Tuesday, January 27, 2015

ヘイト・スピーチ研究文献(5)

光信一宏「フランスにおける人種差別的表現の法規制(2)」『愛媛法学会雑誌』40巻3・4合併号(2014年)
前号に引き続き本号で著者は人種的名誉毀損罪および同侮辱罪について検討している。目次をみると、その次に人種的憎悪煽動罪、それからホロコースト否定罪となっている。つまり、著者は、人種的名誉毀損罪および同侮辱罪、人種的憎悪煽動罪、ホロコースト否定罪を人種差別的表現の法規制としては共通だが内容は相対的に区別されるとみている。
ここで人種的名誉毀損罪および同侮辱罪とは出版自由法32条2項などを指し、私人に対する名誉毀損である単純名誉毀損罪および侮辱罪と区別された、人種に関連する類型を扱っている。その成立要件、法定刑、共和制原理との関係、表現の自由との関係についての議論を紹介している。共和制原理との関係は、日本の議論とはつながらないようにも思えたが、留意しておくべき議論として、マイノリティの保護に関するものがある。共和制原理とは「普遍主義的人間観」「絶対的平等の理念」「個人主義の理念」であるため、人種的名誉毀損罪の処罰はこの原理に違反するという主張があるという。著者はこれは違憲ではないとするが、その理由は、マイノリティの集団的アイデンティティの保護を狙いとするものではなく、マジョリティかマイノリティかを問わず人種主義的名誉毀損を対象とするから違憲ではないというものである。

適用事例が紹介されているのは有益である。モラン事件では、2002年に『ル・モンド』に掲載された「イスラエル・パレスチナ問題という癌」と題するイスラエル批判の論説が民事訴訟の対象となった。哲学者エドガール・モラン、レジス・ドブレ、ピエール・ノラ、ポール・リクールらも巻き込んだ事件であり、当時報道さらたのを見たが、内容を記憶していなかった。本論文ではその裁判経過が紹介されている。イスラエルのパレスチナ政策への批判だが、それをユダヤ人に対する名誉毀損と受け止めた側による提訴である。2004年のナンテール大審裁判所は原告の請求を退けたが、2005年のヴェルサイユ控訴院は原判決を破棄して、1ユーロの損害賠償を命じた。しかし、2006年の破毀院判決は控訴院判決を破棄して、一審判決を支持した。誹謗中傷とされた言葉が論説全体の中でどのような意味を持ったかを評価する手法が採用されたようである。片言節句をとらえての議論を退けたと言えよう。ガロディ事件、デュードネ事件も紹介されており、限界事例での議論の手法が明らかにされている。