Friday, November 27, 2020

ヘイト・スピーチ法研究(155)

藤井正希「批判的人種理論の有効性――ヘイトスピーチ規制を実現するために」『群馬大学社会情報学部研究論集』第27巻(2020年)

https://gair.media.gunma-u.ac.jp/dspace/bitstream/10087/12920/1/27-N1-FUJII.pdf

藤井は以前、「ヘイトスピーチの憲法的研究――ヘイトスピーチの規制可能性について」という論文で、ヘイトスピーチの刑事規制積極説を唱えた。規制消極説の多い憲法学者のなかでかなり早期に積極説を唱えたので注目される。私の『ヘイト・スピーチ法研究原論』で引用させてもらった。

本論文で藤井は、近い将来に「より十分なヘイトスピーチ規制の根拠や方法論を提示する」と予告しつつ、それまでの途中段階の考察として、アメリカにおける批判的人種理論の検討を行っている。

批判的人種理論は1980年代にアメリカで登場した批判法学をさらに乗り越えるべく1980年代末に登場した。人種と法の間の特殊な関係を解明しようとする理論で、現実のアメリカ法は白人中心主義の産物であり、無自覚の内に人種差別を内包していないかと問う理論である。それゆえ、批判的人種理論はヘイト・スピーチ規制の根拠を提示する理論でもある。

大沢秀介、木下智史、桧垣伸次、塩原良和らの先行研究があるので、藤井はこれらに依拠しつつ、アメリカにおける批判的人種理論の枠組みを明らかにし、これを日本にも適用できるのではないかという。

「アメリカにおける白人の黒人に対するヘイトスピーチと、日本における日本人の在日韓国朝鮮人に対するヘイトスピーチは、国籍の有無という点では違いはあるものの、歴史性・無自覚性・構造性等で多くの共通点がある。とするならば、批判的人種理論を日本にける在日韓国朝鮮人に対するヘイトスピーチ規制に活用することは十分に可能であろう。」

「筆者としては、最終的には『日本では憲法的にヘイトスピーチはこのように考えるべきであり、具体的にはこのような規制方法が望しい』という形で明確に自説を主張したいと考えている。」

予告されている次の論文「ヘイトスピーチの公法的研究」が待たれる。

レイシズムは民主主義と相容れない。レイシズムを容認しておくと民主主義は成立しない。民主主義を守るためにはレイシズムの典型であるヘイト・スピーチを規制しなければならない。民主主義を守り、表現の自由を守るためには、マジョリティによるマイノリティに対する暴力と差別の煽動を予防しなければならない。マイノリティの人間の尊厳、個人の尊重法の下の平等のためにもヘイト・スピーチは規制しなければならない。私がこの10年間主張してきたこととおおむね同じ趣旨の見解を藤井は唱えていると言える。今後の展開が楽しみだ。