と定義する。ここでは、「人種」以外に、「世系」や「民族的出身」が列挙されている。

 部落差別が「民族的出身」による差別でないことは当たり前のことであって、部落解放同盟はそのような主張をしていない。部落差別は「世系」による差別だから「人種差別」に当たると解釈するのは当時としてもごく自然な解釈であった。「世系」(descent)はそれ以前の訳例では「門地」であった。日本政府は、部落差別は人種差別に当たらないという解釈を唱えるために、門地を避けて、世系という訳語を採用したと考えられる。しかし、人種差別撤廃条約という国際文書の解釈は訳語の変更という小細工で決まるわけではない。人種差別撤廃委員会は、世系の事例として、インドのカースト制、ダリット差別を取り上げてきた。このことからも部落差別が人種差別に当たると解釈するのはごく自然なことである。

 人種差別撤廃委員会は、二〇〇一年及び二〇一〇年の二度にわたって、日本政府報告書の審査に際して、部落差別が人種差別撤廃条約第一条の世系に含まれることを明言している。これが世界の常識であると言ってよい。

 それきもかかわらず、成沢論文では「国際社会に、合理的根拠を示さないまま部落問題を人種問題のなかに加えようとする傾向」という表現で、部落差別は人種差別に含まれないという特殊な自説を唱える。憲法学者の奥平と川口は、法律家としての見識を披露すべき時に、あえて沈黙することによって成澤論文を支えてしまう。成澤、奥平、川口は、現在も右のような主張を続けているのだろうか。

 また、同書は朝鮮人差別や中国人差別とそれに関連する差別表現は取り上げようとしない。当時、筆者は、床井茂編『いま在日朝鮮人の人権は』(日本評論社、一九九〇年)、在日朝鮮人・人権セミナー『在日朝鮮人と日本社会』(明石書店、一九九九年)などに関わっていたので、日本人側の諸団体にも朝鮮人差別に抗して取り組む運動団体がいくつもできて、横のつながり、ネットワークができてきたことを思い出すが、同書を見るとそういう状況とは無縁のようである。

 第三に、同書は人種差別撤廃条約にはかろうじて言及するが、国際自由権規約や諸外国の立法例には言及しない。国際自由権規約は一九六六年の条約であり、日本政府については一九七九年に発効した。国際自由権規約第二〇条第二項は「差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する」と定めている。歴史家の成沢はともかくとして、法律家の奥平や河口がなすべきことは、国際自由権規約の国際的な解釈例を明らかにして、その意義を解明することであったはずだが、そうした作業はなされない。

 また、内野はアメリカ、イギリス、フランス、西ドイツ、カナダの立法例を紹介した上で、アメリカの裁判例と学説を詳細に紹介している。しかし、成澤、奥平、川口は、諸外国の立法、・判例・学説にはほとんど関心を示さない。自由で民主主義的な諸国において差別表現にどのような対処をしているのか、そこにどのような苦悩が刻まれているのかは全くどうでもよいことなのだろうか。言うまでもなく、奥平は表現の自由研究の第一人者であり、その著書においてはアメリカの立法・判例・学説を実に綿密に調査研究している。しかし、同書論文では「原理論のレベル」という言葉で記述の限定を施しているためか、諸外国の立法例には関心を示さない。国際人権法や諸外国の立法例とは別に、奥平の思考の中にだけ存在する「原理論のレベル」の記述がいかなる意味を有するのかは、よくわからない。

 川口論文に至っては、ヘイト・クライムを犯罪とし、警察が捜査を行うと雰囲気が陰うつになると決め付けている。それでは、ほとんどの北欧諸国や西欧諸国にヘイト・クライム規制法があり、現に適用されていることを川口はどう見るのだろうか。川口にとっては、北欧諸国や西欧諸国はそれほど陰うつなのだろうか。

 

五 おわりに

 以上、今回は旧内野説の登場と、それに対する批判を瞥見した。内野の『差別的表現』の出版は一九九〇年であり、わずか二二年前のことであるにもかかわらず、ヘイト・クライム法研究という観点から見ると隔世の感がある。

 右に示したように、日本における差別表現の自由を全体として射程に入れた研究は不十分であった。国際人権法や諸外国の例を参照する研究も不十分であった。内野の問題提起がすぐれていたのは、そうした状況を打開する理論と立法提案を大胆に提起し得たからである。

 それでは内野の問題提起はその後いかなる経路をたどるであろうか。次回のテーマとしたい。

 

*雑誌掲載後、データが紛失したため、復元したものである。校正が十分できていないため、雑誌掲載時と一部異なる可能性がある。

Tuesday, November 06, 2012

差別表現の自由はあるか(2)


 差別表現の自由はあるか(二)

 

『統一評論』561号(2012年7月)

 

 

一 本稿の課題

 

 前回は、「差別表現」と「表現の自由」の関連を問うために、まず、この問題が国際人権法においてどのように規定されているかを確認し、次に、日本政府が国際人権法のフィールドでどのように主張し、これに対して、国際人権機関からどのような勧告を受けてきたかを確認した。

 日本政府は、(一)日本には深刻な人種差別がないと主張して、人種差別禁止法の制定を拒否するとともに、(二)特にヘイト・クライム法については、憲法第二一条の表現の自由に抵触するのでヘイト・クライム法は制定できない、(三)憲法第三一条の要請である犯罪成立要件の明確性の原則にも違反するのでヘイト・クライム法は制定できない、と主張してきた。

 これに対して、人種差別撤廃NGOネットワークに結集した人権NGOやマイノリティ団体は、(一)日本には多くの人種差別があり、人種差別禁止法が必要である、(二)ヘイト・クライムは表現の自由には含まれず、人種差別撤廃条約第四条に従って法的対処が必要である、(三)明確性の原則に違反しない立法は可能である、と主張してきた。

 人種差別撤廃委員会は、二〇〇一年と二〇一〇年の日本政府報告書審査の結果として、日本政府に対して、(一)人種差別禁止法を制定すること、(二)人種差別撤廃条約第四条(a)(b)の留保を撤回し、ヘイト・クライムに法的対処を行うように勧告した。

 日本政府見解への批判はすでに数多く出されているが、実は、ヘイト・クライム問題に関する限り、憲法学をはじめとする法律学が、日本政府とほぼ同じ歩調を取っている。そこで今回は、憲法学の動向をやや詳しく概観し、検討を始めることにする。

暴力を伴ったヘイト・クライムは暴行罪、傷害罪、器物損壊罪などによる対処がなされているので、以下では「表現・言葉によるヘイト・クライム(ヘイト・スピーチなど)」に限定する。特に人種差別撤廃条約第四条(a)が規定する「人種差別の煽動処罰」問題である。

 

二 憲法学の現在

 

 現在の憲法学は、ほぼそろって人種差別の煽動処罰に否定的な姿勢を取っているといえよう。以下では、代表的な憲法学教科書をもとに、現状を概観する。

A 佐藤幸治

佐藤幸治(京都大学名誉教授)の『日本国憲法論』(成文堂、二〇一一年)は、表現の自由は、「①個人の人格の形成と展開(個人の自己実現)にとって、また、②立憲民主制の維持・運営(国民の自己統治)にとって、不可欠であって、この不可欠性の故に『表現の自由の優越的地位』が帰結する」と説明する(二四九頁)。この点は、アメリカ憲法学に倣った日本憲法学において今日ほぼ共通理解となっているといえよう。

佐藤は「表現の自由」に対する制約の合憲性判断基準について、表現の自由の優越的地位をもとに、「一般に通常の合憲性推定の原則が排除され、むしろ基本的に違憲性推定の原則が妥当すると解される。すなわち、表現行為を制約する法律を適用する側で、当該法律の合憲性について裁判所を説得するに足る議論を積極的に展開しなければならないということである」とする(二五四頁)。

 次に「漠然性故の無効の法理(明確性の法理)」として「人の行為を規制し処罰する法律が明確な法文構成をとるべきことは、およそ憲法一三条ないし三一条の要請するところと解されるが、『表現の自由』の『優越的地位』に照らし、表現行為に対する委縮効果を最小限にすべく、特に明確性が厳格に要求され、漠然不明確な表現規制立法は原則として文面上違憲無効とされなければならない」という(二五九頁)。また、「必要最小限の規制手段の選択に関する法理」として「より制限的でない他の選択しうる手段の法理(LRAの法理)」にも言及する。

 そのうえで、佐藤は「せん動」を取り上げ、次のように述べる。

「現行法制上、犯罪または禁止行為のせん動(あおり)を処罰対象とするものが少なくない。せん動罪は、被せん動行為の実行の危険性があるというだけで処罰対象とする、実行行為とは無関係の独立の犯罪であるから、『表現の自由』を侵害し、政治理論の表明や政府の政策批判までもが処罰されるという危険を孕む」とし、食糧緊急措置令や破壊活動防止法に関する最高裁判例を瞥見し、「具体的適用にあたっては『明白かつ現在の危険』の法理によるべきものと解される」とする(二六三頁)。

 さらに、佐藤は「差別的表現」を取り上げ、次のように述べる。

「人種や性あるいはマイノリティ集団などに対する憎悪や嫌悪などを表す表現行為も、難しい課題を提起する。表現の自由を最重視する国といえるアメリカ合衆国にあっても、差別的表現(ヘイト・スピーチ)を禁止すべきであるという主張が展開され、それをめぐって激しい応酬が繰り広げられてきた。わが国は平成七(一九九五)年に人種差別撤廃条約に加入したが、その四条(a)(b)には、①人種的優越・憎悪に基づく思想の流布、②人種差別のせん動、③人種等を異にする集団に対する暴力行為のせん動、④人種差別を助長・せん動する団体及び組織的宣伝活動その他すべての宣伝活動、⑤そのような団体・活動への参加、等々を法律で禁止・処罰することを求めている。加入に際して、わが国は、憲法の保障する権利と抵触しない限度で義務を履行するとの『留保』を付したことは前に触れたが、この条約も踏まえて平成一四年に国会に提出された人権擁護法案の内容などを読むと、表現の自由(および集会・結社の自由)との関係で看過しえない重大な問題が含まれていることが知られる(市川正人)」(二七〇頁)。

 なお、市川正人とあるのは、市川正人『表現の自由の法理』(日本評論社、二〇〇三年)のことを指す(本書については次回取り上げる予定である)。

B 辻村みよ子

 辻村みよ子(東北大学教授)の『憲法・第四版』(日本評論社、二〇一二年)は、表現の自由の規制に関する違憲審査基準について、事前抑制の禁止、明確性の原則、明白かつ現在の危険、より制限的でない他の選びうる手段の基準(LRA)を列挙し、解説する。辻村は明確性の原則について次のように述べる。

「精神的自由の規制立法の内容は漠然とした不明確なものであってはならないとする原則である。日本国憲法では三一条で保障されている罪刑法定主義もその一つであり、この原則のもとでは、刑罰法規は、行為の公平な処罰に必要な事前の『公正な告知』を与え行政の恣意的な裁量権を制限するものでなければならないため、内容が明確であることが求められる。さらに、表現の自由を制約する性質をもつ刑罰法規の場合には、本来合法的な表現行為をも差し控えさせてしまう『萎縮的効果』のおそれがある。そこで、合理的な限定解釈によっても法文の漠然不明確性が除去されないときは、当該法規の合憲的適用の範囲内であると思われる場合にも、原則として法規それ自体が、文面上無効となるとされる。これが一般にいう『漠然性のゆえに無効』の考え方である」(二一四頁)。

 また、辻村は、明白かつ現在の危険に関して解説する中で、次のように述べている。

「一九六九年のブランデンバーグ事件の判決で、暴力や違法行為の唱導について『その唱導が、差し迫った非合法な行為を煽動すること、もしくは生ぜしめることに向けられ、かつ、そのような行為を煽動し、もしくは生ぜしめる可能性のある場合を除き・・・憲法上禁止できない』という基準として再び確立された。これは厳格な審査基準であり、害悪の重大性と切迫性の存在や程度等の判断もむずかしいため、教唆や煽動など一定の表現内容を規制する立法について用いるのが妥当であると解される」(二一五~二一六頁)。

 さらに、辻村は「犯罪煽動表現」について、「犯罪の扇動にあたる表現についても、現行法上種々の制約が規定されてるため、表現の自由との関係が問題となる」として、刑法の内乱の扇動や、破壊活動防止法に言及し、食糧緊急措置令や破壊活動防止法に関する最高裁判例を紹介して、「このように、抽象的な危険を根拠に比較的安易に公共の福祉による表現の自由の制約を許容することに対しては、学説上批判が強い。そして、煽動罪の危険審査基準について、アメリカ合衆国の連邦憲法裁判例のなかで確立された『明白かつ現在の危険』の基準やブランデンバーグ・テストなどの厳格な審査基準を日本でも適用すべきであるという見解が提示されている」として、佐藤幸治説を引用する(二二六頁)。

C 初宿正典

 初宿正典(京都大学教授)の『憲法2基本権・第三版』(成文堂、二〇一〇年)は、表現の自由を自己実現と民主制の前提条件と確認し、表現の自由の概念とその方法について幅広い一般的説明を行い(つまり限定せず)、表現の自由の保障に言及し、その制限と合憲性判断基準を論じている。公共の福祉論、表現の自由の優越的地位と二重の基準論、事前抑制の原則的禁止を概説した上で、明確性について次のように述べている。

 「一般に、とくに人の行為を規制し、場合によっては処罰をもって制裁すべきことを定める刑事法令については、その法意が不明確であってはならないことは、憲法第三一条等の要請するところである。そしてこの明確性の要請は、表現の自由にかかわる刑罰法規についても妥当すると言える。すなわち、特定の類型の表現行為を法的に規制すること自体は必ずしも違憲と言えない場合でも、どのような行為が法によって禁止されているのかが曖昧・不明確であれば、国民が制裁を恐れてその表現行為を差し控える可能性(萎縮的効果)が生じる。表現の自由がもつ上記のような重要性にかんがみれば、こうしたことは許されてはならない。それゆえ、法令の文言が曖昧・不明確であれば、違憲の判断が下されるべきだということになる」(二七一~二七二頁)。

 初宿は、表現の内容に関する規制について、名誉侵害の表現行為、プライヴァシー侵害の表現行為、犯罪方法等の伝授と並べて、犯罪の煽動と差別的表現を取り上げて次のように述べる。

 「これらの場合には、上に列挙された刑法上の犯罪の実行行為そのものではなく、それを煽動する表現行為が規制されるのであり、しかも、その表現の内容は多分に政府の政策に対する批判という側面を有している。ことに破防法関連の事例では、特定の政治思想やイデオロギーに依拠した表現行為であることに鑑みれば、民主政の基礎をなす自由な政治的言論が封じられる危険を否定できない。たとえ同法自体は合憲であるとしても、その適用には慎重さが要請され、当該表現行為によって単に犯罪が実行される抽象的な危険があるというだけでなく、前述の『明白で差し迫った』具体的な危険が認定される場合に限定して適用すべきであろう」(二七七頁)。

 「差別的表現をどう規制すべきかは、平等原則との関連でも問題となることはもちろんであるが、表現の内容に着目して規制することになるため、何が差別的表現であるのか、そこで用いられた言葉、これが発せられた文脈、発言者の主観的意図など、種々の観点から、表現が必要以上に制約されないような慎重な検討が必要となる」(二八二頁)。

D 長谷部恭男

 長谷部恭男(東京大学教授)の『憲法・第五版』(新世社、二〇一一年)は、表現の自由の優越的地位の根拠として、民主的政治過程の維持と個人の自立を検討した上で、合憲性の判断基準として過度の広汎性の法理、漠然性のゆえに無効の法理に言及した後、内容に基づく規制と内容中立規制に関連して、せん動と差別的言論について検討している。

長谷部はせん動について次のように述べている。

「せん動が表現活動としての性質を持つことにかんがみると、『重大犯罪を引き起こす可能性のある』行為一般を広く処罰の対象とすることは、過度に広汎な規制となる疑いがある。・・・(中略)・・・ブランデンバーグ原則によれば、違法行為の唱導が処罰されうるのは、それがただちに違法行為を引き起こそうとするものであり、かつそのような結果が生ずる蓋然性がある場合に限られる。せん動が処罰の対象となるのは、犯罪行為を実行する決意を生ぜしめまたはその決意を助長させただけではなく、せん動が行われた具体的状況において、重大な危害が生ずる差し迫った危険が存在したことを政府が立証した場合に限られるべきであろう」(二〇一頁)。

次に差別的言論については次のように述べる。

「女性を従属する性として描き、その社会的役割を固定化し再生産する表現としてポルノグラフィーを位置づけ、従属的な女性を性的に魅力あるものとして描くことが、女性の自律的な生の追求を阻害するともに、平等であるべき表現の場を女性にとって不利に歪めた場とすることで、従属的地位を改善しようとする表現活動をも抑圧するため、ポルノグラフィーを表現の自由の保護範囲から除外すべきだとの主張がある。特定の民族や社会階層等についてその社会的従属性を固定化しようとする差別的言論一般についても同様の主張がなされることがある。しかし、内容に基づく表現規制であるにもかかわらず、その外延を規定することが困難であること、従属的地位にあるとされる人々の表現活動が直接に抑圧されるわけではないこと、従属性の固定化という観念が不明確であり、性差別の場合でいえば、少女向けの童話やポップ・ミュージックにまで差別的言論の範囲が拡大しかねないこと等から、なお一般的支持を得るにはいたっていない」(二〇五~二〇六頁)。

E 渋谷秀樹

 渋谷秀樹(立教大学教授)の『憲法』(有斐閣、二〇一〇年)は、差別的表現について、他の憲法教科書よりも立ち入った記述をしている。

 「差別的表現とは、少数者集団に対する侮辱、名誉毀損、憎悪、排斥、差別などを内容とする表現行為である。アメリカ合衆国ではこのような表現行為は、憎悪の言論と呼ばれてその合憲性が議論されているが、これには必ずしも少数者ではない特定の集団に対する直接的・間接的な、その存在意義を揶揄あるいは否定するような誹謗中傷的・皮肉的表現も含まれる。このような表現の対象者が特定されれば、侮辱罪、名誉毀損罪等で処罰可能であるが、対象者が特定されない集団の場合、既存の実定法秩序によっては対応できないので、新たな規制の是非が問題となる」(三四八頁)。

 「憎悪の言論と呼ばれてその合憲性が議論されている」とあるのは意味不明であるが、「憎悪の言論の刑事規制の合憲性が議論されている」という趣旨であろうか。

 渋谷は、続いて刑事規制に関する合憲説と違憲説を、内野正幸説(『差別的表現』明石書店、本連載次回で取り上げる)に従って説明した上で、次のように述べる。

 「政府の規制を肯定すると、差別的言論の認定権を政府にゆだねることとなり、その恣意的な適用が懸念される。また、特定人が対象ではないので、不利益は拡散される。ここでは表現の自由のもつ思想の市場機能を信頼して、差別的表現については、対抗表現によって対処すべきである」(三四八頁)。

 合憲説と違憲説の論拠を対比して説明している点や、「対抗表現」によるべきと明示している点で踏み込んだ記述と言えよう。

 さらに、渋谷は「犯罪の煽動」について、食糧緊急措置令違反事件最高裁判決及び渋谷暴動事件最高裁判例を紹介した上で、次のように述べる。

 「学説は、法令の合憲性の審査基準に、また具体的行為の可罰的違法性の判定に、より厳しい基準を適用すべきとする。例えば、明白かつ現在の危険の基準の修正版であるブランデンバーグの基準、すなわちそのような行為が、差し迫った非合法な行為を煽動し、または生ぜしめることに向けられており、かつそのような行為を煽動し、または生ぜしめる蓋然性のある場合を除き憲法はその処罰を禁止するとする基準を取り入れるべきであるとする」(三四九~三五〇頁)。

F 赤坂正浩

赤坂正浩(神戸大学教授)の『憲法講義(人権)』(信山社、二〇一一年)は、「煽動的表現の自由」と「差別的表現の自由」を明言する。

赤坂によると、「煽動的表現の自由とは、『犯罪や違法行為を煽動する表現を国家から妨害されない市民の権利』を意味する」(七一頁)という。その規制の合憲性審査については明白かつ現在の危険やブランデンバーグ原則を紹介しつつ、破壊活動防止法に関する最高裁判例を紹介している。 

続いて、赤坂は「差別的表現の自由」について「差別的表現の自由とは、『マイノリティに対する差別・排斥・憎悪・侮辱等を内容とする表現を国家から妨害されない市民の権利』ということになる」(七二頁)と定義する。

 そして、赤坂は、人種差別撤廃条約第四条(a)(b)の適用を日本政府が留保していることに触れた上で、学説について次のように述べる。

 「学説には、差別的表現を規制する法律の制定もまったく許されないわけではないが、その合憲性は『明確性の原則』と『ブランデンバーグの原則』によって厳格に審査されるべきだという見解もある。しかし、日本では、差別的表現に関するメディアの広汎な自主規制がすでにおこなわれており、過度の自主規制が表現の自由に対して萎縮効果を及ぼす面があることにも注意が必要だ」(七二頁)。

 「しかし」以下は文意を読み取りにくいが、「差別的表現を規制する法律の制定はまったく許されない」という趣旨であろうか。

 

三 憲法学の特徴

 

 以上、憲法学の代表的な教科書から、差別表現に関連する記述を紹介してきた。その検討は、次回、学説の変遷を再確認した上で、行うことにしたい。

 ここでは、憲法学教科書におけるこの問題の記述における特徴をいくつかまとめておくことにしたい。

 第一に、「表現」の理解であるが、憲法学は「表現」をあらゆる表現としている。言語表現に限らず、人間の意思表示に関連するあらゆる事柄が表現になりうるというのが一般的であるが、その具体的根拠はほとんど示されていない。「表現」とはそういうものだという説明が多い。「憲法第二一条で保障される表現の自由に関する表現の概念定義を行う」という問題意識が見られないのが特徴である。

  第二に、「表現の自由」の理解についても同じことが言える。あらゆる表現の自由の保障であり、表現内容に関する区別は認められないとされる。憲法第二一条に「一切の表現の自由」とあるため、「一切の」表現の自由の優越的地位を認めるとされる。絶対的保障ではないものの、憲法上の自由権の中で別格の保障を認めるという理解が一般的である。

  第三に、それゆえ「表現の自由」と「差別表現の自由の刑事規制」との関係について、あらゆる表現の自由を保障するのだから、差別表現の自由に対する刑事規制には慎重でなければならないとされる。明白かつ現在の危険の原則やブランデンバーグ原則が参照される。ここでは、突如として、日本国憲法には書いていないがアメリカ憲法判例だから当然そう認めるべきだという論調が一般的である。表現の自由と差別表現の自由の刑事規制とを絶対的に対立させる理由が示されることはない。教科書という性格のためなのか、日本の憲法学教科書は理由を示さずに結論を述べることが非常に多い。

  第四に、国際自由権規約第二〇条第二項に言及がない。前回紹介したように、国際自由権規約委員会は日本政府に刑事規制の勧告をしているが、憲法学はこれを無視する。無視する理由は明らかではない。

  第五に、人種差別撤廃条約第四条(a)(b)については、いくつかの教科書が、日本政府がこれを留保していることを肯定的に紹介している。人種差別撤廃委員会から留保の撤回や、ヘイト・クライム規制法を制定するよう勧告を受けていることはきちんと取り上げない。この点に言及することがないため、議論の余地もない。

第六に、差別表現問題と犯罪煽動問題を、まったく別問題として分離する傾向が一般的である。両者の関連や重なりには言及がない。人種差別撤廃条約第四条やヘイト・クライムの問題は「差別煽動」問題であるが、問題を切り離したまま論じている。

 第七に、渋谷秀樹は、差別的表現に「対抗表現」を対置すべきと明言している。他の論者はそのように明言していないが、おそらく同様の考えであろうと推測される。人種差別問題に取り組んできた人権NGOであれば、人種差別の煽動に対して対抗表現・対抗言論は意味をなさず、実践不可能であると考える者が多いと思われる。これに対して、憲法学者は、対抗表現によるべきだと述べる。しかし、具体的内容は示されない。

 以上、さしあたりの思いつきのレベルだが、憲法学教科書における差別表現に関する記述の特徴を列挙してみた。

 次回は、もう少し以前にさかのぼって、差別表現の自由をめぐる議論に視線を送り、どのような議論の経過を経て、右に見たような憲法学の現状に立ちいたったのかを検討した上で、さらに議論を深めて行きたい。