Saturday, April 23, 2022

ヘイト・スピーチ研究文献(194)ジェノサイド防止思想

八嶋貞和「ラファエル・レムキンのジェノサイド防止思想」『青山ローフォーラム』第10巻第2(2022)

八嶋は前論文「ジェノサイド条約の起草過程――国連総会決議96(Ⅰ)に関する議論を中心として」において条約起草過程を検討した。

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/04/blog-post_30.html

本論文の構成

はじめに

第1章     ラファエル・レムキンの生涯

第1節     アメリカ合衆国に渡るまで

第2節     アメリカ合衆国における活動

第3節     ジェノサイド条約採択後の活動

第2章     ラファエル・レムキンンおジェノサイド防止思想

第1節     『占領下の欧州における枢軸国の支配』

第2節     『ジェノサイド』と扇動の解釈

第3節     若干の検討

おわりに

20222月にロシアがウクライナを攻撃して以後、内外のニュースでも戦争犯罪やジェノサイドという言葉が頻繁に用いられている。

1998年のルワンダ国際刑事法廷におけるジェノサイドの適用(アカイェス事件判決)、及び1998年の国際刑事裁判所規程採択、これに基づく国際刑事時裁判所の設置とその活動以後、国際的にジェノサイドと人道に対する罪の研究が急速に進んでいる。日本でも稲角光恵、後藤倫子などが重要論文を相次いで公表している。

八嶋論文は、第1章においてジェノサイドという言葉を造ったレムキンの生涯を振り返った上で、第2章においてジェノサイド概念の誕生とその法解釈についてレムキン自身がどのように考えていたかを探る。

八嶋は、1944年のレムキンの著作『占領下の欧州における枢軸国の支配』の要点を次の3点と考える。

1は、国内刑法による処罰。

2は、普遍主義の適用。

3は、共同謀議の処罰。

続いて八嶋は、1946年のレムキンの論文「ジェノサイド」の要点として、「ジェノサイドの共同謀議および扇動に関する提案」を取り上げる。

共同謀議については、一定の集団を「殲滅するための共同謀議」として条約化されるべきとし、「国民的、人種的または宗教的な集団を破壊する共同謀議に参加している間に、当該集団の構成員の生命、自由、または財産に対する攻撃に着手した」ことを要件としたという。

加えて、1946年論文では扇動の処罰にも言及している。その具体的内容は明らかでないが、1937年の第4回国際刑法学会報告において、ヘイトプロパガンダについて論じていた。「我々は、違法な戦争への扇動は、他の犯罪への扇動と同じく処罰されると結論づけた」という。

八嶋は次のように述べる。

「扇動を含む未完成犯罪は、目的たる犯罪が既遂に達せず、侵害が生じなくとも処罰される犯罪類型である。この特徴および上記に視たレムキンの扇動解釈をジェノサイドの扇動に当てはめると、ジェノサイドという目的たる犯罪が既遂に達せず、侵害が生じていない段階における散発的で、自発的ないし軽率な発言などの行為を処罰するというおとになる。このような侵害が生じていない段階の処罰は、防止的意味合いが強いものであることを鑑みると、レムキンの提案するジェノサイドの扇動処罰は、彼のジェノサイド防止思想の一端と視ることができる。」

ジェノサイドの扇動に国際社会が介入して早期に処罰できれば、ジェノサイドの防止につながるという見解である。

私はレムキンの1946年論文を読んでいない。八嶋論文のおかげでジェノサイドの扇動処罰の法理がどのように登場したのかが少し見えてきた。

現実のジェノサイド発生メカニズムを考えると、扇動段階での早期介入の可能性はあまりないかもしれない。ただ、既遂に達したジェノサイド事件において、ジェノサイドの既遂とジェノサイドの扇動が重畳的に処罰されれば、そこからジェノサイドの扇動の法理が具体的意味を持つことが考えられる。