成嶋隆「ヘイト・スピーチ再訪(1)」『獨協法学』92号(2013年12月)
著者は国際人権法研究者のようだが、1990年代前半にヘイト・スピーチ関連でいくつかの論文を書いている。最近の状況を前に再びこのテーマを取り扱うので「再訪」というタイトルになっている。第1章はフランスの状況、第2章はカナダの状況。続く「再訪(2)」で国連自由権規約委員会の個人通報制度、最後に第4章で日本の状況を取り上げ、「法規制をめぐる諸論点」を検討し、結論としてヘイト・スピーチ規制法の必要性を否定し、「現行法で対処するべきである」と主張している。
本論文はかなり残念な論文である。第2章のフランスの状況として、反ユダヤ主義の動向、法的対応、フォリソン事件を取り上げている。なるほど、取り上げていることはその通りであろう。だが、フランスを研究していない読者であっても、すぐに疑問に思うことがある。
この間ずっと問題になってきたイスラム教、例えば教育現場におけるスカーフ着用問題などでの議論はどうなっているのか、と。
(1)また、フォリソン事件はわかったが、ガロディ事件でも国連自由権規約委員会で判決(勧告)が出たはずだ。たしか2003年頃、<アウシュヴィツの嘘>を処罰することは国際自由権規約に違反しないという趣旨の勧告だったはずだ。
(2)フランスを研究対象としていない私の本『ヘイト・スピーチ法研究序説』で、フランスでは2005年の刑法改正でヘイト・スピーチの処罰範囲を拡張する方向での法改正がなされたことを紹介している。
(3)さらに2008年、フランス政府は<アウシュヴィツの嘘>処罰の範囲を拡張する方針を表明した。その帰結まで確認していないが、プレスの自由法改正がフランスで議論されたはずだ。
(4)2004年法改正で時効も延長されたはずだ。
以上の4つはヘイト・スピーチ処罰範囲の拡張又は維持である。フランス法研究者でなくても知っていることである。これほど重要な事実を成嶋論文はすべて無視する。そして、ヘイト・スピーチ規制法に対して、フランスでは批判があると言う。「問題点」とか「パラドクシカルな問題状況」と言う。その前提で成嶋自身、ヘイト・スピーチ規制法に反対する。自説に都合の悪い事実を隠蔽して議論しても、今時、すぐに発覚するのだから、やめた方がいい。残念な論文である。