安倍元首相銃撃事件は衝撃的な出来事であり、夥しい情報が流れている。未確認情報やデマやフェイクも膨大だ。そんな中でフェイクに基づいて発言したくないので、社会的発言は控えてきた。
安倍元首相銃撃事件の報道については、月刊誌『マスコミ市民』に連載中のコラムで「民主主義に対する最大の侮辱――安倍元首相銃撃死事件報道」という文章を書いた。事件直後のマスコミ報道への批判である。出版されるのは月末になるだろう。
それ以外は特に発言予定がなかったが、昨日、「安倍事件はヘイト・クライムですか」という質問が複数届いた。
インターネット上で、「安倍事件はヘイト・クライムだ。在日朝鮮人に対して人種民族に基づくヘイト・クライムが起きているのと同じように、安倍事件は宗教に絡んで暴力が起きたのでヘイト・クライムだ」と主張している人がいると言う。
いったい、なぜこのような突拍子もないことを考え着くのだろうか。
一言言及しておかないと、ヘイト・クライムやヘイト・スピーチという概念に対する誤解がますます広がってしまう。
ヘイト・クライムとは、人種、民族、言語、皮膚の色、宗教などの属性を動機として、人に対して行われる差別的な暴力犯罪である(前田朗「ヘイト・クライムとは何か」『明日を拓く』131号、2021年)。
ヘイト・クライムの具体的な定義は国によって異なり、国際人権法上の共通の定義はないが、もっとも簡略にいえば、「差別動機に基づく暴力犯罪」である。独立の犯罪とされる場合もあれば、刑法上の刑罰加重事由とされる場合もある。
アメリカの2009年のヘイト・クライム法は、2つの事件をきっかけに制定された。1つは黒人であるがゆえに襲撃された被害者、もう1つはゲイであるがゆえに、セクシュアルマイノリティであるがゆえに狙われた被害者の事件である。
2021年にヘイト・クライム法が保護する対象はアジア系出身者に拡大された。新型コロナ禍でアジア系出身者に対する事件が多発したためである(前田朗「COVIDヘイト・クライム法――アジア系住民への差別と暴力」『部落解放』821号、2022年)。
ここで肝心なのは、宗教的ヘイト・クライムは、「宗教を動機に行われる差別的な暴力事件だ」ということである。「宗教に関連する暴力事件」ではない。
典型例は、欧州におけるユダヤ人差別に基づく暴力事件である。ユダヤ人襲撃事件やユダヤ人墓地に対する破壊が知られる。
安倍元首相銃撃事件については、事件直後に「政治テロだ」「言論に対する挑戦だ」「民主主義に対する挑戦だ」というデマが大量に流された。TVも新聞もネットニュースもSNSもフェイクの山である。フェイクの山に「宗教的ヘイト・クライムだ」というデマが加わった。
安倍銃撃事件の真相はまだ不明の点が残り、真相解明が続けられる必要があるが、これまで報道された情報によると、霊感商法で知られる反社会団体の「統一協会」によって家庭が崩壊した被害者が、私怨から、統一協会に報復しようとし、統一協会と近い安倍晋三を銃撃したという。霊感商法の被害者が、霊感商法の広告塔である安倍元首相を成敗した事件である。
銃撃は許されない。そもそも銃撃は誰に対しても許されない。仮に安倍元首相によって家庭崩壊に陥った被害者であっても、安倍元首相に対する銃撃は許されない。
事件がこのようなものであったとすると、これはヘイト・クライムではない。事件は「宗教を動機に行われる差別的な暴力事件」ではない。
事件は「宗教を装った反社会団体に対する報復としてなされた暴力事件」である。
反社会団体の広告塔となった芸能人は、メディアでさんざん叩かれてきた。反社会団体と付き合ったと報じられて引退を余儀なくされた著名芸能人もいる。
ところが、反社会団体の広告塔である安倍元首相は国葬だと言う。この国が反社会団体に乗っ取られている。
今年の1月には、橋本徹(前大阪市長・前府知事)を「ヒトラー」呼ばわりしたことをヘイト・スピーチだなどと奇妙な非難をする発言が相次いだ。ヘイトの意味が全く理解されていない。困ったものだ。
「ヒトラーだ」はヘイト・スピーチではない