奈須祐治『ヘイト・スピーチ法の比較研究』(信山社、2019年)
待望の本格的比較法研究である。
これまでのヘイト・スピーチ法研究(特に憲法研究)は、アメリカの法の状況について偶然入手した断片的な情報を元に大胆に断定するレベルの研究が多い。私は2冊の本でこう指摘してきた。
そうした中、ドイツ法(特に刑法学)、イギリス法、フランス法等について一定の水準の外国法研究・紹介の積み重ねができてきた。しかし、そこでは、ある一国の法律状況を紹介するのが通例であった。立法を紹介する、判例を紹介する、学説を紹介する。その総合ができている研究はまだ少なかった。まして、複数の外国法の状況を比較するレベルにはなかなか達していなかった。
奈須は、アメリカ、カナダ、イギリスの状況を紹介する。しかも、立法、判例、学説に広く視線を送り、詳細かつ丁寧に研究する。アメリカの立法史についての研究は多数あるが、アメリカ史に十分さかのぼった研究はなかった。イギリスやカナダの紹介もあるが、奈須は連邦だけでなく州レベルの法の紹介も行う。
なぜこの3カ国なのか。奈須は「いずれもコモン・ロー系の国」であり、「同じ英語圏の立憲民主政をとる先進国」であり、判例及び学説の蓄積があることをあげている。つまり、直接比較することが意味を持つ3カ国である。大陸法系の国の立法や判例の比較には、より慎重な手続きが必要となる。
500頁を超える大著であり、各国の法状況の詳細かつ精緻な研究のため、読み進むにも時間がかかり、しかも一度読んだだけでは十分咀嚼できない。
個別には、アメリカではヘイト・スピーチ規制は非常に困難であるという従来の通念が、決して誤りではないものの、単純化の所産であることが明らかにされていることを始め、数多くの発見があり、まさに読み応えのある1冊である。
日本については、30人を超える法学者の見解をまとめている点で有益である。もっとも、日本における立法と理論の今後という点ではまだ踏み込んだ議論は十分提示されていない。奈須理論の骨格はほぼ推測できるが、詳細は次の奈須論文に期待することになる。是非読みたい。
とにかくヘイト・スピーチ法だけで500頁もの本格的研究を出版するだけで、とんでもなく意欲的で挑戦的である。近日中に再読して、書評を書こう。