Friday, January 30, 2015

ヘイト・スピーチ研究文献(7)

ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会編『NOヘイト! 出版の製造者責任を考える』(ころから、2014年)

書店に並べられたヘイト本、週刊誌の見出しに溢れるヘイト、そしてヘイトデモ。日本文化の破壊状況に危機感を抱いた出版関係者が、出版人としての「製造物責任」を考えるため立ち上がった。『九月、東京の路上で』の著者・加藤直樹の講演。書店員アンケート結果。そして、弁護士の神原元「表現の自由と出版関係者の責任」、明戸隆浩「人種差別禁止法とヘイトスピーチ規制の関係を考える」が掲載されている。
神原は、ヴォルテール、ジョン・スチュワート・ミル、ホームズの思考を古典的な「表現の自由」論とし、20世紀のメディアの急速な発展により段階が変わったと見る。「巨大マス・メディアに握られた現在の言論状況では、『表現の自由』は情報の受け手の側から『知る権利』と再構成することが必要になる」として、メディアの責任を唱える。明快かつ巧みな論述であり説得的である。もっとも、古典的表現の自由の時代に本当に「思想の自由市場」論が適合的だったのかどうかはなお検証されていない仮説であろう。この点を意識させてくれた点で、神原論文は勉強になった。
140頁の新書だが内容はとても充実している。第2弾を期待したい。

大江健三郎を読み直す(38)テーマと文体の融合

大江健三郎『洪水はわが魂に及び(上・下)』(新潮社、1973年)
野間文芸賞受賞作であり、『大江健三郎 作家自身を語る』(新潮文庫)155頁によると、この時の候補作は、永井龍男『コチャバンバ行き』、山崎正和『鴎外』、中村光男『平和の死』、古井由吉『水』、大岡昇平『萌野』、遠藤周作『死海のほとり』、円地文子『源氏物語(現代語訳)』、加賀乙彦『帰らざる夏』、阿部知二『捕囚』、井上光晴『心優しき叛逆者たち』、瀧井孝作『俳人仲間』だったという。ため息が出るような名作が並んでいる。文学がまだ輝いていた時代だ。
学生時代に読んだが、出版後3年くらいの頃だったことになる。上下2巻本で、前半がやや退屈であり、もっと凝縮した作品でもよいのではないかと思ったのを覚えている。私にとっては『万延元年のフットボール』や『同時代ゲーム』のほうがずっと評価が高い。
私とは逆に、作家の奥泉光は「固い箱から上下二巻の本を取り出したときすでに、自分がその魅力の虜になるだろうことがひしひしと予感されて、高校生の自分は文字通り寝食を忘れて読んだのだった」、「大江作品から一冊挙げよと云われればむろんのこと、戦後書かれたあらゆる小説のなかから好きな作品をひとつと言われたらこれを挙げるかもしれぬ」と述べている(『早稲田文学6』2013年、431頁)。
学園紛争から連合赤軍事件へと時代が推移する中、学園紛争にほとんど沈黙を守った大江が放った衝撃作であることを、当時、野間宏や大岡昇平がいち早く指摘していた。私にはそこまで読み取る能力がなかった。大江は『壊れものとしての人間』や、この前後に書いた文学論、エッセイでも繰り返し、迫りくる「大洪水」、暴力、環境破壊、核、黙示録的世界について語り、祈りや贖罪について語っていた。それは確かにその後の日本の事件を予感させるものでもあった。テーマと文体がかなり緊密に融合された作品だったと言えるだろう。

もっとも、大江自身は『大江健三郎 作家自身を語る』154頁で、「しかし『洪水はわが魂に及び』も『同時代ゲーム』も、それぞれひとつの作品としては、しっかりできあがっていなかった。むしろ何度も書き直して、コンパクトなかたちにして発表すべきだった。あれらを、ひとつピークを越えての長い降り坂の始まりとして、私の長編小説の読者が少なくなっていったのは、まったく私のせいでした」と振り返っている。判断基準が高いため、このような回想になっているが、果たしてどうだろうか。当時の私には前半が冗長に感じられたが、奥泉の感想にあるように、むしろ前半からクライマックスまでを感動しながら読んだ読者もいた。今回読み直してやはり前半の長さは気になったが、より圧縮していれば、当時は却って評価が下がったのかもしれない。いずれにせよ、大江の代表作の一つである。

Wednesday, January 28, 2015

ヘイト・スピーチ研究文献(6)

前田朗「ヘイト・スピーチ処罰の憲法的根拠」『月刊社会民主』717号(2015年2月)
ヘイト・スピーチの刑事規制をめぐる議論では必ず「表現の自由が重要だから刑事規制はできない」という主張が登場し、憲法論としてはヘイト・スピーチ規制消極論が支配している。憲法学者の多くがこの見解である。しかし、この議論には疑問がある。これまで随所で指摘してきたが、本論文で私見の一応の整理をしてみた。
ヘイト・スピーチの憲法論を憲法21条に局限するのは不適切である。
第1に憲法の基本精神として憲法前文の平和的生存権と国際協調主義。
第2に憲法13条の個人の尊重、人格権。
第3に憲法14条の法の下の平等と非差別。
第4に憲法25条の生存権。
第5に憲法29条の経済的権利。
以上から、マイノリティにはヘイト・スピーチを受けない権利がある。これは憲法上の権利である。このことを踏まえて、
第6に憲法21条を議論するべきである。
そして、表現の自由については、2つのポイントがある。
第1に、マジョリティの表現の自由だけを論じるのは不適切であり、マイノリティの表現の自由が侵害されている現実を問うべきである。
第2に、表現の自由の歴史的教訓として、しばしば治安維持法と特高警察による抑圧が引き合いに出されえるが、それ以上に、表現の自由を濫用して侵略戦争と民族差別を煽った歴史を反省するべきである。

以上の結論として、表現の自由を守るためにヘイト・スピーチを処罰するべきである。

Tuesday, January 27, 2015

ヘイト・スピーチ研究文献(5)

光信一宏「フランスにおける人種差別的表現の法規制(2)」『愛媛法学会雑誌』40巻3・4合併号(2014年)
前号に引き続き本号で著者は人種的名誉毀損罪および同侮辱罪について検討している。目次をみると、その次に人種的憎悪煽動罪、それからホロコースト否定罪となっている。つまり、著者は、人種的名誉毀損罪および同侮辱罪、人種的憎悪煽動罪、ホロコースト否定罪を人種差別的表現の法規制としては共通だが内容は相対的に区別されるとみている。
ここで人種的名誉毀損罪および同侮辱罪とは出版自由法32条2項などを指し、私人に対する名誉毀損である単純名誉毀損罪および侮辱罪と区別された、人種に関連する類型を扱っている。その成立要件、法定刑、共和制原理との関係、表現の自由との関係についての議論を紹介している。共和制原理との関係は、日本の議論とはつながらないようにも思えたが、留意しておくべき議論として、マイノリティの保護に関するものがある。共和制原理とは「普遍主義的人間観」「絶対的平等の理念」「個人主義の理念」であるため、人種的名誉毀損罪の処罰はこの原理に違反するという主張があるという。著者はこれは違憲ではないとするが、その理由は、マイノリティの集団的アイデンティティの保護を狙いとするものではなく、マジョリティかマイノリティかを問わず人種主義的名誉毀損を対象とするから違憲ではないというものである。

適用事例が紹介されているのは有益である。モラン事件では、2002年に『ル・モンド』に掲載された「イスラエル・パレスチナ問題という癌」と題するイスラエル批判の論説が民事訴訟の対象となった。哲学者エドガール・モラン、レジス・ドブレ、ピエール・ノラ、ポール・リクールらも巻き込んだ事件であり、当時報道さらたのを見たが、内容を記憶していなかった。本論文ではその裁判経過が紹介されている。イスラエルのパレスチナ政策への批判だが、それをユダヤ人に対する名誉毀損と受け止めた側による提訴である。2004年のナンテール大審裁判所は原告の請求を退けたが、2005年のヴェルサイユ控訴院は原判決を破棄して、1ユーロの損害賠償を命じた。しかし、2006年の破毀院判決は控訴院判決を破棄して、一審判決を支持した。誹謗中傷とされた言葉が論説全体の中でどのような意味を持ったかを評価する手法が採用されたようである。片言節句をとらえての議論を退けたと言えよう。ガロディ事件、デュードネ事件も紹介されており、限界事例での議論の手法が明らかにされている。

Sunday, January 25, 2015

「戦後文学」を切開し、鋳造しなおす営為

彦坂諦『文学をとおして戦争と人間を考える』(れんが書房新社)
「戦後文学」批評総集編である。野間宏、大岡昇平、井伏鱒二、堀田善衛、福永武彦、木山捷平、大西巨人、武田泰淳、富士正晴、田村泰次郎、伊藤桂一、古山高麗雄らの作品を素材に、ひとはどのようにして兵となるのか、ひとはどのようにして殺されるのか、ひとはどのようにして生きのびるのかを、問い続ける。全12回の講演と座談会の記録を収録しているので、毎日1章のペースで読んできた。どの章をとっても深く考え込まされる問題提起が山盛りになっている。「文学をとおして」というが、文学作品の主題を把握し、作家の個人史やエッセイをも踏まえ、時代背景を参照しながら、著者自身の「戦争と人間」論が展開される。「戦後文学」を潜り抜けてきた著者の構えがつねに確認され、再構築される。平易な語り言葉で、重く、しかも錯綜した問いに向き合い続ける思索である。巻末に「もっと読みたくなったひとのために」として、対象作品一覧があるが、私はざっと数えて2割程度しか読んでいないため本書を十分に理解することはできない。もう少し読んでからとも思うが、その時間を取れないので、著者の問いをなぞりながら、自分なりに考えてみることでよしとするしかない。
一般に戦後文学の代表とされる作家と作品はもとより、もっと広い意味での戦後文学が多数取り上げられている。戦争終了後に、この国はあの戦争をどのように追体験したか、追体験できなかったか、という観点でも読むことができる。
よくこれだけ幅広く丁寧に論じつくしたものだと思うが、著者自身が自らの大きな限界を明確に指摘している。というのも、第10章「母語をうばわれるということ」は「在日文学」を取り上げて、朝鮮人作家が日本語で書くことの歴史的意味と文学的意味を提示している。在日文学をめぐって長く議論されていたテーマである。第11章の末尾では「補記」として、沖縄の作家への論及の不十分さを明示し、現代沖縄文学の重要性を確認している。これらの課題を著者も読者も今後続けて問わなければならない。
私自身、在日文学をきちんと読んだわけではない。たまたま李恢成が高校の先輩で芥川賞を受賞したこと、金大中事件に驚かされたことから、在日文学の一部を読むようになり、その後は在日朝鮮人の人権擁護に取り組んだため、それなりに読んだとはいえ、意識して読んできたわけではない。著者が依拠している野崎六助『魂と罪責』(インパクト出版会)を読んだので、それで読んだつもりになったところもあって、きわめて不十分である。

なお本書には、中野重治「雨の降る品川駅」が全文引用されているが、「日本プロレタリアートのうしろ盾まえ盾」をめぐる議論には言及がない。

Thursday, January 22, 2015

ヘイト・スピーチ研究文献(4)

光信一宏「フランスにおける人種差別的表現の法規制(1)」『愛媛法学会雑誌』40巻1・2合併号(2014年)
著者はこれまでにもフランスやスペインにおけるヘイト・スピーチ関連論文を執筆してきたが、本論文ではフランスにおける法規制の全体像を提示する課題に挑んでいる。日本における先行研究は、憲法学では圧倒的にアメリカ研究であり、刑法学ではドイツ研究である。著者はアメリカ憲法研究を行ってきた主な憲法学者を15名列挙している。中にはカナダ等も研究している研究者も含まれるが、主流がアメリカ研究であることはたしかである。著者は「差別的表現の問題に関する考察をさらに深めるには、法規制を実施している国々の経験を参照し、そこから教訓を引き出すことも重要な課題であると思われる」という。その通りであり、アメリカ、ドイツに加えてイギリス、フランスをはじめとする諸国の法規制の研究が重要である。
著者はまず1972年7月1日のプレヴァン法の制定経過と要点を整理する。1939年のマルシャンドー法を前身とするプレヴァン法は、1959年から1972年にかけ法案が出されたが審議されずにきたところ、1971年の人種差別撤廃条約批准により法制定の機運が高まったと言う。フランスは条約4条に解釈宣言を行い、シャバン=デルマス内閣は現行法が条約4条に適合しているとして、新法には消極的だったが、1972年4月に方針を転換し、議員法案提出を容認した。その後、比較的短期間に法律が成立している。
著者によると、プレヴァン法の要点は、マルシャンドー法では「市民または住民の間に憎悪をあおる目的」を要件としていたが、これを削除したこと。「人種」「宗教」のほかに「出生」「民族」「国民」を加えたこと。「人の集団」に加えて「人」の名誉を保護したこと。人種差別と闘う団体に私訴原告人の権利を認めたこと。以上である。「市民または住民の間に憎悪をあおる目的」の立証が困難なために削除したという。「国民」を加えたことは「外国人嫌悪的表現」を加えたことである。人種差別撤廃条約では「国民」が明示されていない。プレヴァン法は人種差別的表現と外国人嫌悪的表現を並べたが、これは両者を「峻別することが難しい」ためである。

外国人嫌悪的表現に関する判例として、「最も危険なアルジェリア人の血筋」「アルジェリア人の野放しの移住」「危険な寄生者が多い」などの記事が人種的侮辱罪とした1986年の破毀院判決、移民のことを「侵略者」「わが国を占拠している者」「不遜かつ有害な外国人」と呼んだことを人種差別の扇動とした1997年の破毀院判決があるという。

朝日新聞記事訂正問題の本質に迫る

青木理『抵抗の拠点から――朝日新聞「慰安婦報道」の核心』(講談社)
宣伝帯に「朝日バッシング=歴史修正主義と全面対決する」「闘うジャーナリストが、右派の跳梁に抗する画期的な一冊!」とあるように、問題の核心をついたコラム、ルポ、インタヴューである。常軌を逸した朝日バッシングが吹き荒れる中、著者は「戦犯」とされた当事者に取材を重ねた。「慰安婦」記事を最初に書いたことで論難され、脅迫被害を受けている植村隆・元記者、若宮啓丈・元朝日主筆、前報道局長・市川速水、ら朝日関係者へのインタヴューである。植村隆・元記者は『文芸春秋』『世界』に原稿を掲載し、先日、反撃の裁判提訴を行ったが、それ以前に行われた貴重なインタヴューである。また、若宮・元主筆や市川・前報道局長へのインタヴューも的確であり、知りたいことを伝えてくれている。さらに、「慰安婦」記事とは関係していないが元編集局長・外岡秀俊にも将来に向けてのインタヴューをしている。

著者の『絞首刑』『誘蛾灯』は『年報死刑廃止』の「死刑関係文献案内」で紹介してきた。また、救援連絡センターの集会で講演してもらったことがあるが、「慰安婦」問題についてもこういう本を出してくれて有難い。

Sunday, January 18, 2015

特定の立場によらない「慰安婦」議論とは何か

熊谷奈緒子『慰安婦問題』(ちくま新書、2014年)
序章 慰安婦問題の争点
第1章 慰安婦問題の特殊性と「普遍性」
第2章 戦争責任・戦後補償における慰安婦問題
第3章 アジア女性基金は道義的責任を全うしたか
第4章 性暴力問題のパラダイム転換――同義とフェミニズムによる挑戦
終章 真の和解に向けて
昨年6月出版の本だが購入しただけで読んでいなかったので、今回読んでみた。「特定の立場によらない、真の和解を目指して」「冷静な議論のためにいま何が必要か?」と言う宣伝文句が付されている。著者は1971年生まれ、国際関係論専攻で、国際大学大学院専任講師。90年代の戦後補償運動が盛り上がった時期、「慰安婦」問題が浮上し、大きな話題となり、運動の取り組みがなされていた時期に学生だったようだが、運動には加わっていなかっただろう。そのため、当時の運動や政治の経過を外から冷静に考察することが可能となっていると言える。
小さな新書だが、被害者、韓国の支援運動、韓国政府、日本政府、日本の歴史研究、日本の戦後補償運動などをバランスよく取り上げて、コンパクトに整理している。民族主義、ポストコロニアリズム、フェミニズムを重ね合わせる多面的な理解を提示する努力である。「慰安婦問題はひどく微妙で難しく、近いようで遠い存在である。近く感じることがあっても、そういうときはかえって避けたいと思わせる問題でもあった」と述べながら、この問題に向き合い、調査・研究し、独自の分析を試みている。「慰安婦」問題が国際政治課題となって四半世紀であり、解決を目指す運動も、今や研究対象となったのであろう。その意味では本書のような外部からの研究には大きな意味がある。「客観的」研究という意味ではない。「客観的」と称する研究がむしろ隠された主観的意識に導かれていることはよくあることだ。本書が「特定の立場によらない」というのは、どのような意味があるのか。
確かに、これまで日韓の間で対立してきた論点について、いずれかの立場によるのではなく、いったん突き放して、再整理する努力が見られる。それがいかなる立場なのかは、不明瞭であるが、著者なりの立場であることは確かである。著者は抑制のきいた文章で、かつバランスをとった記述に心掛けているとはいうものの、それにもかかわらず、「慰安婦」像や、パク・クネ大統領の姿勢など、韓国側の対応が問題解決を難しくしたと繰り返し主張している。朴裕河の和解論を紹介し、それに依拠するのではないが、一定の肯定的評価を与えている。結局、和解には被害者側の努力が必要という主張になる。
この議論が成立するためには、日本政府が誠実に和解のための努力をしていることが前提として確認されていなければならない。しかし、そうした前提が成立しないと言うのが韓国側の見方であれば、著者の議論は観念論にすぎなくなる。このためか著者は安倍晋三首相をはじめとする日本政府側の発言をなるべく引用しないように努力しているように見える。被害者に特定の立場による和解を押し付ける議論を私はとても採用できない。
著者の結論は河野談話の維持とアジア女性基金の続きである。アジア女性基金については過半数の被害女性が拒否したにもかかわらず、一部であっても受け入れた女性がいるのだからアジア女性基金を肯定するべきであり、終了したアジア女性基金を継続するべきと言う主張である。ということは、アジア女性基金を拒否した被害者に対して再びアジア女性基金の受け入れを迫るべきだと言う意味になる。ここが理解できないところである。

ともあれ、慰安婦問題について、これまでとは異なる様々な観点から検証がなされることは大切である。運動に携わってきた側も、著者の問題提起を受け止めて冷静な議論をしていくことができるだろう。

Friday, January 16, 2015

大江健三郎を読み直す(37)戦後文学のガイドブック

大江健三郎『同時代としての戦後』(講談社、1973年)
学生時代に大学の図書館の開架書庫で読んだ。何年生の時だったか記憶にないが、たぶん1年生か2年生だっただろう。というのも、本書を読んで、戦後文学をかなり意識的に読むようになったが、当然のことながら野間宏『暗い絵』『真空地帯』から読み始めた。それが2年生の時だった。その後もしばらく私にとって本書は「戦後文学の案内書」であったし、今でも狭い意味での「戦後文学」については大江の思考枠組みに影響されている。つまり「終末観的ヴィジョン・黙示録的認識」という大江のキーワードに導かれて「戦後文学」を読んでいた。
本書の目次は次の通りである。
われわれの時代そのものが戦後文学者という言葉をつくった
野間宏・救済にいたる全体性
大岡昇平・死者の多面的な証言
埴谷雄高・夢と思索的想像力
武田泰淳・滅亡にはじまる
堀田善衛・Yes I do.
木下順二・ドラマティックな人間
椎名麟三・懲役人の自由
長谷川四郎・モラリストの遍歴
島尾敏雄・「崩れ」について
森有正・根本的独立者の鏡
死者たち・最終のヴィジョンとわれら生き延び続ける者
井伏鱒二、中野重治、大西巨人が取り上げられていないが、大江は戦後文学の地図をていねいに描き出し、戦後文学の継走者としての自分を測定し、鍛え直している。文学への道を歩まなかった学生の私にとって、大江の案内に従って戦後文学を読むことは、結構、精神的に豊かな気分のする趣味であった。主には岩波文庫や新潮文庫だったが、図書館には単行本も置かれていたので、幅広く読むように心がけた。もっとも、長谷川四郎と島尾敏雄はほとんど読んでいない。
最後の「死者たち・最終のヴィジョンとわれら生き延び続ける者」では、1951年に45歳で自殺した原民喜、1965年に50歳で肝硬変で死んだ梅﨑春生、1970年に45歳で割腹自殺した三島由紀夫を取り上げて、それぞれの「終末観的ヴィジョン・黙示録的認識」に迫っている。なぜか高橋和巳が取り上げられていない。大江にとって近すぎたのかもしれない。

当時は気にとめなかったが、今回読んでみて真っ先に気づいたのは、大江が取り上げた戦後文学者がすべて男性であることだ。時代の限界か、大江らしさか、それとも・・・

Wednesday, January 14, 2015

ヘイト・スピーチ研究文献(3)

「世界はヘイトスピーチと闘う」――元国連人種差別撤廃委員ソーンベリーさん講演報告(報告:小森恵)『IMADR-JC通信』No.180(2014年12月)


2014年10月に来日したパトリック・ソーンベリー(キール大学名誉教授)の講演の報告。ソーンベリーは、2001年3月の日本政府報告書審査の時にも人種差別撤廃委員として鋭い質問をしていたが、2010年2月の日本政府報告書審査の担当責任者であった。そして、2013年9月の人種差別撤廃員会の一般的勧告35「人種主義的ヘイト・スピーチと闘う」の起案者でもあった。講演内容も、一般的勧告35の紹介が中心である。

宗教的ヘイト・スピーチ(3)

適用事例について十分な調査はできていないが、パリ事件との関連で注目される例は、イスラエルの事例である。


タチヤナ・サスキン事件――地方裁判所が、預言者モハメドを『コーラン』の上に立つ豚として描いたリーフレットを投函したことについて、人種主義行為及び宗教的感受性を侵害したとして、刑法第144条(d)及び第173条の違反で、サスキンを2年以下の刑事施設収容及び1年の執行猶予とした。1997年12月30日の最高裁判決はサスキンの上訴を棄却した(CERD/C/471/Add.2. 1 September 2005.)。

Tuesday, January 13, 2015

宗教的ヘイト・スピーチ(2)

『東京新聞』1月14日付「こちら特報部」は、宗教的動機によるヘイト・スピーチを禁止する法律が44カ国にあることを指摘している。

他のテレビ・新聞の多くはそうした情報を示すことなく、ひたすら「表現の自由」と叫んでいる。

それでは宗教的動機によるヘイト・スピーチについて、法的にどのように考えるべきなのか。以下は、考えるための基礎情報である。


(1)  国際人権法

1965年の人種差別撤廃条約の定義には宗教は含まれないが、1966年の国際自由権規約(市民的政治的権利に関する国際規約)第20条2項は「差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する。」と定める。「宗教的憎悪の唱道」は犯罪とするべきであろう。


(2)各国の立法例

それでは各国の法律はどうなっているか。その内容は様々であるが、少なくとも44カ国に宗教的動機によるヘイト・スピーチに対処するための刑罰法規がある。

イスラム諸国だけではない。チェコ、リヒテンシュタイン、フィンランド、ギリシア、ポーランド、モナコ、アイルランドなど欧州諸国、キリスト教が主流の国にもある。ヒンドーの国にもある。

一部のメディアは、あたかもイスラム側にだけ反発があるかのごとく報じているが、イスラムだけではなく、世界の多く国で宗教的ヘイト・スピーチを禁止していることをきちんと報じるべきである。虚偽情報を並べて表現の自由を叫ぶことは止めるべきである。

以下、とりあえず調べた44カ国である。丁寧に調べれば、100カ国に迫るはずだ。

1.チェコ
「国民、民族集団、人種及び宗派の中傷」(刑法第一九八条)

2.コンゴ民主共和国
刑法第七七条二項「その出身、又は特定民族集団、国民、人種、イデオロギー、又は宗教のメンバーであること又はメンバーでないことを理由に、人又は人の集団に対して差別、憎悪又は暴力を直接煽動したすべての者は、刑法第七六条と同様に処罰される。」

3.インド
 刑法第一五三条A「発言された言葉、書かれた言葉、記号、又は目に見える表象その他の方法によって、宗教、人種、出生場所、居住地、言語、カーストやコミュニティ、その他のいかなる理由であれ、これらの理由に基づいて、異なる宗教、人種、言語又は地域集団やカーストやコミュニティの間に、不和又は敵対、憎悪、悪意の感情を促進し、又は促進しようとした者、並びに異なる宗教、人種、言語又は地域集団カーストやコミュニティの間に不和を持続させる偏見となる行為や、公共の平穏を妨害し、又は妨害しそうな行為を行った者は、三年以下の刑事施設収容又は罰金、もしくは両者を併科する。」
 刑法第一五三条B「発言された言葉、書かれた言葉、記号、又は目に見える表象その他の方法によって、宗教、人種、言語又は地域集団やカーストやコミュニティのメンバーであることを理由として、人々の階層がインド憲法やインドの主権と統合を確立し支持している法律に忠誠と忠義を尽くせないようにする非難を行い又は出版した者、並びに宗教、人種、言語又は地域集団やカーストやコミュニティのメンバーであることを理由として、人々の階層がインド市民としての権利を否定又は剥奪されるように主張、相談、助言、宣伝又は出版した者、並びに宗教、人種、言語又は地域集団やカーストやコミュニティのメンバーであることを理由として、人々の階層の義務に関する主張、相談、嘆願又は声明を、行い又は出版した者、及びそれらの主張、相談、嘆願又は声明がそれらのメンバーやその他の人々に不和又は敵意、憎悪、悪意の感情を引き起こし又は引き起こしそうにした者は、三年以下の刑事施設収容又は罰金、もしくは両者を併科する。」
 刑法第五〇五条二項「異なる宗教、人種、言語又は地域集団やカーストやコミュニティの間に、不和又は敵意、憎悪、悪意の感情をつくり、促進する意図を持って、又はつくり出しそうになった者は、三年以下の刑事施設収容又は罰金、又は両者を併科する。」

4.イスラエル
 二〇〇四年一一月改正刑法第一四四条Fは「公衆に対する人種主義又は敵意に動機づけられた犯罪」を定め、刑罰加重とした。宗教、宗教集団、民族的出身、性的志向ゆえに、又は移住労働者であるがゆえに人種主義的動機で犯罪が行われた場合である。

5.リヒテンシュタイン
刑法第二八三条は以下の行為を二年以下の刑事施設収容としている。
・人又は人の集団の人種、民族的出身又は宗教を理由とする、人又は人の集団に対する憎悪又は差別の公然煽動。
・人種、民族的又は宗教集団メンバーを組織的に軽蔑又は中傷するイデオロギーの公然流布。
・同様の目的での宣伝活動の組織、促進、参加。
・彼、彼女又は彼らの人間の尊厳を侵害する方法で、人又は人の集団の人種、民族的又は宗教に基づいて、人又は人の集団を軽蔑又は差別する象徴、仕草、暴力又はその他の形態の行為を電磁的手段で公然伝達。

6.マケドニア
 刑法第三一九条「国民、人種、宗教的憎悪、不和及び不寛容の煽動」によると、実力行使、虐待、安全への威迫、国民的民族的又は宗教的象徴への嘲笑、記念碑、墓への侮蔑その他の方法で、国民、人種、宗教的憎悪、不和又は不寛容を教唆又は煽動した者は刑事施設収容とされる。

7.コスタリカ
 刑法第三七三条は次のように規定する。「公的及び私的施設の管理人又は監督者、工業又は商業施設の管理人は、人種、性別、年齢、宗教、婚姻状態、政治的意見、社会的出身又は経済状態の考慮に基づいて偏見を持った差別措置を取った場合、二〇以上六〇ユニット以下の責任を問われる。犯行が繰り返された場合、裁判官は、付加刑として一五日以上六〇日以下の公的職務や地位の停止を命じることができる。」

8.インドネシア
一九九九年の人権法第一条三項によって差別を受けた者を定義している。それゆえ、直接又は間接的に差別によって、制約、ハラスメント又は追放されることはない。宗教、民族集団、人種、民族性、団体への加入、社会的地位、経済状態、性別、言語又は政治的信念に基づく差別を引き起こす行為は犯罪とされる。

9.キルギスタン
一九九二年のマスメディア法第二三条「マスメディアは次のタイプの情報を放送してはならない。(c)他の人民や国民に対する戦争、暴力、残虐行為、民族的又は宗教的排斥又は不寛容。(d)人々の名誉に対する侮辱」。違反行為は同法第二四条及び第二五条により訴追対象とされている。
一九九七年の情報アクセス自由法第一〇条三項によると「他の人民や国民に対する戦争、暴力、残虐行為、民族的又は宗教的排斥又は不寛容」は禁止されている。

10.ドミニカ共和国
意見の表現に関する法律六一三〇号第三三条二項は、特定の人種又は宗教のメンバーである人々の集団への中傷がなされた場合、住民に憎悪を煽動する意図があれば、一月以上一年以下の刑事施設収容及び二五以上二〇〇ペソ以下の罰金としている。

11.モルドヴァ
 過激活動と闘う法律によると、過激文書とは記録や匿名の公開情報その他の情報であって、過激活動を呼びかけ、過激活動の必要性を正当化し、戦争犯罪や、民族的、社会的、人種的、国民的又は宗教的集団の一部又は全部の殲滅に関連する犯罪の実行を正当化するものをいう。
 公然教唆とは、文書又は電子的マスメディアを通じて、国民的、人種的、宗教的不調和、国民の名誉と尊厳の損壊、人権の直接又は間接的制限を唆すことである。

12.ロシア
連邦法第一一四-FZ第一条は次のような定義を掲げている。
・暴力や、暴力に出るよう訴えて、人種的民族的又は宗教的対立や社会的不調和を煽動するための活動の計画、組織、準備及び実行する団体、組織、マスメディア及び個人。 
・イデオロギー的政治的人種的民族的憎悪又は敵意、又は特定の社会集団に対して向けられた憎悪又は敵意に動機を持つ大規模騒乱、フーリガン、蛮行を行うこと。 
・宗教に対する姿勢、又は社会的人種的民族的宗教的言語的理由に基づいて、市民を排除し、又は優越性・劣等性を唱道すること。

13.トーゴ
一九八〇年の刑法第五九条二項は被害者の民族性、宗教又は国籍に関する軽蔑を含む侮辱を定め、(a)公然又は文書による重大な侮辱を故意に行った者は、罰金(二〇〇〇以上三万以下のCFAF、刑罰加重する場合は四〇〇〇以上六万以下)、(b)一〇日以上三〇日以下の労役(裁判所の監督下での社会奉仕労働)とする。 

14.ブルガリア
 「刑法第一六二条第一項 人種的国民的敵意、憎悪又は人種差別を煽動又は教唆した者は、三年以下の刑事施設収容及び公的非難(公民権停止)に処する。
 第二項 国籍、人種、宗教又は政治信念のゆえに、彼又は彼女に対して暴力を加え、もしくは財産に損害を与えた者は、三年以下の刑事施設収容及び公的非難に処する。
 第三章第二節「宗教に対する罪」には次の条項がある。
 刑法第一六四条 言論、出版、行動、その他の方法によって、宗教的理由に基づく憎悪を煽動した者は、三年以下の刑事施設収容又は集団労働に処する。

15.フィンランド
関連する刑罰法規は、刑法第六章第五節に刑罰加重事由の規定がある。犯罪規定としては、第一一章第八節の民族アジテーション、同章第九節の差別、第一七章第一(a)節の犯罪集団の活動への参加、同章第一〇節の宗教の神聖を汚すこと、第二四章第九節の中傷、同章第一〇節の重大な中傷、

16.パキスタン
「刑法第一五三条A(a) 話し言葉、書き言葉、サイン、可視的な表現その他によって、宗教、人種、出生地、居住地、言語、カースト又はコミュニティ、又はその他の理由に基づいて、それらの間に不調和、敵対感情、憎悪、悪意を促進又は教唆し、もしくはその未遂を行った者、(b)前項と同一視しうる理由で、公共の平穏を妨げ、又は妨げそうになった者、(c)異なる宗教、人種、言語又は地域集団、カースト、又はコミュニティ、又は人の集団間に、調和の維持を損なう行為を行い、もしくは行うことを他人に教唆した者、(d)前項までと同じ理由で、そうした活動への参加者が犯罪的実力行使や暴力を用いることを意図して、又はそれが犯罪的実力行使又は暴力であると知りながら、実行、運動、訓練その他類似の活動を組織し、又は他人に組織することを教唆した者、もしくは同様の目的又は認識でそうした活動への参加者に参加させ又は他人を参加させるよう教唆した者は、五年以下の刑事施設収容とする。(一部省略)」

17.チュニジア
一九九三年八月の改正プレス法第四四条は「人種、宗教又は住民の間に直接憎悪を促進し、人種隔離や宗教的過激主義に基づいた意見を広めた者」は処罰される。

18.アゼルバイジャン
民族、人種又は宗教的敵意の煽動(第二八三条)。

19.チャド
一九九四年のプレス制度法は表現の自由を保障しているが、同法第四七条は特定民族に属する人々の集団を侮辱し、宗教的憎悪や暴力を煽動することを犯罪とし、一年以上三年以下の刑事施設収容としている

20.チリ
意見表明の自由に関するチリ法は、何らかの社会コミュニケーション手段によって、人種、性別、宗教又は国籍を理由として、個人又は集団に対する憎悪又は敵意を煽動する出版物を製作した者に罰金を課している

21.ギリシア
一九七九年の法律九二七号は「人種差別を目的とする行為を処罰する」としている。故意にかつ公然と、口頭、印刷、文書、描写、その他の手段であれ、人種的又は国民的出身、又は宗教(一九八四年改正)を根拠に、個人又は個人の集団に対する差別、憎悪又は暴力を惹起する行為を煽動すること。人種差別の傾向を持つ組織的宣伝又は活動を意図する組織をつくり、もしくは参加すること。公然と、口頭、印刷、文書、描写、その他の手段であれ、人種的又は国民的出身、もしくは宗教(一九八四年改正)を根拠に、個人又は個人の集団に対する攻撃的観念を表明すること。

22.ペルー
刑法第三二三条は、差別犯罪を、人種、民族的出身、宗教又は性別のみならず、遺伝的要因、家系、年齢、障害、言語、民族的文化的アイデンティティ、衣服、政治的その他の意見、経済状態も含めて、考慮することになった。犯罪成立要素として、実行者の故意、他人の権利享受・行使の妨害を示し、差別行為のみならず、差別行為の煽動、身体的又は心理的暴力行為による差別をも犯罪とし、二年以上三年以下の刑事施設収容、又は六〇以上一二〇日以下の社会奉仕としている。

23.ポーランド
刑法第二五六条及び第二五七条は国民、民族、人種及び宗教の差異、又はいかなる宗派にも属さないことのために、公然と憎悪を煽動した者、その国民、民族、人種又は宗教関係ゆえに、もしくはいずれかの宗派に属さないことゆえに、住民の中の集団又は諸個人を公然と侮辱した者、もしくはそれらの理由で、他人の人間の尊厳を侵害した者は、訴追されるべきとしている

24.アラブ首長国連邦
一九八七年の連邦刑法(二〇〇五年改正)には暴力を禁止する一連の規定がある。刑法第三一二条は聖なるイスラム教を貶めたり、イスラム宗派を侮辱した者は刑事施設収容又は罰金としている。

25.カメルーン
刑法第二四一条「人種や宗教を侮辱すること」 (1)多数の市民や住民が属する人種や宗教に対して、刑法第一五二条に定義されている侮辱的行動を行った者は、六日以上六月以下の刑事施設収容および五〇〇〇以上五〇万以下のカメルーン・フランの罰金に処する。
(2)犯罪がプレスやラジオを手段として行なわれた場合、罰金の上限は二〇〇万カメルーン・フランに増額する。
(3)犯罪が市民の間に憎悪や恥辱を引き起こす意図で行なわれた場合、上の(1)(2)で定められた刑罰は二倍にする。

26.モナコ
公開表現の自由法
第一六条 第一五条に掲げられた手段のいずれかによって、その出身、特定の民族集団、国民、人種又は宗教に帰属しているか否かによって、もしくはその実際の性的志向又は想定された性的志向によって、個人又は集団に対して、憎悪又は暴力を煽動した者は、同じ刑罰の責を負う。

27.ボスニア・ヘルツェゴヴィナ
刑法第一七七条 個人の平等侵害(1)人種、皮膚の色、国民的民族的背景、宗教、政治その他の信念、性別、性的志向、言語、教育、社会的地位又は社会的出身に基づいて、国際条約、憲法、法律、その他の規則又は連邦の一般行為によって提供された人の公民権を否定又は制限した者、又はこれらの差異、背景、その他の地位に基づいて、人に正当化されない特権や有利な地位を与えた者は、六月以上五年以下の刑事施設収容に処する。(2)連邦の公務員又は責任ある者が、前項の犯罪を行った場合、一年以上八年以下の刑事施設収容に処する。(3)連邦組織における公務員又は責任ある者が、連邦の構成員又はその他の居住者の言語や文字の平等な使用の原則に違反して、連邦組織、企業又はその他の法人に自己の権利を行使するために提出する文書において、その者の言語又は文字の自由な使用を制限又は否定した場合、罰金又は一年以下の刑事施設収容に処する。(4)連邦組織の公務員又は責任ある者が、連邦内及び特定の組織で、自由な雇用の市民権を否定又は制限した場合、六月以上五年以下の刑事施設収容に処する。

28.エストニア
刑法第一五一条 社会的憎悪の煽動 (1)国籍、人種、皮膚の色、性別、言語、出身、宗教、政治的意見、財産状態又は社会的地位に基づいて、憎悪又は暴力を公に煽動する行為は、三〇〇ユニット以下の罰金又は拘留に処する。(2)前項の行為が複数回行われた場合、又はそれにより法によって保護された他人の権利や利益、又は公共の利害に重大な損害を惹起した場合、三年以下の刑事施設収容に処する。
 刑法第一五二条 平等侵害 (1)彼又は彼女の国籍、人種、皮膚の色、性別、言語、出身、宗教、政治的意見、財産状態又は社会地位に基づいて、人の権利を不法に制限し、もしくは人に不法に特恵を与えることは、三〇〇ユニット以下の罰金又は拘留に処する。(2)前項の行為が複数回行われた場合、又はそれにより法によって保護された人の権利や利益、もしくは公共の利害に重大な損害を惹起した場合、罰金又は一年以下の刑事施設収容に処する。

29.ルーマニア
刑法第三一七条は、差別の煽動を次のように定義している。人種、国籍、民族的出身、言語、宗教、ジェンダー、性的志向、意見、政治的関係、信念、財産、社会的出身、年齢、障害、慢性の非伝染病又はHIVを理由とする憎悪の煽動。差別の煽動は、六月以上三年以下の刑事施設収容又は罰金を課される。
オーディオ・ヴィジュアル法として、二〇〇二年の法律五〇四号はオーディオ・ヴィジュアル番組における差別と闘うために二つの重要規定を取り入れている。第二九条によると、広告やテレビショッピングには人種、宗教、国籍、ジェンダー又は性的志向に基づく差別を含んではならない。TV視聴者やラジオ聴取者の宗教や政治信念に攻撃を引き起こしてはならない。同法四〇条によると、人種、宗教、国籍、ジェンダー又は性的志向に基づく憎悪の教唆を含む番組を放送することは禁止されている。

30.アルメニア
刑法第二二六条によると、国民、人種又は宗教的憎悪や敵意の煽動、人種的優位性の表明、もしくは国民の尊厳を侮辱することを目的とした行為は犯罪とされ、最低賃金の二百以上五百倍以下の罰金、又は二年以下の矯正労働、又は二年以上四年以下の刑事施設収容に処するとされる。同条二項は刑罰加重として、同様の行為を公に又はマスメディアを通じて、暴力又は暴力行使の威嚇や、権力濫用によって行った場合、三年以上六年以下の刑事施設収容とする。

31.アイルランド
一九八九年の憎悪煽動禁止法は文書を印刷したり、配布したり、言葉を用いたり、文書を屋外に掲示したり、私邸内でもそれが屋外の人に見えたり聞こえたりする場合、又は映像や音声記録を配布したり、展示したりすることは、脅迫、虐待、侮辱であり、それらが憎悪を煽動しようとした場合、犯罪としている。一九三九年の国家に対する攻撃法は人種憎悪煽動を含む違法活動を促進する団体を違法であると宣言し、禁止している。国内外で人種、皮膚の色、国籍、宗教、民族的国民的出身、性的志向又はトラベラー集団構成員であることにより、集団に対して憎悪を煽動しようとする行為は、憎悪煽動禁止法により禁止されている

32.リトアニア
 刑法第一七〇条一項によると、ジェンダー、性的志向、人種、民族的背景、言語、出身、社会的地位、宗教、信念又は意見に基づいて、個人又は集団に対して嘲笑、侮辱を表明、憎悪を煽動、差別を助長し、それが口頭であれ文書であれ公開の言明によって又はマスメディアを通じて行われた場合、犯罪となる。

33.ルワンダ
刑法第三九三条(a)は「中傷又は公然たる侮辱によって、人の集団又は所与の人種又は宗教に対して嫌悪又は憎悪を表明し、もしくはそのような嫌悪又は憎悪を誘発させる行為をした者は、一月以上一年以下の刑事施設収容及び/又は五〇〇〇フラン以下の罰金の責を負う」とする。

34.セルビア
刑法第三一七条はセルビアに居住する人民や民族コミュニティの中に国民的、人種的、宗教的憎悪又は不寛容を煽動又は悪化させた者は、六月以上五年以下の刑事施設収容としている。強制、虐待、安全の約束、国民的人種的宗教的シンボルの嘲笑、商品の損壊、記念碑や墓の冒瀆によって行われた場合、一年以上八年以下の刑事施設収容となる。

35.ウルグアイ
一九八九年の刑法改正によって憎悪、侮辱又は暴力の煽動や、皮膚の色、人種、宗教、国民的民族的出身、性的志向又は性的アイデンティティを理由にそれらの行為を行うことを犯罪とした(*155)。二〇〇三年七月の法律一七六七七号は刑法一部改正であり、憎悪、侮辱又は暴力の煽動を犯罪とし、煽動について三月以上一八月以下の刑事施設収容、その実行につき六月以上二四月以下の刑事施設収容とした。

36.イエメン
刑法第一九四条は「宗教又は宗教的信念、慣行、教育の嘲笑又は軽蔑、信仰集団への侮辱の公然たる煽動、もしくは信仰集団の優越性の観念を、公共の秩序を傷つける方法で、公然と放送した者は、三年以下の刑事施設収容又は罰金に処する」とする。刑法第一九五条は「軽蔑、嘲笑又は侮辱の対象とされた宗教がイスラム教の場合、刑罰は五年以下の刑事施設収容又は罰金とする」。

37.アルバニア
刑法第一一九条及び第一一九条(a)は人種主義又は外国人嫌悪の内容を持つ文書をコンピュータ・システムを用いて公然と配布し又は配布しようとした者は、罰金又は二年以下の刑事施設収容とする。刑法第一一九条(b)は民族的所属、国籍、人種又は宗教ゆえに、コンピュータ・システムを用いて、人に対して公然となされた侮辱についても同じ刑罰を定めている。

38.ポルトガル
 刑法第二四〇条 人種、宗教又は性的差別
一項 (a)人種、<皮膚の色、民族的又は国民的出身>、宗教、<性別又は性的志向>に基づいて、人又は集団に対して差別、憎悪もしくは暴力を煽動又は鼓舞する団体を設立し、乃至は組織的宣伝活動を行った者、又は
b)前項a)で述べられた団体又は活動に参加した者、もしくは財政拠出などの支援をした者は、一年以上八年以下の刑事施設収容とする。
二項  公開集会、文書配布により、その他の形態のメディア・コミュニケーションにより、又は公開されるべく設定されたコンピュータ・システムによって、
a)人種、皮膚の色、民族的又は国民的出身、宗教、<性別又は性的志向>に基づいて、人又は集団に対して、暴力行為を促進した者、
b)人種、民族的又は国民的出身、宗教、<性別又は性的志向>に基づいて、特に戦争犯罪、平和に対する罪及び人道に対する罪の否定を通じて、人又は集団を中傷もしくは侮辱した者、乃至は
c)人種的、宗教的<又は性的>差別を煽動又は鼓舞する意図をもって、<人種、皮膚の色、民族的又は国民的出身、宗教、性別又は性的志向に基づいて、人又は集団を脅迫した者は、六月以上五年以下の刑事施設収容とする。

39.ヨルダン
刑法第一五〇条は「異なる信仰集団や他の国民構成員の間に、信仰や人種の対立を引き起こし、紛争を作り出す意図や効果をもつような著述、演説又は行動を行った場合、六月以上三年以下の刑事施設収容及び五〇ディナール以下の罰金に処する」としている。

40.カタール
刑法第二五六条は、啓示宗教を汚すこと、神や預言者(マホメット)を侮辱すること、宗教施設を破壊することを犯罪としている。(1)イスラム・シャリア法で保護された啓示宗教を汚すこと、(2)口頭、文書、画像、メッセージその他の手段で預言者を侮辱すること、(3)啓示宗教の宗教儀式などに用いられる建造物などを破壊すること、以上につき七月以下の刑事施設収容としている。

41.トルクメニスタン
刑法第一七七条は社会的、国民的、民族的又は宗教的憎悪もしくは敵意をあおり、民族の名誉を害し、宗教、社会的、国民的、民族的又は人種的背景に基づいて、市民に優越的地位や劣等性を帰するプロパガンダを行う故意の行為について刑事責任を定めている

42.オーストリア
刑法第二八三条一項「教会、宗教社会、並びに人種、皮膚の色、言語、宗教又は信念、国籍、世系又国民的民族的集団、性別、障害、年齢又は性的志向によって定義されるその他の集団、並びにそれらの集団に明らかに属する構成員に対して、公共の安全を危険にするような方法又は広範な公衆に知覚できる方法で、他人に暴力その他の敵対行為を公然と煽動又は激励した者は、二年以下の刑事責任を負う。」 

43.セネガル
 刑法第二五六条bis 「次の者には、刑法第五六条と同じ刑罰(一月以上二年以下の刑事施設収容及び二五万以上三〇万フラン以下の罰金)を課す。人種的優越性を主張し、人種的優越性又は人種的憎悪の感情を喚起し、もしくは人種、民族又は宗教的差別を煽動する目的で、物又は映像、印刷物、文書、演説、ポスター、彫刻、絵画、写真、フィルム又はスライド、写真カタログ、その複製、又は記章を、無料であれ私的であれ、いかなる形態であれ、直接であれ間接であれ、投函し、展示又は企画し、利用できるようにした者、もしくはいかなる方法であれ、配布し、又は配布のために作出した者。」

44.アルジェリア
刑法第二九八条は、個人に向けられた中傷については五日以上六月以下の刑事施設収容及び/又は一五〇以上一五〇〇以下のアルジェリア・ディナールの罰金とし、民族的・概念的集団又は特定の宗教に属する者に向けられた中傷については一月以上一年以下の刑事施設収容及び三〇〇以上三〇〇〇以下のアルジェリア・ディナールの罰金とする