平野千果子『人種主義の歴史』(岩波新書)
https://www.iwanami.co.jp/book/b605150.html
<「人種」という根拠無き考えに基づいて、人を差別・排除する。人種主義(レイシズム)は、ナショナリズム、植民地主義、反ユダヤ主義等と結びつき、近代世界に計りしれぬ惨禍をもたらし、ヘイトスピーチや黒人差別など、現代にも深い影を落としている。大航海時代から今日まで、その思想と実態を世界史的視座から捉える入門書。>
*
序章 人種主義を問う
第一章 「他者」との遭遇――アメリカ世界からアフリカへ
第1節 大航海時代
第2節 ノアの呪い――黒人蔑視の淵源
第二章 啓蒙の時代――平等と不平等の揺らぎ
第1節 人間を分類する
第2節 思想家たちと奴隷/奴隷制
第三章 科学と大衆化の一九世紀――可視化される「優劣」
第1節 人間の探究と言語学
第2節 人種の理論書
第3節 優劣を判定する科学
第四章 ナショナリズムの時代――顕在化する差異と差別
第1節 諸科学の叢生
第2節 国民国家の形成と人種
第3節 新らたな視角――黄禍論、イスラーム、反ユダヤ主義
第五章 戦争の二〇世紀に
第1節 植民地支配とその惨禍
第2節 ナチズム下の人種政策
第3節 逆転の位相
終章 再生産される人種主義
*
差別がレイシズムを生み、レイシズムが差別を生む。レイシズムがヘイト・スピーチを生み、ヘイト・スピーチがレイシズムを生む。この簡明な事実を、理論的に説明することは案外難しい。
研究者や弁護士の中に「差別はよくないが」と前置きしながら自分はレイシストでないふりをしつつ、マジョリティの表現の自由を絶対化し、懸命になってヘイト・スピーチを擁護する論者が後を絶たないのは、レイシズムの秘密が一因を成しているだろう。自分がレイシストであることを認めず、口先で差別反対と言えばレイシストでない証明になっていると思い込める粗雑な感性の持ち主が多い。こうした状況で、いかに物申しても言葉が通じない。
平野はレイシズムの秘密を暴き、レイシズムの正体に照明を当てる。レイシズムは単なる思想や感情ではなく、科学や制度の中に息づいている。近代西欧世界が歴史的に練り上げてきた世界観そのものである。
『フランス植民地主義の歴史』『フランス植民地主義と歴史認識』の著者である平野だが、本書ではフランス、イギリス、ドイツ、アメリカなど西欧近代の植民地主義が生み出した「他者との出会い」を通じての自己認識の変容に焦点を当てる。人間性と平等を唱えたはずの啓蒙の時代に「人間を分類する」思想が伸長する。「分類」は格付け、序列を生み出す。植民者の皮膚の色(白)、文化と宗教(キリスト教)が規範とされ、「普遍」とされ、序列の頂点に位置づけられる。「分類」は差異の発見につながり、差異が絶対化されていく。差異があるから分類するのだが、分類するために差異を発見し、差異をつくりだすことでもある。科学が差異を記録し、可視化し、内面化させていく。その過程を平野は丁寧に論じている。
*
レイシズムの批判的研究が増えてきた。ヘイト・スピーチとの関係では、梁英聖『レイシズムとは何か』(ちくま新書)と本書が必読書となる。梁と平野、方法も対象も全く異なるが、梁は本質にまっしぐら突撃し、平野は歴史をていねいに検証し、ともにレイシズム克服の途を探る。