権赫泰・車承棋/編『〈戦後〉の誕生――戦後日本と「朝鮮」の境界』中野宣子/訳、中野敏男/解説(新泉社)
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〈戦後〉とは何か――?
「平和と民主主義」という価値を内向的に共有し、閉じられた言語空間で自明的に語られるこの言葉は、何を忘却した自己意識の上に成立しているのか。
〈戦後〉的価値観の危機は、〈他者〉の消去の上にそれが形成された過程にこそ本質的な問題がある。
捨象の体系としての「戦後思想」そのものを鋭く問い直す。
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日本の「戦後」は「朝鮮」の消去の上にある――このテーゼに導かれた7編の論考がこのテーゼを肉付けし、補強し、完成させる。半世紀をかけて膨張してきた日本が、1945年の敗戦によって日本列島に縮小した。そのことの思想史的意味を本書は追及する。
植民地の消去は地理的にも人間的にも文化的にも遂行される。大日本帝国の領土が消去され日本列島だけに焦点があてられる。
旧植民地出身者は排除され、大和民族・日本国籍の日本がつくりだされる。多民族社会化した文化は純粋の日本文化に洗練され直す。歴史も記憶も意識も将来展望も、すべてこの位置から透視され、改変され、改編され、紡ぎだされる。
本書は、丸山政治学の批判的分析を通して、丸山政治学にとどまらず、日本の政治風土を隅から隅まで徹底的に問い直す。小松川事件を、日本の文学者、在日の文学者、韓国のキリスト者たちがそれぞれの場でどのように受け止め、どのように対峙していったかを比較検討することを通じて、東アジアにおける日本の位置を再測量する。
どの論文も読みごたえがある。
一人だけ大和民族日本国籍(と私が勝手に決めつけて判断している)の中野の論文が冒頭に置かれているのは、いささか不思議と思いながら読み始めたが、「8月革命説」にもかかわらず、戦時体制が継続して戦争責任が封印され、戦後革命と国際主義が自壊し、「方法としてのアジア」になだれ込んだ帰結として、民衆における植民地主義の清算が全くなされずに来た歴史をくっきりと提示し、本書の冒頭にふさわしい内実を備えているので、なるほど。
戦後は終わった。戦後民主主義は虚妄だった。戦後レジームからの脱却――何度となく語られながら、いまだ終わらない東アジアと日本の<戦後>の誕生の秘密を解明して初めて、その終わらせ方の議論が始まる。
本書は日本と朝鮮の関係に焦点を絞っているため、その意味では謙抑的な論考で成り立っている。しかし、巻末に付された解説(中野敏男)が、現代世界の動向全体の中に位置づけ直す試みをしているので、そこから諸論文を再読する楽しみも増える。
なお、本書は台湾、朝鮮等の植民地にしか言及がない。欲を言えば、アイヌモシリ、琉球/沖縄への視線もほしいところだ。東アジアにおける日本植民地主義の歴史と現在を総合的に解明する課題は、まだまだこれからだ。
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【目次】
序章 消去を通してつくられた「戦後」日本……権赫泰・車承棋
第一章 「戦後日本」に抗する戦後思想――その生成と挫折……中野敏男
第二章 捨象の思想化という方法――丸山眞男と朝鮮……権赫泰
第三章 戦後の復旧と植民地経験の破壊――安倍能成と存在/思惟の場所性……車承棋
第四章 「強制連行」と「強制動員」のあいだ――二重の歴史化過程のなかでの「植民地朝鮮人」の排除……韓恵仁
第五章 人権の「誕生」と「区画」される人間――戦後日本の人権制度の歴史的転換と矛盾……李定垠
第六章 縦断した者、横断したテクスト――藤原ていの引揚げ叙事、その生産と受容の精神誌……金艾琳
第七章 「朝鮮人死刑囚」をめぐる専有の構図――小松川事件と日本/「朝鮮」……趙慶喜
解説 『〈戦後〉の誕生』日本語版に寄せて……中野敏男