Monday, April 04, 2022

歴史学の真髄に触れる04 帝国主義国の軍隊と性a

林博史『帝国主義国の軍隊と性――売春規制と軍用性的施設』(吉川弘文館、2021年)

http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b594877.html

<19世紀から20世紀にかけて西欧の帝国主義国家は植民地拡大を進める中、兵士の管理や性病予防のために軍用性的施設を設置していった。英国の事例を中心にフランス・ドイツ・米国などの国家による売春管理政策を比較・分析。軍隊と性についての歴史と問題点を世界史的視座で捉えなおし、日本軍「慰安婦」制度の歴史的な位置づけと特徴に迫る意欲作。>

<はじめに/売春をめぐる考え方(売春対策の考え方/用語の説明)/英国の売春規制と軍隊(ヴィクトリア時代の英国社会と英軍/英国の国家売春規制―伝染病法)/女性たちの廃止運動(ジョセフィン・バトラーと女性たちの廃止運動/廃止主義者たち/伝染病法の廃止)/英国のインド植民地支配と英軍の性病対策(インド支配と軍隊/インド軍の性病対策)/インドでの売春規制廃止運動(インドへの関心/英政府・インド軍の対応/英インド軍用売春宿の実態/規制廃止へ/規制支持者の反撃)/欧米諸国、インド、英植民地(世紀転換期の変化/欧米諸国の対応の分岐/インド省・政庁と廃止運動、民族運動/各地の英植民地/第一次世界大戦の経験)/第一次世界大戦後の展開(両大戦間期/第二次世界大戦/フランス軍野戦軍用売春宿と韓国の基地村)/終章 今日まで続く課題>

林は関東学院大学教授。主な編著書に、『沖縄戦――強制された「集団自決」』(吉川弘文館、2009年)、『米軍基地の歴史――世界ネットワークの形成と展開』(吉川弘文館、2012年)、『暴力と差別としての米軍基地』(かもがわ出版、2014年)、『日本軍「慰安婦」問題の核心』(花伝社、2015年)、『沖縄からの本土爆撃』(吉川弘文館、2018年)がある。日本軍「慰安婦」問題をはじめとする戦争犯罪研究の第一人者であり、沖縄戦や米軍基地問題の歴史研究もリードしてきた。鋭い問題意識と手堅い実証で知られる歴史学者だ。

林は、日本軍「慰安婦」問題に関する、「はたして日本軍独自のものなのか、あるいはどの国の軍隊でも同じようなものはあったのか」という問いについて、単純化した議論を避け、具体的に実証した上での比較論を追求してきた。『日本軍「慰安婦」問題の核心』において、日本、ドイツ、そしてフランス軍に言及していたが、本書では世界史的な視野に広げて、この問いに迫る。イギリスにおける廃娼運動の展開と軍用の性的施設の廃止、しかし、植民地インドにおけるイギリス軍の性病対策における「復活」と廃止の過程を綿密に追跡する。対象とする時期は19世紀から第一次世界大戦までであるが、その後のフランス軍、韓国の基地村にも言及する。

第一章「売春をめぐる考え方」では、売春対策の考え方、用語の説明を提示する。規制主義(統制主義)、廃止主義、禁止主義(処罰主義)、新規制主義の対抗の展開を整理して、本書の主な対象時期においては規制主義がとられていたが、その世界的傾向、特にイギリスの実態を解明し、これに対して女性運動がいかに取り組んでいったかを示す。

第二章の「英国の売春規制と軍隊」では、ヴィクトリア時代の英国社会と英軍、英国の国家売春規制、伝染病法を取り上げ、規制主義の現実を解明する。

そして、第三章の「女性たちの廃止運動」では、ジョセフィン・バトラーと女性たちの廃止運動、廃止主義者たち、伝染病法の廃止を取り上げ、19世紀から20世紀への転換過程を明らかにする。イギリスの伝染病法は「現代における恐るべき女性の奴隷制」だと批判し、奴隷化に抵抗したバトラーたち女性の闘いが、激しい誹謗中傷の的とされながら、着実に成果を上げていった過程を感動的に描き出す。

林は「あとがき」において「私がこれまで研究してきたテーマでは政府や軍の文書を冷めた目で読むことが多いのですが、一五〇年前に国家売春規制制度を女性の人権を踏みにじる奴隷制だと非難して政府や軍を相手に闘いを始め、それを廃止させた女性たちの運動は新鮮な驚きでした。ジョセフィン・バトラーの演説や手紙などを感動しながら読みましたし、そうした女性運動の史料が文書館で整理保存され公開されていることにも深い感銘を受けました」と述べる。

売春管理政策の展開を国家や軍の視点だけで描き出すのではなく、これに果敢に挑んだ女性の視点を踏まえて、立体的に描き出す工夫がなされており、第三章が本書の白眉と言える。林は、闘った女性たちに着目するだけでなく、被害を受けた女性たちが文書を残さなかった、残せなかったことにも触れ、歴史研究の制約を意識しながら、できる限り全体像に迫ろうとする。

日本国家は、「慰安婦」問題をはじめとする日本軍による戦争犯罪や植民地犯罪に無責任を貫く決意を固めた。歴史の事実を否定し、歪曲し、被害者を再び侮辱する卑劣な国家が開き直っている。

国家だけではない。日本社会もメディアも歴史の隠蔽や偽造を率先して受け容れている。歴史学や国際法学でも、見て見ぬふりをする御用学者が幅をきかせている。

このことは日本の戦争犯罪に限られる話ではない。いま、ロシアによるウクライナでの戦争犯罪が耳目を集めているが、日本政府にはロシアを非難する資格があるだろうか。日本政府だけではなく、日本による戦争犯罪、アメリカによる戦争犯罪を免罪してきた日本メディアにもロシアを非難する資格があるだろうか。

ロシアの核威嚇に欣喜雀躍して「日本も核共有を」「敵基地攻撃ではなく、敵中枢攻撃を」などと叫ぶ、狂った政治家が跋扈する国である。

林は、日本とイギリスの軍用性的施設における重大人権侵害の実相を解明することにより、現代国際人権・人道法が築いてきた戦時性暴力を裁く法思想の基盤を確固たるものにする努力を積み重ねる。