Monday, August 13, 2018

崩壊する「戦後の国体」と、可能性としての「民衆の力」


白井聡『国体論――菊と星条旗』(集英社新書)

すでにベストセラーとなっているようだが、『永続敗戦論』の著者による刺激的な近現代日本論であり、現代世界論への鋭いコミットメントである。

近現代日本には2つの国体があった。1つ目は明治維新から8.15の敗戦に至った「国体」であるが、1つめは敗戦後のアメリカ占領、戦後改革の中で天皇からアメリカにスライドした「戦後民主主義」「戦後平和主義」の日本の「国体」――日米安保条約を基軸とし、絶対化した、親米日本の国体である。

白井は、2つの国体の概念整理をし、本書の問題意識を提示した上で、第1の国体の形成過程を提示し、続いて第2の国体の形成を追いかける。同様に2つの国体の相対的安定期と崩壊期を分析し、現在の国体もまた崩壊の危機のさなかにありながら、ゾンビのごとく継続している不思議さに迫る。本書冒頭に掲げられた「年表 反復する国体の歴史」がきわめて簡約かつ鮮明にそのストーリーを示している。

近現代日本の歴史の一コマ一コマをどのように位置づけ、どのように読み解くかについては、数多くの異論がありうる。しかし、そうした議論にはあまり意味はない。白井が提示する大枠の図式=歴史認識の視座と思想を内在した図式――あえて図式的に語ることによって読者の理解を促している――には説得力があるだろう。

憲法9条改悪、集団的自衛権、戦後レジーム、沖縄の米軍基地、TPPをはじめ、アベシンゾー政権が重ねてきた憲法無視の悪行の根因も見事に分析されている、他の視座による分析ももちろんありうるし、それは両立するだろう。問題は「戦後の国体」として描き出された内実が、なるほど「国体」であるが故に「不可視」となり「自然」となり、「国体」であるがゆえに日本社会に内在化し、無自覚の内に物事が進行する愚昧の帰結を見たということである。

私たちがなぜここまで「愚か」になったのかを、これほど説得的に提示した本は珍しいだろう。その愚かさの自覚を求める白井は、本書末尾で、歴史の転換を実現するには「民衆の力」しかなく「民主主義とは、その力の発動に与えられた名前である」という。

その通りだが、いかにして「民衆の力」の発動を可能とするのか。その条件は本書で示されたのだから、あとは民衆の自覚と立ち上がりに期待するしかないのだが、その展望が日本社会にあるだろうか、と問わざるを得ない。そこまで白井に要求するのは、白井に「予言者」たることを求めるようなものかもしれない。

いずれにせよ、白井の学問と冒険と覚悟と闘いが、ここに結晶して燦めいている。

Thursday, August 09, 2018

人種差別撤廃委員会、日本報告書審査に向けて


8月9日は小雨で、過ごしやすい気温だった。8日まではかなり暑かったが。9日午後は人種差別撤廃委員会でボスニア・ヘルツェゴヴィナ政府報告書の審査だった。最初に政府のプレゼンテーション、続いて担当のシェパード委員(ジャマイカ)が総括的な分析を行った。あとは各委員の質問や所見。クート委員(トルコ)、洪恵子委員(日本、南山大学教授)、マクドーガル委員(アメリカ、元国連人権理事会マイノリティ問題独立専門家)、アフトノモフ委員(ロシア)、カリザイ委員(グアテマラ)等。

委員は18人。条約締結国政府による選挙で欧州、アフリカ、アジアなど地域別で選ばれる。任期は4年だが、2年ごとに半数改選。現在の委員は、2020年までの委員と、新任の2022年までの委員がいる。その中に洪委員、鄭鎮星委員(韓国、元人権理事会諮問委員会委員)、リタ・イザク-ンデイエ委員(ハンガリー、元国連人権理事会マイノリティ問題独立専門家)。

第96会期の審査対象は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、中国、キューバ、日本、ラトヴィア、モーリシャス、モンテネグロ。日本は16日午後と17日午前。午後は3時~6時、午前は10時~1時で、合計6時間の審査である。日本は今回が4回目だ。2001年、2010年、2014年と、これまですべて傍聴してきた。2001年の時にジュネーヴで協力したNGOは、同年8~9月のダーバン会議でも一緒に活動し、そこから人種差別撤廃NGOネットワークに発展した。今回も人種差別撤廃NGOネットワークは、政府報告書とは別にNGO報告書を提出した。来週は、NGOネットワークの仲間達がたくさんジュネーヴ、パレ・ウイルソン(国連人権高等弁務官事務所)に集結する。

ギゾー、ネツゾー、アベシンゾーの日本をいかに変えるか


瀬畑源『公文書問題――日本の「闇」の核心』(集英社新書)



同じ新書で『国家と秘密――隠される公文書』を書いた著者による最新刊。公文書問題の専門家と思っていたが、本来の研究テーマは戦後の天皇制だそうだ。

『時の法令』の連載を1冊にまとめたもので、公文書問題の基本を丁寧に、わかりやすく解説している。情報公開と公文書管理の重要性、特定秘密保護法の問題性、各論では豊洲市場問題、南スーダンPKO文書問題、森友学園、加計学園、そして国立公文書館新館建設問題、東京都公文書管理条例などを取り上げている。まさに安倍政権と小池都政の「闇」の核心が公文書問題である。

憲法の規定にもかかわらず「国民主権」が機能しない理由の一つが公文書問題にあることがよくわかる。政策決定や国民から遠い世界で行われる。公文書が隠蔽され、廃棄され、あるいは作成されないなどの事態により政策の事後検証がなされない。これでは民主主義が成り立たない。政治家と官僚による国家の私物化が自由自在にできてしまう。私物化の権化アベシンゾーの時代に事態はさらに悪化した。

ギゾー、ネツゾー、アベシンゾーの日本をいかに変えるか。それが問題だ。

Wednesday, August 08, 2018

私に追悼する資格などないが ――翁長雄志沖縄県知事死去


8月8日、翁長雄志沖縄県知事が亡くなった。膵臓癌のため手術を受け、さらに入院中だったが闘病かなわず、67歳の早すぎる逝去である。ご家族の思いはいかばかりか。と同時に、辺野古基地建設反対運動をともに闘ってきた沖縄の人々の心中も察するにあまりある。



沖縄に米軍基地を押しつけ、その撤去のために何もできずに来た本土のやまとんちゅの一人に過ぎない私に、翁長さんの追悼を述べる資格があるのか、と考え込まざるを得ない。



とはいえ、尊敬する政治家の死を悼み、敬愛する人間の早すぎる死を惜しみ、私なりの追悼をするのに資格などもともと不要だ。



7月27日に辺野古基地建設に伴う埋立て承認の撤回に向けた手続きの開始を宣言する記者会見の様子を見て、翁長さんのやつれた姿に驚き、不安に思い、同時にそれでも前向きに闘う翁長さんの姿勢に心から敬意を抱いたのは、私だけではないだろう。



日米両政府の植民地主義的で、問答無用かつ尊大きわまりない基地押しつけに敢然と立ち向かい、オール沖縄の闘いを全身で牽引し、アメリカにも国連にも出かけて惨状を訴えた翁長さんの決意と志に打たれた多くの人々と同様に、深甚の限りない無念の涙とともに、翁長さんのご冥福を祈る。



一人ひとりの市民の生きる暮らしと願いと夢と希望を賭けて、首長として、政治家として、人間として、最後の最後まで毅然と、冷静沈着に、だが断固として平和を求め、自由と人権のために歩み続けた翁長さんのご冥福を祈る。



日本という国と、私たち日本人の、やまとんちゅの、果てしない堕落と腐敗を痛切に受け止め、歯噛みしながら、基地建設反対運動、平和運動、人権運動に、これまで以上に力を注ぎたい。



翁長さんが、国連欧州本部の第20会議室で、国連人権理事会で発言した、あの時と同じ座席に、一瞬だが、座って、哀悼の思いを心に刻んできた。次の一歩、のために。



                       2018年8月8日

                       ジュネーヴの国連欧州本部にて


私にできるのは質問し続けること


望月衣塑子『新聞記者』(角川新書、2017年)

「空気を読まず、出すぎる杭になる。私にできるのはわかるまで質問すること」

武器輸出問題を地道に追いかけている記者だと思っていたら、菅官房長官の記者会見における見事な質問の連続で脚光を浴びた。いまや日本一有名な新聞記者かもしれない。

本書は、女優をめざした少女時代のエピソードから、新聞記者志望に変わってからの学生時代、留学時代を経て、待望の新聞記者としての人生を自ら語る。

東京新聞の千葉、神奈川、埼玉の各県警や、東京地検特捜部を担当し、日本歯科医師連盟事件、防衛省武器輸出問題、森友学園問題などで、市民のためのジャーナリストとしての活躍を振り返る。失敗談あり、スクープあり、悩みあり、両親の死、自身の病気・ストレスあり、それでも望月記者は駆け続ける。「質問しない多くの新聞記者」と違って。

「私は特別なことはしていない。権力者が隠したいと思うことを明るみに出す。そのために、情熱をもって取材対象にあたる。記者として持ち続けてきたテーマは変わらない。これからも、おかしいと感じたことに対して質問を繰り返し、相手にしつこいといわれ、嫌悪感を覚えられても食い下がって、ジグソーパズルのようにひとつずつ疑問を埋めていきたい。」


ニュータイプの刑事訴訟法教科書


中川孝博『刑事訴訟法の基本』(法律文化社、2018年)

『合理的な疑いを超えた証明』『刑事裁判・少年審判における事実認定』『判例学習・刑事訴訟法』の著者で國學院大學教授による、新しい教科書である。

第1に、アクティブラーニング型授業で使えるように工夫した。講義動画をYouTubeにアップし、基本的知識をwebにアップし、反転授業ができるようにしたという。第2に、分厚いものにせず、300頁弱におさえた。このため条文の引用を避け、判例は最高裁判例を中心に絞り、学説状況の紹介も極力減らした。もちろん筆者の私見は随所で展開されている。

春に出版され、著者から献呈されたが、多忙のため読めなかった。ここ数日、1日1章読んでいる。ようやく第6章の「公訴提起・追行:審判対象の変動」まで。従来の教科書と異なるため、最初は読みにくかったが、慣れるに従って苦にならなくなった。

捜査に関する強制処分法定主義、令状主義、通信傍受や強制採尿、身体不拘束原則、捜査と拘禁の分離原則、取調べ受忍義務批判、黙秘権、弁護権の解説はいずれも共感を持って読み進めることができた。

何よりの感想は、これは学部学生には無理だろう、というものだった。ぎっしり詰め込まれた内容、それを理解するために本書と別にYouTubewebを参照し、判例を読まなくてはならない。学部学生にそれだけの時間はないし、努力も難しいだろう。刑事訴訟法ゼミの学生の中には一部、懸命に取り組む学生がいるかもしれない。著者本人がゼミで本書の活用法を直接話すから可能になる。他方、ロースクール向きでもない。その意味では、一般的に使える教科書ではないように思うが、本書をきっかけに、さまざまなスタイルの工夫が始まれば、事情は変わってくるかもしれない。

著者とは以前、いくつかの研究会でご一緒させてもらったが、私がさぼるようになってからはほとんどお目にかかっていない。村井学派らしく切れ味鋭い著者の舌鋒を聞かなくなって久しいが、これは私にとって損失でもある。今はともかく本書にきちんと学ぼう。

Tuesday, August 07, 2018

これからの軍事史研究のあり方


吉田裕『日本軍兵士――アジア・太平洋戦争の現実』(中公新書)


『昭和天皇の終戦史』『日本人の戦争観』『兵士たちの戦後史』『現代歴史学と軍事史研究』と続く現代軍事史研究の第一人者による日本軍兵士の実態分析である。

アジア太平戦争を4つの時期に区分した上で、最後の「絶望的抗戦期」を中心に、「死にゆく兵士たち」「身体から見た戦争」「無残な死、その歴史的背景」「深く刻まれた『戦争の傷跡』」を論述する。

餓死、病死、海没死、自殺、処置という名の軍隊内殺人――日本軍兵士の死に方の異様さは、藤原彰の研究などでもある程度知られていたが、本書はそれらを総合的に提示する。新書という限られた分量だが、最重要な事例や統計データも活用しつつ、死の現場へ接近する。背後にある膨大な研究の蓄積が想像できる。

方法論的には戦争の全景からではなく、まずは兵士の目線、兵士の立場から実情を明らかにし、死んでゆく兵士の眼前に何があったのか、周囲の状況はどうだったのかを明らかにした上で、全体像に向かってゆく。日本軍の異様さを、一つ一つの事例を積み上げていく中で浮き彫りにしていく。帰納に始まり演繹を介してふたたび帰納へと往還する。

マラリアと栄養失調、圧抵傷と水中爆発、自殺と自傷、兵士の虫歯、結核と私的制裁、ヒロポン、軍靴の履き心地、無鉄軍靴など、思いがけない論点を次々と提示しながら、日本軍兵士が置かれた状況を総合的に認識、想像できるようにしている。

戦争を知らない世代の歴史研究者として、軍事史研究のあり方を問い続けてきた著者の到達点である。さすが吉田裕、というしかない。