市川ひろみ「兵役拒否をめぐるアポリア」『京女法学』16号(2019年)
http://repo.kyoto-wu.ac.jp/dspace/bitstream/11173/2905/1/0150_016_001.pdf
『兵役拒否の思想』(明石書店、2007年)の著者による論考である。兵役拒否の個別事例研究ではなく、兵役拒否の「総論」というべき位置づけと類型化、そして「兵役拒否のアポリア」の詳しい分析である。
徴兵制のある国で自らの良心のために兵役拒否を図ると、強大な権力を有する国家に一人で対峙しなければならない。それでも良心を賭けて兵役拒否を貫いた人々の努力により、兵役拒否を認める国や、代替役務につくことを認める国が出てきた。平和期拒否が個別の闘争ではなく、制度化されてきた面もある。
そうした時代における兵役拒否の類型として、著者は、免除型兵役拒否、代替役務型兵役拒否、民間役務型、選択的兵役拒否を掲げる。私の『非国民がやってきた!』(耕文社、2009年)において、市川『兵役拒否の思想』から、この4類型を引用した。市川は本論文で、その後の研究成果をまとめているようだ。
市川は「徴兵制に内在するアポリア」を「国民としての義務」と「良心(信仰・信条)」の選択として見るだけではなく、国家の側に「国家安全保障」と「国民の生命」のアポリアと見る。さらに市川は「軍隊に内在するアポリア」に迫る。徴兵制に限らず、軍隊では命令・服従関係が基本を成すからだ。ここでは抗命権・抗命義務が浮上し、「批判的服従」が登記される。
国際人権法の時代には、国際自由権規約の選択議定書の個人通報制度がつくられ、兵役拒否者が、国家を超えて、自由権規約委員会に提訴できる。自由権規約委員会では、韓国市民による兵役拒否も審理されている。2008年に開催した9条世界会議の時にも韓国から兵役拒否者をお招きしたが、当時はまだ韓国は選択議定書に加入していなかった。いまは、日本と違って、韓国市民は国際人権を直接活用できる。
他方で、戦争の民営化が始まり、様相が変わってきた。論文末尾の次の一文は、なるほどと、あらためて兵役拒否について考えさせる。
「兵役拒否権を保障する制度が整備されたことによって、多くの人々にとってはアポリアが緩和・解消されてきた。そのことは、とりもなおさず兵役拒否が体制内化されることであり、アポリアとして問題提起の契機となる機会が失われることでもある。さらに、国家は、軍の志願兵化、民営化によって国民と間で生じうるアポリアを回避することができる。現在では、軍隊内業務の民営化が急速に進められており、そこでは、国家はもはや国民に命令/強制する必要はない。委託契約であるので、業務は同意の下に行われる。業務の請負契約という形によって国家と切り離されることで、個人のかかえる現実のジレンマは自己責任とされ、ジレンマとしては認識されない。アポリアが生じないようにすることで、国家は、異議申し立ての契機を取り去ることに成功したといえよう。」
2016年に国連平和への権利宣言が採択された。宣言は兵役拒否には言及していない。だが、準備段階では私たちは宣言草案に兵役拒否、市民的不服従、ピースゾーンをつくる権利を書き込んだ。最終的に削除されたのは残念だった。
平和主義、市民的不服従、無防備地域宣言、ピースゾーンをつくる権利をつなげて、21世紀の平和主義を練り直したいものだ。