Thursday, July 20, 2017

戦後日本の自画像の歪みを思い知らされる

権赫泰著(鄭栄桓訳)『平和なき「平和主義」――戦後日本の思想と運動』(法政大学出版局)
<「唯一の被爆国」として日本は戦後70年ものあいだ平和を守ってきたとされるが、ほんとうにそうなのだろうか。朝鮮戦争、ベトナム反戦運動、日米安保や原発の問題などを取り上げ、アジア諸国や国内における他者と関わるうえで丸山眞男をはじめ日本人が何と向き合ってこなかったのか、韓国人研究者が考察する。>
ヘイトデモ阻止のために川崎に出かけた往復の電車で、権赫泰・車承棋編『〈戦後〉の誕生――戦後日本と「朝鮮」の境界』に引き続いて、本書を読んだ。
植民地を見ないと日本が見えない。2つの著作はこのテーゼを繰り返し明らかにしている。一部は重複しているが、繰り返し読んで損はない。今後も繰り返し読むことになるのだから。
「朝鮮」に代表される植民地の歴史を隠蔽することによって戦後日本の思想と運動が成立した。
個別の思想家の中に、というのではない。丸山眞男に代表されるが、戦後思想の中核に植民地の無視が貫かれている。植民地思想の柱を成した殖民学が一気に忘れ去られ、焦土の上に全く新たな戦後思想が立ち上がった。
しかし、「戦後思想」には植民地主義への反省がないから、過去を引きずったままである。植民地主義の母斑が至る所に見えているのに、懸命に目を閉ざしてきたのが私たちだった、ということだ。
善隣学生会館事件は、左翼にこそナショナリズムが貫かれていたことを露呈した。にもかかわらず、その後も長い間、そのことを自覚せずに来た。
べ平連は「国境を超える思想」に挑戦した重要な運動であったが、肝心のところで国境の論理にひれふした。安直に国境を超えると唱えても、容易に実現できるわけではない。
私も、自称「民衆思想」の思想家が植民地主義に鈍感なことを以前指摘したことがある。厳しく指摘し続けないと、私自身が無頓着なままに安住してしまう。本書に学び続けないとならない理由だ。
『あしたのジョー』をめぐる著者の考察は、残念ながら、全共闘世代、団塊の世代と『あしたのジョー』を結びつけるありきたりの通念に寄りかかっている。
ところで、著者は、矢吹ジョーを1953年生まれ、としている。不可解な誤読だ。吉田和明『あしたのジョー論』(風塵社)では、ジョーは1947年6~7月生まれと推定されている。これならば全共闘世代論に適合的だ。
世代論そのものがかなり安直な議論になるので私は世代論を採用しないが、仮に世代論を採用する場合、前提として確認しなければならないことがいくつも残されている。
第1に、原作者の梶原一騎は1936年生まれであり、作画のちばてつやは1939年生まれであり、団塊の世代ではない。担当編集者たちも全共闘世代ではありえない。
第2に、力石徹は、漫画登場時点で、どんなに若く見積もっても20歳寸前に違いない。1945年7月より前の生まれである。団塊の世代ではない。
第3に、『あしたのジョー』は全共闘世代だけにウケて、支持されたわけではない。より若い世代の圧倒的な支持があった。
著者は、これらを無視して、議論を展開しているので、世代論としても成立していないのではないか。
『あしたのジョー』についての私見は
はしがき
第一章 歴史と安保は分離可能なのか
    ――韓日関係の非対称性
第二章 捨象の思想化という方法 
    ――丸山眞男と朝鮮
第三章 善隣学生会館と日中関係 
    ――国民国家の論理と陣営の論理
第四章 国境内で「脱/国境」を想像する方法
    ――日本のベトナム反戦運動と脱営兵士
第五章 団塊の世代の「反乱」とメディアとしての漫画     
    ――『あしたのジョー』を中心に
第六章 広島の「平和」を再考する
    ――主体の復元と「唯一の被爆国」の論理
第七章 二つのアトミック・サンシャイン
    ――被爆国日本はいかにして原発大国となったか

訳者あとがき