Wednesday, October 15, 2014

ヘイト・スピーチの憲法論(5)

5 経済的権利――憲法第二九条
 ヘイト・スピーチの憲法論としては、憲法第一三条、第一四条、第二五条以外にも、多くの憲法条項が規定する自由と人権が侵害されていると考えるべきである。被害者が朝鮮学校の場合には教育権が否定されている。京都朝鮮学校襲撃事件民事訴訟控訴審の大阪高裁判決は、ヘイト・スピーチによって「民族教育を行う利益」が侵害されたと認定した。人種差別とヘイト・スピーチによっていかなる権利が侵害されるかは、人種差別撤廃条約第五条に列挙されている。ここでは、そのことを指摘するにとどめ、経済的権利についてだけ言及しておく。
 日本国憲法第二九条一項は「財産権は、これを侵してはならない」と規定する。
 日本におけるヘイト・スピーチの議論で経済的権利に言及されることはまずない。しかし、人種差別撤廃委員会での議論を聞けば、人種差別が経済的権利に与える影響、とりわけヘイト・スピーチの結果、被害者の経済的権利が失われることがたびたび指摘されている。日本でもヘイト・スピーチと経済的権利について検討する必要がある。
 新大久保(東京)におけるヘイト・デモでは、店舗が並ぶ路地に入り込んで、「韓国人の店で物を買うな」と叫ぶ行為が行われた。個別の被害者にとっては威力業務妨害罪の被害である。しかし、単に個別の行為を取り上げるだけでは不十分である。ヘイト・デモが繰り返し押しかけ、騒然とした状況を作り出し営業妨害を繰り返したことによって、二〇一二年秋から一三年夏にかけて、新大久保のコリアンタウンは客が激減したことが知られる。各店舗の売り上げは低下し、仕事も減り、労働者の人員も減ったと言われる。地価にも影響を与えたのではないだろうか。具体的な被害として見えにくい面があるが、ヘイト・スピーチを放置しておくと、膨大な財産損害が生じていると考えるのが自然である。
 人種差別撤廃委員会での議論では、こうした事態が生じること全体を深刻な差別と見ている。
 私人によるヘイト・デモであり、日本政府がヘイト・スピーチを行ったわけではないから、日本政府に直接の責任はないように見えるかもしれない。しかし、デモに許可を与えたのは公安委員会である。デモが新大久保のコリアンタウンに押し掛けて、ヘイト・スピーチをまき散らし、被害を生じさせることを知りながら、公安委員会はあえて許可をしてきた。しかも、「韓国人の店で物を買うな」と騒ぎ立てる営業妨害行為の警官がすぐ近くを歩いていたのに、制止も逮捕もしていない。被害者から見れば、ヘイト・デモと公安委員会・警察が「共犯」である。人種差別をなくす責任を有する政府(地方政府も含む)がヘイト・スピーチに加担して、被害者の財産を侵害している。
 突発的に生じた私人による単独のヘイト・スピーチならば、実行者である私人の責任である。しかし、組織されたデモによるヘイト・スピーチが継続している場合は、許可を与えた公安委員会の責任である。国家には、憲法第二九条に基づいて、失われた財産についての損害賠償義務があるのではないだろうか。