星野智幸『嫐嬲』(河出書房新社、1999年)
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1998年の『最後の吐息』に続く星野の作品集である。「嫐嬲」と書いて「なぶりあい」と読む。「嫐嬲」「裏切り日記」「溶けた月のためのミロンガ」の3作が収められているが、表題作の完成度はそれなりに高いものの、他の2作は習作と言ってよいだろう。
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同じ会社から翻訳を依頼されていたグランデ、プティ、メディオの3人が出逢い、呑み、意気投合して、共同生活を始める。2部屋のワンルームを1つは執務室、1つは寝室とし、将来の英語イスパニア語の共同翻訳オフィスを夢見る。1人での翻訳作業とは別に、3人共同によって作業が大いにはかどり、体験を共有していく。
若い3人の友情、連帯、共同作業は、やがて外にあふれ出て、危険なスリルとサスペンスの日々を迎える。船着き場の船を盗んで対岸に渡る。温泉の湯船の栓を抜いて逃げる。銀行強盗ならぬ銀行強制預金事件を引き起こして逃げる。渋谷交差点を渡る人々を大混乱させるスクランブル事件。こうしてお互いを信じあい確かめ合いながらの冒険の日々に、お互いの不信とスレ違いが生まれていく。
プティは「おかまに見えない」「もと女だもん」という「おかま」という設定であり、メディオは「男であることのアイデンティティは廃墟同然」だが「男をやめることもできない」という設定である。「ただの女にすぎない」グランデは「排除」された意識を持つ。違いを認め合い、お互いを尊重しながらも、時に批判し、傷つけあいながら、絡み合う。結末、「嫐嬲」の危機から脱出したのはプティであり、外国へ行くことになったとのビデオを残して消える。
90年代後半、字幕翻訳をやっていた星野の体験をベースに、翻訳にいそしむ若者たちのアイデンティティをめぐる葛藤、煩悶を描いた秀作だ。