中国文化財返還運動を進める会編『中国文化財の返還――私たちの責務』(2022年)
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2021年に発足した「進める会」のブックレットである(54頁)。
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はじめに 中国文化財返還運動から日中友好を実現しよう/一瀬敬一郎
1 文化財を返すとは、どういうことか?/五十嵐彰
2 靖国神社・山縣記念館所在の狛犬について/東海林次男
3 中国側の資料から見た靖国神社最古の狛犬/鄧捷
4 皇居にある唐時代の碑について/大賀英二
特別寄稿 日中友好のための「文化財返還」の実践的意義/吉田邦彦
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日清戦争以来の歴史の中で、日本軍は中国から膨大な文化財を略奪した。朝鮮半島を植民地支配した時代に略奪した文化財も膨大だ。ほんの一部の返還がなされたが、多くは日本にあり、隠匿されているものも少なくない。中国からの略奪文化財の目録はできあがっていないだろう。
勧める会の当面の目標は2つである。
1)
靖国神社と山縣有朋記念館にある「石獅子」――日清戦争の際に遼寧反省海城市の三学寺から奪ったもの
2)
皇居の吹上御苑にある「鴻臚井碑」――日露戦争の際に遼寧省旅順市の黄金山麓から奪ったもの
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一瀬敬一郎は、返還運動の経緯を紹介し、国際法(ポツダム宣言とサンフランシスコ条約)に触れ、日中友好のために返還を実現すべしという。
韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議の五十嵐彰は、文化財返還は「見えない傷を見る歴史認識」によるとし、奪った側と奪われた側の論理を検討し、「かつて植民地を支配したことによってもたらされた特権を享受している日本に暮らす者として、あるべき<もの>をあるべき<場>に戻す。そのことによって私たちを取り巻く瑕疵文化財が負っている見えない傷を修復して、文化財本来の価値を取り戻す」という。
東海林次男は、靖国神社の狛犬の来歴を丁寧に追いかけ、「戦利品」=略奪文化財であることを確認する。最近になって、問題の狛犬をガイドブックから削除した。また、遊就館打出の害具ガイドによる解説を禁止した。都合の悪いことに触れられたくないための隠蔽措置であろう。
鄧捷は、中国側の資料から、問題の狛犬の来歴を解明し、三学寺の歴史も明らかにする。狛犬が略奪された際の中国側の反応(嘆き、無念)の思いがよくわかる。
大賀英二は、皇居の吹上御苑にある「鴻臚井碑」――7世紀の唐が渤海郡王を冊封した事績が記されている碑の出自と、皇居への搬入経緯を明らかにする。さらに渤海国の建国の経緯や、その歴史的位置も解説し、全体像が見えるようにする。
吉田邦彦は、略奪文化財について、ユネスコの「世界遺産」「世界の記憶プログラム」の視点での重要性を指摘し。欧米諸国における返還事例を参照し、日中の返還の意味を測定する。
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小さなブックレットだが、2つの文化財の出自・来歴、その背景となる歴史情報がていねいに示され、中国における返還要求の動きもわかりやすい。欧米諸国の実践例も紹介されている。
1990年代の国連国際法委員会やダーバン人種差別世界会議準備会議に始まる侵略や植民地支配の歴史の反省は、2001年のダーバン宣言を経て、奴隷制や、虐殺とジェノサイドや、強制労働など多様な問題への対応であり、各国それぞれの歴史、政治、文化のありように規定されているが、旧植民地宗主国であった西欧諸国においても、不十分ながらも、反省と謝罪が進められてきた。アメリカ、イギリス、フランス、ベルギー、ドイツなど、いずれも反省と謝罪の試みを続けている。
これに逆行したのが日本であり、歴史偽造・歪曲を通じて過去の帝国主義の戦争を賛美・正当化する異様な政治文化が根付いてしまった。
文化財返還についても、国際的には徐々に進展がみられるが、日本での動きは限られている。中国文化財問題でも、具体的な返還要求が出始めると、靖国神社が資料を隠蔽し始めたように、逆向きの動きが強まる恐れが高い。象徴に君臨する強盗一族が「鴻臚井碑」を返還するには、よほどの大きな政治変化が生じる必要があるだろう。
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私はこれまでに「日本植民地主義をいかに把握するか(六)――文化ジェノサイドを考える」「日本植民地主義をいかに把握するか(七)――コリアン文化ジェノサイド再論」という2つの文章を書いた(『さようなら!福沢諭吉』)。
前者では、南永昌遺稿集『奪われた朝鮮文化財、なぜ日本に』(朝鮮大学校朝鮮問題研究センター、2020年)を契機に、国際法におけるジェノサイドを踏まえて、文化ジェノサイドを文化財保護の観点で解明した。「コリアン文化ジェノサイド論」の手掛かりとするためである。
後者では、「帰ってきた文化ジェノサイド」として、最近の国際法の議論を紹介し、コリアン文化ジェノサイド論を、1)植民地ジェノサイドの諸相、2)武断政治と文化政治、3)略奪文化財返還問題の3つに分けて論じた。
今後もこのテーマの研究を続けたい。