Saturday, July 03, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(178)都市計画の視点

中澤知己・杉田早苗・土肥真人「川崎市ヘイトスピーチ解消に向けた条例制定の動きとその成立事情」『都市計画論文集』55巻3号(公益財団法人日本都市計画学会、2020年)

ヘイトスピーチ規制の刑事罰を導入した「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」の成立に至る議事録とパブリックコメントを分析する論文である。分析の視点として都市における多文化共生という認識が示される。

ヘイト・スピーチの沿革、内外におけるヘイト対策を概観し、川崎市の人権施策の変遷を確認した上で、条例制定経過を追跡する。活字部分だけを読むと従来指摘されてきたことの繰り返しがほとんどに見えるが、著者らが作成した図表を見ると、周到な研究をしていることがわかる。

320132020にかけての川崎市のヘイト関連年表。

4は川崎市議会における議員の発言回数と賛否の一覧。

5は市の担当部局の発言数と賛否

圧巻は図2「市議会での議論の変遷」という図である。川崎市における出来事、市議会における議論の移り変わり、ヘイト・スピーチ一般への対応、公共施設利用ガイドライン、条例化、罰則、インターネットのヘイト等について、2015~2020の動向をまとめた図で、盛り込まれた情報が多く、カラーで見やすく、いろんな読み方ができる。この図ひとつだけで極めて有益な論文である。さらにパブリックコメント結果についても分析している。

結論として、川崎の場合、独自の歴史を通じて、「都市の中に多文化共生の意識が醸成されてきたと考えられる。ヘイトデモに対抗する市民の数の多さや、ヘイトデモに対する迅速で粘り強いカウンター行動は、そうした歴史が素地になったと考察される」という。

「都市の中に多文化共生の共通認識があり、市民、市議会、行政が同じ方向を向き一丸となったからこそ、全国で初めてとなる対策を実行できた。都市のビジョンを共有する事は、都市問題に立ち向かう力になりうることがわかった。」

結論も、従来から知られていることと同じと言えば同じだが、この結論に至る調査の裏打ちが豊富である。