Monday, March 19, 2012

カナリア諸島(1)9条の碑









































カナリア諸島に行ってきました。



一番の目的は日本国憲法9条の碑です。ジャーナリストの伊藤千尋さんが紹介しているように、テルデという町にヒロシマ・ナガサキ公園と9条の碑があります。スペイン人にテルデに行くと言ったところ「そういう町は聞いたことがない。テイデなら知っている」ということでした。ネットで調べてもすぐには見つかりませんでしたが、Teldeで、グラン・カナリア島にありました。現地の人たちに聞いてみると、「テルデ」と「テイデ」の間くらいの発音で、日本語では表記できません。以下、他の地名も表記は正確ではありません。





ヒロシマ・ナガサキ公園は、町の東端にあります。グラン・カナリア島の北東隅にある首都ラス・パルマスから、最南端のプエルト・デ・モガンまでつなぐ高速道路が島の東側を南北に走っています。その真ん中あたりに空港があります。テルデは空港の西北部で、ラス・パルマスからはバスで20分です。高速道路から抜けて、西に走るとロータリーがあり、これがテルデ中心部の東の入口です。西の入口まで徒歩10分ほどで、そちらにもロータリーがありました。もっとも、町はその外側にずっと広がっています。ぐるぐる歩き回ってもそれらしいものが見つからないので、聞いてみたら、最初のロータリーのすぐ隣にヒロシマ・ナガサキ公園がありました。小さな小さな公園です。そして、9条の碑がありました。タイルが1枚はがれていました。割れたのでしょう。伊藤千尋さんが紹介しているところでは、たしか1999年ころ、この道路とロータリーを造成した時に少し土地が余ったので、市長が平和の広場を作ろうと考え、それならということでヒロシマ・ナガサキと9条にし、議会が賛成して出来上がったということです。当時、日本に連絡があったのかどうか。日本から誰かがここに来たのかどうかはわかりません。私が知っているのは、伊藤千尋さんの本と、昨年、国際人権活動日本委員会の人権活動家たちがここに来たことだけです。




テルデは小さな町です。中心部にはラス・パルマスのような高層ビルもありません。行政庁舎もせいぜい5階まで。グラン・カナリアの首都ラス・パルマスは人口38万、ふつうのスペインの都会で、10数階のビルが林立しています。他方、グラン・カナリア第2の都市テルデは、ラス・パルマスの南西に隣接して、人口10万人ですが、町の中心部を歩いた時の印象は人口1~2万の田舎町です。というのも、中心部だけではなく、周辺に広がる元・農村地帯だったということです。いまはラス・パルマスの郊外となって、この地域がカナリア諸島の人口(85万)の半分を抱えています。テルデは元農業地帯で、サトウキビ、ぶどう、バナナ、トマトなどを栽培していました。今は畑が徐々に住宅地に変貌しつつあり、高速道路沿いには工場が建設され、島の工業センターとなっています。




テルデは歴史的には、モロッコの西方にあるためモロッコ地域と同様の人々が住んでいたようで、先住民族はDoramasと呼ばれ、モロッコの人たちはここをテドラーと呼んでいたようです。テルデの先住民族推定人口は14000人です。なお、カナリア諸島全体はタマランと呼ばれていたそうです。ラス・パルマスがつくられたのは1478年、カスティヨ軍隊の指揮官フアン・レホンがレアル・デ・ラス・パルマスと名付けたとか。スペインがカナリアを植民地にしたのは1483年。1492年にコロンブスが来ました。テルデの町は、1483年にガルシア・デル・カスティーヨ一族が、イグレシア・デ・サン・フアン・バウチスタ・デ・テルデという教会を建設したことにはじまります。セヴィリヤ・ポルトガル・ゴチック様式の教会は今もあります。