Saturday, August 20, 2011

グランサコネ通信-110820


18日の昼食時、国連欧州本部の食堂で、日本からの高校生平和大使のご一行と会いました。広島からいらしています。高校生平和大使、よく名前は聞いていましたが。引率(?)の方に声をかけられました。



1)グルジア政府報告書(CERD/C/GEO/4-5. 25 February 2011)



傍聴が30人以上いました。前日までは12~13人だったのに。私の前に座った3人は政府関係者でしたが、他はNGOのようです。


プレゼンテーションは大使が行い、おおむねオーソドックスな内容でしたが、ロシアによる占領地の問題を繰り返し取り上げて、国際機関が事実調査に入ればグルジアの主張の正しさがすぐに分かる、と。担当のディアコヌ委員が、真っ先に、CERDは領土問題に口は出さない、グルジア領域内における人々の状況、人種差別問題についてしか審査できないと、固くお達し。


コア文書を読んでいると、この地域の複雑性がよくわかります。グルジア、アルメニア、アゼルバイジャン、アブハジ、オセチアといった地域です。同時に、この地域の歴史を知らないことも痛感させられます。ジェノサイドのあったアルメニアについては多少知っていますが、グルジアとなると、スターリンと、ワインがおいしいことくらい。たまに西新宿でグルジア料理を食べます(笑)。


グルジアは人口が550万ほど、アルメニア人8%、ロシア人6%、アゼルバイジャン人6%、オセチア人3%、ヒリシア人2%など、クルド人やユダヤ人も居るそうです。宗教はカトリックが中心。



憲法第14条は、「すべての者は、人種、皮膚の色、言語、性、宗教、政治その他の意見、国民的民族的社会的所属、出身、財産所有、居住地にかかわらず、生まれながら自由であり、法の前に平等である」としています。


これに従って、刑法第142条は、民族又は人種的理由に基いて敵意や扮装を煽動する目的でなした作為又は不作為、並びに人種、皮膚の色、社会的出身、国民的又は民族的アイデンティティに基づいてなされた直接又は間接の人権侵害、又は以上の理由に基づく個人の偏重を犯罪としています。


重大犯罪に、人種、宗教、国民的又は民族的理由が伴えば刑罰加重事由となります。


殺人罪(刑法109条)、通常は7年以上15年以下の刑事施設収容、偏見が動機の場合、13年以上17年以下の刑事施設収容


重大傷害罪(刑法117条)、通常は3年以上五年以下の刑事施設収容、偏見が動機の場合、7年以上九年以下。


暴行罪(刑法126条)、通常は1年以上3年以下の刑事施設収容、偏見が動機の場合、4年以上6年以下。


死者への冒涜罪(刑法258条)、通常は罰金、又はコミュニティ労働(社会奉仕命令?)、又は矯正労働、又は1年以下の刑事施設収容、偏見が動機の場合、3年以下の自由制限、又は3年以下の刑事施設収容。


拷問罪(刑法144条)、通常は罰金、又は7年以上10年以下の刑事施設収容、偏見が動機の場合、9年以上15年以下の刑事施設収容、又は5年以下、特別な立場に就任する権利の剥奪。


虐待又は非人間的な取り扱いの罪(刑法144条)、通常は、罰金、又は3年以下の自由制限、又は2年以上5年以下の刑事施設収容、偏見が動機の場合、罰金、又は4年以上6年以下の刑事施設収容、又は5年以下の特別な立場に就任する権利の剥奪。


以上、ヘイト・クライムの刑罰加重です。


2003年刑法改正で、人道に対する罪の規定に、人種主義と不寛容が追加されました。また、ジェノサイドの罪の定義にも人種主義要素が追加されました。


法の適用状況に関する報告はありませんでした。委員から質問が出ていましたので、政府から回答があったはずですが、そこは聞いていません。



2)ウクライナ政府報告書(CERD/C/UKR/19-21. 23 September 2010



傍聴は再び減って、いつもの12人。私以外はだいたいジュネーヴ常駐のNGOメンバー。IMADRのメンバーももちろん。この夏、IMADRは、人種差別撤廃委員会ガイドライン(英語版)を作成して公表しましたが、その作成に携わったメンバーは連日CERDを傍聴しています。


ウクライナ報告書は90頁と充実していると思ったら、基礎情報を記載したコア文書がなくて、その情報も含んでいるので実際はもっと少ないです。担当のソンベり委員による分析が1時間もかかったので、他の委員の発言は少なくなりました。ソンベリ委員らしく、とてもていねいなのはいいけど、他の委員はつまらなそうでした。何人かの委員は居眠りしていたような気が。


ソンベリ委員、ダー委員、ディアコヌ委員、クイックリー委員、誰もが強調したのは、ナチス被害を受けたウクライナでなぜいまネオ・ナチなのか、でした。政府報告書にもインターネット上のネオ・ナチのことや、裁判事例が出ていますが、NGOからの情報では、ネオ・ナチ活動がどんどん盛んになっているようで、委員はNGO情報をもとに発言していました。


報告書末尾に、「人種主義と闘う内務省行動計画2012年」などが掲載されています。



印刷メディア法第3条、テレヴィ・ラジオ放送法第2条、情報法第46条に、人種、民族又は宗教的憎悪を煽動するためにメディアを利用することを禁止する規定があります。


憲法第37条は、戦争又は暴力、民族、人種又は宗教的敵意、人権と自由の破壊を煽動する政党や組織の設立を禁止しています。市民結社法第4条にも同様の規定があります。


憲法第24条は、人種、皮膚の色、政治的又は宗教的信念、性、民族的又は社会的出身、その他の特徴に基づいて、直接又は間接に市民の権利を制限することを禁止しています。報告書の記載からはわかりにくいのですが、政府に対する禁止のはずですが、条約4条の箇所に記載されているので、もしかすると、政府だけでなく、市民に対する禁止なのかもしれません。


刑法第161条は、人種、民族、宗教に基づく市民の平等権侵害を犯罪としています。161条第1項によると、民族的、人種的又は朱強敵敵意又は憎悪を煽動する目的、市民の宗教的信念と結びついて名誉と尊厳を引き下げ又は攻撃を惹き起こす目的をもった故意の行為、及び、人種、皮膚の色、政治的、宗教的又はその他の信念、性、民族的又は社会的出身、財産状態、居住地、言語又はその他の特徴に基づいて市民の権利を直接又は間接に制限すること、又は市民に直接又は間接の特権を与えることは、裁定収入総額の50倍以下の罰金、又は2年以下の期間の懲罰的所得控除、又は5年以下の期間の自由制限、及び選択的付加として3年以下の期間一定職務に就任する権利や一定の活動を行う権利の剥奪、に処する、とされています。


刑法第161条2項によると、上記の行為に暴力、詐欺又は脅迫が伴ったり、それが公務員によって行われた場合、2年以下の期間の懲罰的所得控除、又は5年以下の期間の自由剥奪に処する、とされています。1項及び2項に掲げられた行為が組織集団によって行われた場合、又は人の死又は重大な結果を惹起した場合は、刑罰は2年以上5年以下の期間の自由剥奪とする、とされています。


刑法第67条1項(3)によると、人種、民族又は宗教的敵意による攻撃動機があった場合は、刑罰加重事由とされています。


2009年11月5日の刑法改正により、刑法第115条2項の殺人罪、第121条2項の重大傷害罪などについても刑罰加重規定が追加されています。



報告書はさらに、法の運用状況に関する資料も掲載しています。


例えば、統計データとして、刑法第161条の人種等に基づく平等権侵害事件は、2006年3件、2007年2件、2008年6件、2009年1件など。


具体的事例としては、例えば、2002年に、キーフのブロツキー・シナゴーグの近傍の礼拝堂を攻撃した事案の首謀者は刑法第161条違反で裁判にかけられています。


2006年に、ジトミルのユダヤ人墓地で墓を破壊した複数人が刑法第297条(墓を汚した罪)で有罪となっています。


2007年2月に、セヴァストポルのホロコースト被害記念碑を壊した人物が裁判にかけられています。


2007年2月に、オデッサのユダヤ人墓地でホロコースト被害記念碑や墓を壊した3人が、刑法第297条違反で裁判にかけられています。


2008年、オデッサで発行されている「Nashe delo(われらの任務)」に「最良のユダヤ人を殺せ」という記事を掲載した編集者ヴォリン-ダニロフは、2009年1月、オデッサのプリモルスク控訴審で、刑法第161条2項違反として、18ヶ月の自由剥奪となりました。


2009年2月9日、クリミアのシムフェロポルのチステンケ移住地でムスリムの墓を壊した3人が、2年の自由剥奪を言い渡されました。


他にもいくつものっています。



Grand Cru Salgesch Salquenen, Johanniterkellerei, Valais, 2008. アスパラ・サラダ、ピスタチオ、Gorgonzola



3)大須賀健『ゼロからわかるブラックホール』(ブルーバックス、2011年)



サブタイトルが「時空を歪める暗黒天体が吸い込み、輝き、噴出するメカニズム」です。昔読んだブラックホールの解説とは全然違います。いったいあれは何だったのか?と思うくらい、ブラックホ-ルの研究が大幅に進展して、以前とは全然違う世界になっています。「暗黒天体」「吸い込む」は昔の通り。「輝き」については、ブラックホールはなぜか明るいということで不思議な話題となってきましたが、本書ではその謎解きがていねいにされています。そして、「噴出する」のは、ブラックホール・ジェット。そのメカニズムのシミュレーションがおもしろい。著者は国立天文台理論研究部・天文シミュレーションプロジェクト助教。本書は素人でも楽に理解できるように書かれています。逆に言うと「厳密さはある程度犠牲にして」います。おかげで私にもイメージはつかめます。正確な認識は無理ですが。ブラックホールの合体、ガス円盤、ガスを吸い込むメカニズム、超巨大ブラックホールのジェット、ハイブリッド・ジェットの発見(著者が2010年に発見・発表。写真が表紙に掲載されて、最初はいったいこれはナンだ?)、クェーサーの円盤風、ホーキング放射とブラックホールの蒸発・・・話題が尽きません。単行本の執筆は初めての著者ですが、文章はとても平明で、実に分かりやすい。ジュネーヴの大型ハドロン衝突型加速器LHCでは、もしかするとミニブラックホールができるかもしれないというのも楽しい話題。去年、ジュネーヴ駅にLHCの模型と解説が展示されていたのを思い出しました。解説がフランス語だけなのでよくわかりませんでしたが。ともあれ宇宙物理学恐るべし。



4)ルネ・レマルチャンド編『忘れられたジェノサイド--忘却、否定、記憶』(PENN、2011年)


Rene Lemarchand (ed.), Forgotten Genocides, Oblivion, Denial and Memory, University Pennsylvania Press, 2011.



8月28日に韓国済州島で開催されるジェノサイドに関する研究会で報告するために読みました。関東大震災朝鮮人虐殺と、済州4.3事件とは、歴史的位相が異なり、加害者と被害者の関係もまったく異なりますが、ジェノサイドという点では共通するので、一緒に検討する機会です。


日本では東日本大震災以来、「頑張ろうニッポン」の大合唱が続きました。AC広告が典型です。一方では「災害ユートピア」なるものが語られますが、実際にはそこにもいくつもの線が引かれ、線のこちらと向こうが遮断、分断されていきます。ナショナリズムは過激で排外的になるとは限らず、やさしく静かに浸透します。「雨ニモ負ケズ」ブーム再来はその典型です。賢治顕彰の善意と悪意についてはもう一度考えておく必要があります。雑誌「マスコミ市民」に「雨ニモ負ケズ 反省セズ」を書いておきました。


関東大震災朝鮮人虐殺の法的文脈は、ジェノサイド、人道に対する罪、ヘイト・クライム、のレベルで考えなければなりません。そして、歴史と記憶の隠蔽も、例えばドイツ、フランス、オーストリア、スロヴァキアなどの 「アウシュヴィッツの嘘」罪(民衆煽動罪)との関係で再把握が必要です。


  「本書で語られるぞっとする物語は聞きなれない名前である。ホロコースト、アルメニア、カンボジア、ルワンダのようなよく知られた事例と違って、故意又は無関心によって、ほとんど忘却に委ねられている。これは目新しいことではない。ミラン・クンデラの簡潔な言葉で「歴史をエアブラシで消してしまう」大量殺人者たちにとってはよくあることであり、ほとんどが知られざる犯罪でさえある。「結局、アルメニア絶滅だって今や誰も語らないではないか。」よく知られるように、1939年にヒトラーは、ナチス支持者を前にした演説でこう語った。」


 レマルチャンドにならって「ジェノサイドは多様な文脈で起きる」「ジェノサイドか、大量殺害か、戦争犯罪か?」「否定と神話化のメカニズム」「記憶すること」について考えていきます。本書の目次は。


  1.フィリプ・レイチェンスとルネ・レマルチャンド「東コンゴ(1996-1997)における大量殺害」


  2.ルネ・レマルチャンド「ブルンジ1972--ジェノサイドの否定、改訂、記憶」


  3.ドミニク・シャラー「「ヘレロはみんな撃たれる」--ドイツ領南西アフリカにけるジェノサイド、強制収容所、奴隷労働」


  4.シャイン・ブリーン「せん滅、絶滅、ジェノサイド--イギリス植民地主義とタスマニア・アボリジニ」


  5.クロード・レベンソン「チベット--新植民地ジェノサイド」


  6.チョマン・ハーディ「クルド人に対する化学兵器」


  7.ハンニバル・トラヴィス「アッシリア・ジェノサイド--忘却と記憶の物語」


  8.マイケル・スチュアート「「ジプシー問題」--目に見えないジェノサイド」


  「賠償は、罪の重荷を引き継いできた者の良心を柔らげるかもしれないが、完全に破壊されてしまったもの全てにそうすることはできない。数千万の無辜の命だけではなく、その親戚や子孫たちが人間というものに持ったかもしれない信頼を考えてみよう。大地がジェノサイドの血にまみれている世界各地で、残虐な幻影を許し忘れるように呼びかけがなされているのは驚くべきことではないのか。だが、過去を記憶するべき方法、いかにして記憶の語りを共有し、いかに民族の記憶を共通の苦難のプリズムを通して濾過するのか、これらすべてが癒しの過程に役に立つ。「忘れるために思い出す」とは、ルワンダのジェノサイド以後を生きる者たちが民族共存への道を表現した言葉である。忘れるために生きるとは、希望にみちた課題である。これこそが本書の究極目標である。」


  そのうえで、世界史における関東大震災ジェノサイドについて、ジェノサイドの比較分析の必要性を考えるとともに、関東大震災ジェノサイドにおける「世界」--植民地暴力の世界性、植民地と人種差別、植民地暴力の隠蔽と否定--、ジェノサイドにおける関東大震災朝鮮人虐殺を考える報告にします。



6)『チューリヒ美術館--代表作(チューリヒ美術館、2007年)



分厚くて重たいカタログです。58スイス・フラン。12部構成です。中世美術、オランダとイタリアのバロック絵画、宗教改革からフュスリまで、19世紀スイス絵画、19世紀フランス絵画、ホドラーとスイス人物画、ムンクとドイツ表現主義、古典的モダニズム(マチスからジャコメッティ)、純粋形象のコスモス、第二次大戦後--崇高からポップへ、彫刻からニューメディアへ、新造形と実験絵画。クレー、ピカソ、シャガール、エルンスト、キリコ、モンドリアン、イッテン、カンディンスキーのあたりを時々眺めています。