佐藤潤一「ヘイトスピーチ規制の現状と課題」佐藤『法的視点からの平和学』(晃洋書房、2022年)
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第5章 ヘイトスピーチ規制の現状と課題
第1節 「ヘイトスピーチ」解消法を考えるための視点
第2節 法的課題検討の前提
第3節 「ヘイトスピーチ」刑事規制の再検討
結語 「ヘイトスピーチ」規制の課題
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佐藤は第3節で、刑事規制についてさらに検討を加える。
第3節 「ヘイトスピーチ」刑事規制の再検討
1 「ヘイトスピーチ」刑事規制の再検討
2 「差別的表現」の規制か「憎悪(煽動)言論」の規制か
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1の「ヘイトスピーチ」刑事規制の再検討では、佐藤は人種差別撤廃条約第4条を留保した日本政府の見解を詳しく引用する。そして、師岡康子及び桧垣伸次の規制積極論を批判する。師岡について、佐藤は「具体的な構成要件等についての提言はなされていない」という(111頁)。桧垣について、佐藤は、「承認としての尊厳」を保障しようとするものと見て、「仮に平等原則からこのような『承認としての尊厳』が保障されるべきことが導かれるとして、なぜそれが表現の自由の保障に優位すべきであるのかは明らかとは言えない」と批判する(111頁)。さらに佐藤は、奈須裕治(そしてウォルドロン及びバレント)を取り上げつつ、自説の結論を旧稿から引用する。
「ヘイトスピーチ規制が刑事罰として許されないという憲法解釈をするとすれば,むしろ現行の刑法規定にあるわいせつ物頒布罪,名誉毀損罪,侮辱罪等は全て憲法違反ということにならないであろうか。はっきりと名指しで行われる名誉毀損や侮辱罪は,むしろヘイトスピーチよりも対抗言論での問題解消が容易であろうし,わいせつ物頒布の禁止に至っては,ゾーニング規制が世界的な趨勢であることとつじつまが合わない。表現の自由を制約する刑事規制を全て憲法21条違反とする極端にラディカルな立場に立たない限り,マイノリティの人格権侵害が認定される場合にはかかる行為をヘイトクライムとして立法化することが必須であると解される。確かに構成要件の厳格化が必要ではあるが,名誉毀損,侮辱については,すくなくともヘイトスピーチ解消法の定義に該当するマイノリティに対して拡大することなくして,問題が解消するとは思われない。」
佐藤潤一「ヘイトスピーチ規制の法的問題点」『国際人権ひろば』133号
https://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/section4/2017/05/post-13.html
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2の「差別的表現」の規制か「憎悪(煽動)言論」の規制かで、佐藤は、1990年の内野正幸『差別的表現』の提案を引用し、これを松井茂記の所説を参照しつつ、批判する。すでに紹介した3つの類型のうち、第3と第4については規制を否定しつつ、第1と第2については、「集団に対する名誉棄損あるいは侮辱を個人的法益の侵害があるとみなし得る場合に限って処罰対象とするのであれば、必要最小限度の公共の福祉に基づく規制と解されるのではないかと主張したい」という(114頁)。そして佐藤は「その際には、いわゆる『ブランデンバーグ原則』に従った要件の提示が必須である」と言う(114頁)。
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3の刑事規制以外の手法で、佐藤は、民事規制や刑事規制以外の手法はあり得ないのであろうかとして、「インセンティブによるヘイトスピーチ縮減の可能性」(115頁)について検討する。1つは「教育を通じた啓蒙はでに一定程度行われてはいる」として、「法務省サイト内にある人権擁護局による、『ヘイトスピーチ、許さない』のページはその典型である」と言う(126頁)。2つ目に、「社内研修などによる啓蒙を税控除に結びつけるような環境法領域で行われている仕組みはヘイトスピーチ解消のための施策にも応用可能であろう」とする(115頁)。3つ目に、地方自治体のプロジェクトに予算を付けるためには、「枠組み条例」の必要性が肯定されるという(116頁)。
そして佐藤は「罰則規定は、憲法31条からしても明確性の原則を免れえない問題があるのに対し、インセンティブの付与は、知事や委員会制定の『規則』でも可能だからである。特にCSRの視点からの人権の促進が、たとえば企業による『ヘイトスピーチ』拡散問題のような事象の解決にも結びつくであろう」という(116頁)。
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最後に佐藤は、結語の「ヘイトスピーチ」規制の課題において、結論をまとめる。
「以上検討してきたように、繰り返しになるが、名誉棄損あるいは侮辱罪にいう『人』について、人種的・民族的・宗教的マイノリティ集団の構成員個人に対して名指ししたと同一視できるような場合に限って、すなわち、個人的法益の侵害があるとみなし得る場合に限って、集団に対する名誉棄損あるいは侮辱を処罰対象とするのであれば、必要最小限度の公共の福祉に基づく規制と解されるのではないかと解する。したがって、『ヘイトスピーチ』=「憎悪(煽動)言論」規制の理念法としての解消法に止まらない刑事罰規制のための法改正は、限定的に可能であると解する」(116頁)。
さらに佐藤は「人種差別撤廃条約に実効性を持たせるための一般的差別禁止法の制定や、パリ原則にしたがった国内人権機関の設置が検討されるべきであろう」としつつ、そうは言っても、「ただちにヘイトスピーチ規制のために既存の刑法が適用可能になるわけではないし、本稿で検討してきた国内法状況からすれば、民事責任追及が結局中心となるであろう」(116頁)と締めくくる。