10月26日に韓国YMCA(東京・水道橋)で開催されたシンポジウム「FIGHT FOR JUSTICE 「性奴隷」とは何か」において、「国際法における軍の性奴隷制度」について報告した。
25分の報告のため十分な話はできなかったが、(1)クマラスワミ「女性に対する暴力」報告書をめぐる経緯、(2)奴隷制とは何か、に絞って報告した。
そのレジュメを以下に貼り付ける。
資料<文献>の1が1996年の人権委員会の際にNGOが作成し、各国政府に配布した資料集である。2が日本政府が国連人権委員会に提出したが、各国政府から批判されたために撤回した「秘密報告書」である。今年になって一部メディアが「スクープ」と称して紹介しているが、実際には当時、私たちが日本国内でもコピーを配ったし、国会質問も行われたものである。
**********************************
国際法における軍の性奴隷制度
前田 朗
1 報告の趣旨
(1) 日本における議論の特徴
――ナショナリズムと、法の無視
・「強制連行」論議――誘拐罪、強制移送の無視 ➔文献19,20,21
・「性奴隷制」論議――奴隷条約、奴隷の禁止の無視
(2)国際人権法における議論の特徴
・冷戦終結後の世界像との関連での歴史の見直し
➔ダーバン宣言、欧米における歴史の再審 ➔文献24
・国家-間-法における国際人権法の形成と展開
➔個人被害者の救済と賠償問題(個人の法主体性)
・とりわけ女性の権利、女性に対する暴力問題の浮上
➔ウィーン世界人権会議、北京世界女性会議
➔国連人権機関における女性に対する暴力特別報告者
➔国連安保理事会決議
・国際刑事司法制度の形成と発展
➔旧ユーゴ法廷、ルワンダ法廷
➔国際刑事裁判所規程における戦時性暴力規定
(3) 課題の限定
・クマラスワミ報告書への道――軍隊性奴隷とは(本報告2)
・国際法における奴隷概念の定義の追跡(本報告3)
2 クマラスワミ報告書への道――軍隊性奴隷とは
*1996年の国連人権委員会のラディカ・クマラスワミ「女性に対する暴力特別報告者」の「日本軍慰安婦報告書」が作成された過程を振り返る。
*1996年4月、国連人権委員会に際してNGOが作成し各国政府に配布した資料集、及び、日本政府が1996年の国連人権委員会に提出したが撤回に追い込まれた文書を紹介。 ➔文献5,6,7,11,12
1988年12月 世界人権宣言40周年記念集会
1989年 4月 在日朝鮮人・人権キャンペーン
1990年 4月 在日朝鮮人・人権セミナー(実行委員長・床井茂)➔文献9,10,映像1~4
1990年 6月 JR定期券問題国会質問、労働省答弁 ➔文献8、映像5
*朝鮮人強制連行、従軍慰安婦、南方方面派遣団
1991年 8月 金学順カムアウト、以後韓国、朝鮮、台湾などで証言始まる
1991年12月 金学順ら、日本政府相手に提訴
1992年 2月 国連人権委員会、NGO発言(IED)
1992年12月 日本の戦後補償に関する国際公聴会
1993年 2月 国連人権委員会、NGO文書提出(IFOR)
1993年 5月 ウィーン世界人権会議、女性に対する暴力論議
1993年 7月 テオ・ファン=ボーベン重大人権侵害報告書
1993年 8月 河野談話
1993年12月 国連女性に対する暴力撤廃宣言
1994年 2月 国連人権委員会、NGO文書提出(IFOR)
1994年 2月 日本政府(細川政権)に勧告文提出(IFOR)
1994年 2月 国連人権委員会、NGO発言(IFOR)
1994年 8月 国連人権委員会・人権小委員会、NGO文書提出(IFOR)
1994年10月 国際法律家委員会「慰安婦」報告書
1995年 2月 国連人権委員会、NGO文書提出2通(IFOR)
1995年 3月 ラディカ・クマラスワミ特別報告者、予備報告書
1995年 7月 リンダ・チャベス組織的強姦・性奴隷制特別報告者作業文書
1995年 8月 国連人権委員会・人権小委員会、NGO発言(IFOR)
1995年 8月 国連人権委員会・人権小委員会、組織的強姦・性奴隷制決議
1995年 8月 国連人権委員会・人権小委員会、現代奴隷制作業部会
1995年10月 北京世界女性会議
1996年 2月 ラディカ・クマラスワミ特別報告者、日本軍慰安婦報告書
1996年 3月 日本政府秘密報告書
1996年 4月 国連人権委員会、クマラスワミ報告書を全会一致で採択 ➔文献22
*簡明な事実の確認――国連人権委員会での議論のベースは国際法である。日本が国際法に違反したか否かが問題である。
*クマラスワミ報告書における軍事的性奴隷制度の定義
「特別報告者は、戦時、軍によって、または軍のために、性的サービスを与えることを強制された女性の事件を軍事的性奴隷制の慣行ととらえている」
「特別報告者は『慰安婦』の慣行は、関連国際人権機関・制度によって採用されているところによれば、性奴隷制および奴隷類似慣行の明白な事例ととらえられるべきであるとの意見を持っている」
*クマラスワミ報告書における「慰安婦」事件の捉え方
・徴集
・「慰安所」における状態
3 国際法における奴隷概念の定義
(1) 奴隷条約への道 ➔文献1,2
1885年 ベルリン一般協定
1890年 ブリュッセル一般協定・宣言
1905年 White
Slave(醜業)協定
1906年 英仏伊アビシニア協定
1910年 White
Slave(醜業)条約
1919年 サンジェルマン条約
1922年 国際連盟、アビシニア奴隷問題
ルガード・メモ
1923年 国際連盟、アビシニア奴隷問題再論
1924年 国際連盟・奴隷制委員会、人間搾取の諸形態の文書化
1925年 セシル提案(条約第1条1項)――搾取から所有へ
1926年 奴隷条約
1930年 リベリア国際調査委員会報告書
(2) 奴隷条約における奴隷制と奴隷取引の禁止
奴隷条約第1条1項 奴隷制とは、その者に対して所有権に伴う一部又は全部の権能が行使される個人の地位又は状態をいう。
2項 奴隷取引とは、その者を奴隷の状態に置く意思をもって行う個人の捕捉、取得又は処分に関係するあらゆる行為、その者を売り又は交換するために行う奴隷の取得に関係するあらゆる行為、売られ又は交換されるために取得された奴隷を売り又は交換することによって処分するあらゆる行為並びに、一般に、奴隷を取り引きし又は輸送するすべての行為を含む。
(3) 「所有権に伴う権能」
*ジーン・アレイン『奴隷制の法的理解――歴史的理解から現代的理解へ』(オクスフォード大学出版、2012年)より
ジーン・アレイン(クィーンズ大学教授、国際法)「21世紀に至る奴隷の法的定義」ロビン・ヒッキー(ダーラム大学講師、所有権法)「奴隷の定義を理解するために」
J.E.ペナー(ロンドン大学教授、所有権法)「所有概念と奴隷概念」
(4) 奴隷概念の拡大・変容――現代的諸形態へ
*国連人権委員会・現代奴隷制作業部会の議論 ➔文献12,13
*アレイン「21世紀に至る奴隷の法的定義」、オーランド・パターソン(ハーバード大学教授、社会学)「人身売買、ジェンダー、奴隷」
1949年 人身売買禁止条約
1956年 奴隷制補足条約
1990年代 国連における議論――1989年(人身売買の禁止、売春からの搾取)、1990年(子どもポルノ)、1991年(子ども兵士)、1992年(臓器売買)、近親姦(1993年)、1994年(移住労働者、セックス・ツーリズム)1997年(早期結婚、拘禁された少年)
2000年 デヴィド・ワイスブロット報告書
4 おわりに
(1) 国際人道法における奴隷と性暴力
・旧ユーゴスラヴィア法廷ICTY
・ルワンダ法廷ICTR
1998年 アカイェス事件ICTR判決
カンバンダ事件ICTR判決
ムセマ事件ICTR判決
フルンジヤ事件ICTY判決
2001年 フォーツァ事件ICTY判決
(2) 国際刑事裁判所規程ICC
・人道に対する罪としての性奴隷制
(3)国連における戦時性奴隷への取り組み
・女性に対する暴力特別報告者の活動継続
・国連安保理事会決議
<文献>
1. Selected Papers on the Legal
Issues Concerning Military Sexual Slavery, edited by Etsuro Totsuka, IFOR.(1996年、国連人権理事会の際に各国政府に配布した資料)
2. Views of the Government of
Japan on the addendum 1.(E/CN.4/1996/53/Add.1)to the report presented by the
Special Rapporteur on violence against women.(1996年、国連人権理事会に提出しようとしたが撤回に追い込まれた日本政府文書)
3. Jenny Martinez, The Slave
Trade and the Origins of International Human Rights Law, Oxford University
Press, 2012.
4. Jean Allain (ed.), The Legal
Understanding of Slavery, From the historical to the contemporary, Oxford
University Press, 2012.
5. 戸塚悦朗『日本が知らない戦争責任』(現代人文社、1999年[普及版2008年])
6. 国際法律家委員会(ICJ)『国際法からみた「従軍慰安婦」問題』(明石書店、1995年)
7. ICJ国際セミナー東京委員会編『裁かれるニッポン――戦時性奴隷制 日本軍「慰安婦」・強制労働をめぐって』(日本評論社、1996年)
8. 本岡昭次『「慰安婦」問題と私の国会審議』(本岡昭次東京事務所、2002年)
9. 床井茂編『いま在日朝鮮人の人権は』(日本評論社、1990年)
10. 在日朝鮮人・人権セミナー編『在日朝鮮人と日本社会』(明石書店、1999年)
11. 荒井信一・西野瑠美子・前田朗編『従軍慰安婦と歴史認識』(新興出版社、1997年)
12. 前田朗『戦争犯罪と人権』(明石書店、1998年)
13. 前田朗『戦争犯罪論』(青木書店、2000年)
14. 前田朗『ジェノサイド論』(青木書店、2002年)
15. 前田朗『民衆法廷の思想』(現代人文社、2003年)
16. 前田朗『侵略と抵抗』(青木書店、2005年)
17. 前田朗『人道に対する罪』(青木書店、2009年)
18. 前田朗「旧ユーゴ、ルワンダ国際法廷で戦時性暴力はいかに裁かれてきたか」『女たちの21世紀』26号(2001年)
19. 前田朗「『慰安婦』強制連行は誘拐罪」『統一評論』528号(2009年)
20. 前田朗「『慰安婦』誘拐犯罪の証明――静岡事件判決」『統一評論』564号(2012年)
21. 前田朗「『慰安婦』誘拐犯罪」「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクションセンター編『「慰安婦」バッシングを越えて』(大月書店、2013年)
22. ラディカ・クマラスワミ『女性に対する暴力』(明石書店、2000年)
23. ゲイ・マクドゥーガル『戦時・性暴力をどう裁くか』(凱風社、1999年[増補新装2000年版])
24. ダーバン2001編「反人種主義・差別撤廃世界会議と日本」『部落解放』502号(2002年)
<映像>
1. 『なぜ? 90年5月・外国人登録法違反事件』(1990年)
2. 『空白の四五年――新たな日朝関係へ』(1991年)
3. 『朝鮮人元従軍慰安婦の証言――ピョンヤン1992』(朝鮮人強制連行真相調査団、1992年)
4. 『定期券の話――朝鮮学校に通う』(1993年)
5. 『生きている間に語りたかった――日本の戦後補償に関する国際公聴会の記録』(同実行委員会、1993年)
6. 『癒されぬ傷跡――「従軍慰安婦」問題はいま』(朝鮮人強制連行真相調査団、1996年)