Wednesday, June 29, 2022

ヘイト・スピーチ研究文献(202)欧州人権条約の解釈マニュアル

窪誠「ヘイトスピーチとは何か――『ヘイトスピーチに関するマニュアル』から学ぶもの」大阪産業大学経済論集1523号(2014年)

国際人権法研究者で、大阪産業大学教授。『マイノリティの国際法―レスプブリカの身体からマイノリティへ』(信山社)がある。「人種差別撤廃委員会一般的勧告35 (2013)人種主義的ヘイトスピーチと闘う」の監訳者である。

https://www.hurights.or.jp/archives/opinion/2013/11/post-9.html

本論文の存在は知っていたが、人種差別撤廃委員会一般的勧告35の紹介と勘違いして、きちんと読んでいなかった。一般的勧告35ではなく、アン・ウェーバー『ヘイトスピーチに関するマニュアル』(欧州審議会出版局)の紹介である。さらに、ラバト行動計画や一般的勧告35も参照している。

ラバト行動計画の私たちの訳は

http://imadr.net/wordpress/wp-content/uploads/2018/04/9c7e71e676c12fe282a592ba7dd72f34.pdf

マニュアルは欧州人権条約第10条の表現の自由の解釈である。

はじめに

第1章     序論

第2章     適用文書

第3章     欧州人権裁判所判例原則

A 表現の自由への権利に関する一般原則

B 欧州人権条約第17条が適用されるスピーチ

C 表現の自由の制約(欧州人権条約第102項)

(a)      一般的説明

(b)      裁判所が考慮する要素

(c)      宗教的信条への攻撃という特別の場合

第4章     他の国際機関の経験

おわりに

101項が表現の自由、2項がその制約原理、第17条が自由や権利を制限する行為に関する規定である。第17条の例としては、条約に反する全体主義教義、歴史修正主義、人種的「ヘイトスピーチ」が挙げられる。

欧州人権裁判所が採用する一般的アプローチは、介入は法律によって定められているか、介入は正当な目的を追求しているか、介入は民主的社会において「必要」か、である。裁判所が顧慮する要素は、表現の目的、表現の内容、表現の状況(表現者が政治家の場合、ジャーナリストの場合、公人の場合、表現が向けられた人の地位、表現の流布と潜在的影響、介入の性質と強度等)である。

窪は、マニュアル、ラバト行動計画、一般的勧告35を踏まえて、次のようにまとめる。

「よって、裁判プロセスの論理からもう一度整理すると、まず、ある『表現』がヘイトスピーチ『定義』にあてはまるかを審査する。あてはまれば、次に、『表現の目的』を審査する。扇動目的が明白な場合、表現者は表現の自由の権利を主張できなくなり、逆に、別の正当な目的がある場合、国家は処罰できなくなる。次に、『表現の内容』を含めた『表現の状況=文脈』審査によって、表現による『他人の権利』侵害がどの程度であったかを測定する。最後に、国家『介入の性質と強度』が他人の権利侵害程度に相応していたかを判断する。」(64頁)

窪は、ヘイト・スピーチの「基本定義」として「特定集団への所属を理由とした憎悪扇動」と「特定集団優越性の公的表明」を示し、最後に次のように述べる。

「憲法によって、『国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ』日本も、自由権規約、人種差別撤廃条約の個人通報制度に加入することにより、国際社会との対話を開始する時が来ている。」(68頁)

国際人権法におけるヘイト・スピーチの理解について、私は、国連人権理事会、人権高等弁務官事務所、及び人種差別撤廃委員会の情報を紹介してきた。欧州人権条約・人権裁判所についてはあまり参照してこなかった。昨年、ようやく下記の紹介を試みた。

ファクトシート:ヘイト・スピーチ(欧州人権裁判所)

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/09/blog-post.html

https://maeda-akira.blogspot.com/2021/09/blog-post_92.html

また、EUOSCEが、ヘイト・クライム被害者の救済のための研究をいくつも出版しているので、最近、『明日を拓く』『生活と人権』『部落解放』誌上で紹介している。今後更に研究したい。