Thursday, January 22, 2015

ヘイト・スピーチ研究文献(4)

光信一宏「フランスにおける人種差別的表現の法規制(1)」『愛媛法学会雑誌』40巻1・2合併号(2014年)
著者はこれまでにもフランスやスペインにおけるヘイト・スピーチ関連論文を執筆してきたが、本論文ではフランスにおける法規制の全体像を提示する課題に挑んでいる。日本における先行研究は、憲法学では圧倒的にアメリカ研究であり、刑法学ではドイツ研究である。著者はアメリカ憲法研究を行ってきた主な憲法学者を15名列挙している。中にはカナダ等も研究している研究者も含まれるが、主流がアメリカ研究であることはたしかである。著者は「差別的表現の問題に関する考察をさらに深めるには、法規制を実施している国々の経験を参照し、そこから教訓を引き出すことも重要な課題であると思われる」という。その通りであり、アメリカ、ドイツに加えてイギリス、フランスをはじめとする諸国の法規制の研究が重要である。
著者はまず1972年7月1日のプレヴァン法の制定経過と要点を整理する。1939年のマルシャンドー法を前身とするプレヴァン法は、1959年から1972年にかけ法案が出されたが審議されずにきたところ、1971年の人種差別撤廃条約批准により法制定の機運が高まったと言う。フランスは条約4条に解釈宣言を行い、シャバン=デルマス内閣は現行法が条約4条に適合しているとして、新法には消極的だったが、1972年4月に方針を転換し、議員法案提出を容認した。その後、比較的短期間に法律が成立している。
著者によると、プレヴァン法の要点は、マルシャンドー法では「市民または住民の間に憎悪をあおる目的」を要件としていたが、これを削除したこと。「人種」「宗教」のほかに「出生」「民族」「国民」を加えたこと。「人の集団」に加えて「人」の名誉を保護したこと。人種差別と闘う団体に私訴原告人の権利を認めたこと。以上である。「市民または住民の間に憎悪をあおる目的」の立証が困難なために削除したという。「国民」を加えたことは「外国人嫌悪的表現」を加えたことである。人種差別撤廃条約では「国民」が明示されていない。プレヴァン法は人種差別的表現と外国人嫌悪的表現を並べたが、これは両者を「峻別することが難しい」ためである。

外国人嫌悪的表現に関する判例として、「最も危険なアルジェリア人の血筋」「アルジェリア人の野放しの移住」「危険な寄生者が多い」などの記事が人種的侮辱罪とした1986年の破毀院判決、移民のことを「侵略者」「わが国を占拠している者」「不遜かつ有害な外国人」と呼んだことを人種差別の扇動とした1997年の破毀院判決があるという。