池上彰・佐藤優『真説日本左翼史』(講談社現代新書)
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ベストセラー3部作の第1作で、21年6月出版だ。図書館で申請して半年ほどかかった。「戦後左派の源流1945-1960」としているが、戦前から安保闘争までの日本左翼史を、対談形式でとてもわかりやすく解説している。見事な「解説」である。
本書の出発点となる問題意識は、いまは左翼が落ち込んでいるが、「『左翼の時代』がまもなく再び到来し、その際には『左派から見た歴史観』が激動の時代を生き抜くための道標の役割を果たす」というところにある。
国内では白井聡や斎藤幸平の登場・活躍があり、『資本論』への関心が高まっている。国際的にも、マルクスの読み直しが盛んになっている。現代資本主義の隆盛の結果、「格差の是正、貧困の解消といった問題」が重要となっているが、これは「左翼が掲げてきた論点そのもの」だ。
こうした意識で、左翼史の総括を試みているが、「クイズ王」や「雑学王」と呼ばれるだけあって、良く知られる左翼史をたどりなおす手つきはさすがに巧みである。常識と化した「俗流左翼史」を踏まえて、というか、そのままたどり直している。そこに、いくつかエピソードを挟み込みながら話を進めているので、面白く読める。政党史としても社会運動史としてみても二番煎じ三番煎じだけだが、読者を飽きさせることなく、時代背景や国際情勢も挟み込みながらの「解説対談」となっている。
もし本当に「『左翼の時代』がまもなく再び到来」したとすれば、その時、本書が「その際には『左派から見た歴史観』が激動の時代を生き抜くための道標の役割を果たす」ことがあるのは悲劇的なことだと考えた方がよいだろう。
政治学者や歴史学者が、本書をきちんと正面から受け止めて、批判的に検証する必要がある。
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1例だけ指摘しておこう。
治安維持法時代の共産党など知識人への弾圧を取り上げて、「知識人に敬意を払う『弾圧の様式美』」が語られる。
「当局の側も、向坂逸郎や山川均、宮本顕治のような一つ筋を通す人に対しては面倒くさい野郎だな、とは思いつつもそれなりに敬意を払っているのですね」と言い、「隅から隅まで真っ黒な暗黒時代で、誰も何も言えないというような時代ではなかったし、言論活動だけで殺される、ということは必ずしもなかった。だからそういう意味ではやはり日本の体制はナチスとは違っていたと思います。思想という営為に対する、一定の畏敬の念を官憲の側も持っていたという点では。」と言う。
「隅から隅まで真っ黒な暗黒時代」という極端な表現を持ち出すことで、治安維持法時代の弾圧は「意外と緩い面も共存していた」と繰り返す。こうした認識が共有されることが何を意味するのか、よく考える必要がある。
治安維持法研究、特高警察研究をきちんと見れば、実際には100人を遥かに超える共産党員が拷問によって殺されている。釈放後に死亡した事例、行方不明になったままの事例も含めて、膨大な殺害が猛威を振るった事実が隠蔽される。小林多喜二や鶴彬や槇村浩は例外ではない。大本教の弾圧も知られる。
治安維持法体制は国内だけではない。朝鮮半島における治安維持法弾圧の苛烈さがすべて無視される。俗流左翼史は意図せずして歴史偽造の結果をもたらすだろう。
とはいえ、いま、本書のような形で、歴史の教訓に学ぼうとする著作が出るのは良いことだ。対象とされた人々がもっと発言していくことが望まれる。