Tuesday, November 24, 2020

ヘイト・スピーチ法研究(154)

申惠丰「人種差別撤廃のための国内法整備」『法律時報』92巻11号(2020年)

「差別解消法と条例の展開」という雑誌・新連載の第1回目である。国際人権法研究者らしい視野の広さと、堅実な議論の両者を兼ね備えた論文だ。

人種差別撤廃条約における国内実施の考え方を整理し、日本では人種差別を明文で禁止する法律がないことを確認し、在日コリアンに対する民族差別の実態を人権条約に照らした憲法解釈から分析し、ヘイト・スピーチに対する積極的措置を取る義務について論じている。

条約4条(a)(b)についての日本政府の留保は「4条の柱書や(c)には係っておらず、4条の義務を全体として排除したものではない。また、(a)と(b)への留保も、その内容は、『他の者の権利の尊重』のための権利制限がありうることを含めた諸原則を定める世界人権宣言、及び5条の諸権利に十分な考慮を払うとした4条柱書に留意し、憲法上表現の自由等の権利の保障と定食しない限度で義務を履行するとしたものだから、(a)・(b)に基づく義務を免れるわけではなく、それらの諸権利と両立するかたちでのヘイトスピーチ対処の在り方が真剣に模索される必要がある」という。

また、ヘイト・スピーチ解消法や自治体条例について検討したうえで、「地域内で深刻な人種差別の問題を抱える自治体を中心に条例制定の動きが相次いでいるが、中でも川崎市の条例は上述した諸点において高く評価できる。ヘイトスピーチは全国各地で起きていることから、本来は、国レベルでこのような内容の法律が制定されることが望ましい」とする。

さらに、人種差別禁止法の必要性も指摘する。それによってオンライン上のヘイト・スピーチに対する大手IT企業の取り組みが生きてくると見る。

国際人権法の専門家による論文なので安心して読めるし、勉強になる。人種差別撤廃条約の国内履行のため、人種差別撤廃委員会は日本政府に数々の勧告を出してきた。立法、行政、司法、地方自治体、どのレベルでもまともな対応がなされずにきたが、障害者差別解消法、ヘイト・スピーチ解消法、部落差別解消法に見られるように徐々にではあるが動きも見られる。ヘイト・スピーチ問題については自治体条例もできてきた。その運用には大いに限界があるが、市民によるチェックが重要だ。そのために基準となる考え方として、立法論や解釈論が重要だ。申論文はこの意味で有益である。