内閣総理大臣 菅 義 偉 様
文部科学大臣 萩生田光一様
金 学 順 さ ん の 告 発 か ら 30 年
政府は歴史研究の成果を受入れ事実認識の歪曲を正せ!教育への介入を止めよ!
「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワーク
<はじめに>
今年は、1991年8月14日に金学順さんが「業者が連れ歩いた方々」という日本政府の虚偽答弁に怒って名乗り出て30周年である。この間、「慰安婦」問題は、国際社会では戦時性暴力・性奴隷制と認識され、女性に対する重大な人権侵害・人道に対する罪として国際法を発展させてきたが、日本政府は、「河野談話」を発表したものの、各国の被害者、支援団体、国連機構の要求に応えず、未だ、被害者と真の和解につながる解決を行っていない。日本政府に誠実な謝罪と賠償を訴え続けた多数の各国の被害者は無念にも旅立たれた…。現在、政府は、日韓合意で「慰安婦」問題すべてを「最終的・不可逆的」に終わらせ、以下に見るように今回の閣議決定も、被害者への人権侵害を今も続けていると言う他はない。
日本維新の会の馬場伸幸議員が、①「河野談話」を継承するか? ②「従軍慰安婦」という用語は、強制連行や軍の一部に位置付けられていたとの誤解を与えるとして、政府の見解を
問う「質問主意書」(1)を発出した。政府は4月27日、①「談話」を継承する。②「誤解を
招くおそれがあることから、「従軍慰安婦」ではなく、単に「慰安婦」という用語が適切、
「従軍」と「慰安婦」の組合わせた表現も不適切、という「答弁書」を閣議決定した。そして、
検定基準4の「閣議決定その他の方法により示された政府の統一的見解又は最高裁判所の判
例が存在する場合には、それらに基づいた記述がされていること」(2)を根拠に、教科書記
述への介入が始まった。
閣議決定(政府の統一見解)は、一言で言えば、「軍」と「慰安婦」を切り離し、軍や強制連行を連想させない単なる「慰安婦」だけを教科書に記述させようというのである。つまり、30年前の「業者が連れ歩いた方々」(慰安所は業者の商売で、「慰安婦」は商行為)という虚偽の「認識」に逆戻りし、この間の調査研究、被害者の証言活動、裁判の事実認定等の成果を否定し、「慰安婦」問題(日本軍の責任)をなかったことにしようとの意図を含み、さらに、このことを検定によって教科書に記述させるというもう一つの意図を含んだ、極めて悪質な政策である。オール連帯は5月20日、教科書介入の問題を中心に、閣議決定撤回の声明を発表したが、今回は、【Ⅰ】声明後に分った介入問題の事実と【Ⅱ】「河野談話」継承の陰で進む空洞化、事実認識の歪曲を中心に批判し、この記念すべき日に、政府に抗議・要請文を伝達する。
私たちは、具体的に以下のことを強く要求する
1、政府は、直ちに、4・27 閣議決定を撤回すること
2、萩生田大臣は、検定基準4の趣旨を“誤解、誤導”してきたことを公的に認め、謝罪し「併記が可能」と周知徹底し、誤解に基づく検定、訂正申請、説明会等を厳に慎むこと。
3、「河野談話」の継承を明言する政府は、談話を正しく継承し、歴史研究に基づく事実認識を施策の基本とすること。まず、「談話」と真逆の政府の事実認識を撤回すること、及び、「野戦酒保規程改正ニ関スル件」等々の「慰安婦」資料を担当部署に収集し、事実認識を正しく確定すること。
4、日本軍「慰安婦」問題の解決・和解は、日本と被害者との間で、外交問題ではなく人権問題として日本政府が解決すべき問題である。一刻も早く、正しい事実認識に基づいた心からの謝罪と賠償を、出身地のいかんを問わずすべての被害者に届けること。
理 由 文末の( )は注記の番号
【Ⅰ】検定基準4の本来の趣旨:両論併記は可能 (要求1,2の理由)
政府が用語を決定して教科書に強制することは、憲法の学問の自由・表現の自由に違反すると声明でも批判したが、文科省は5月10,12日国会で「今後、検定基準4を踏まえた検定を行っていく」と答弁し、教科書から「従軍慰安婦」一掃の徹底が始まった。5月18日、文科省は教科書出版社の編集担当役員を対象に異例の説明会を開催。答弁書の内容を説明し、既に検定をパスして記載されている「従軍慰安婦」まで削除しようと、訂正申請の日程や訂正勧告の可能性にも言及した。当該出版社は「訂正申請の指示と受け止めた」という(朝日新聞6・18)。しかし、この記事の最後には「文科省は、教科書が答弁書の政府見解と『従軍慰安婦』を併記することまでは否定していない。」という矛盾した一文が記されていた。
実は、検定基準4が新設された改正時と大臣の間で、大きな解釈の相違があることが明らかになった。つまり、改正時の趣旨は、「政府の見解とは異なる見解を排除するという趣旨ではございません。」(3)であったのに対し、萩生田大臣は、「改正のときに、政府として認めたものについてのみ教科書には記述をしようとルール化をしまして」と5月12日に答弁している(4)。ちなみに、6月9日、共産党畑野君枝議員の、改正時の趣旨が今も変わらないかという質問に、文科省は同内容を明言し(5)、この趣旨が今も生きていることが確認された。萩生田大臣は誤った解釈をし、これまで世を誤導してきたと言える。
さらに、5月26日、畑野議員は最高裁の判決に「軍隊慰安婦」の用語が使われていることを指摘した(6)。ご存知かと問われて、大臣以下「存じません」というお粗末さであった。皮肉にも、検定基準4によって、政府にとって「従軍慰安婦」より不利な「軍隊慰安婦」の用語も推奨される事態となったのである。
結論として、検定基準4の本来の趣旨によれば、「従軍慰安婦」など他の用語や他の見解も併記が可能ということになる。政府・右派議員の連携(7)の、教科書から「従軍慰安婦」を一掃し、「慰安婦」だけにしようという目論見は失敗に帰したのである。
しかるに、文科省は、5月18日の説明会でも「併記可能」を説明せず、7月21日には加藤官房長官が記者会見で、文科省が検定基準4に基づいた記述となるよう適切に対応すると思うと、既定の方向を当然の如く押し出している。こうした誤った政府見解の教科書記述を強行することは、決して許されるべきではない。
【Ⅱ】、継承の陰で「河野談話」は骨抜きに:事実認識は真逆 (要求1,3の理由)
今回の答弁書で、菅政権は「河野談話」の継承を明言した。しかし、5月13日、日本維新の会松沢成文議員は、政府を二枚舌と批判し「私は、政府見解で、従軍慰安婦という言葉は強制連行を想像させるのでやめますと言った以上、(強制を認めた)河野談話を見直す、撤回する…に向けて検討していただきたい」と追及した(8)。まさに政府の矛盾を突いた指摘である。だが、答弁は、政府の基本的立場は「河野談話」の継承であり、見直さないと繰り返した。
そこで、政府の基本的立場を「外交青書」(2019)で確認すると、日本の立場は「「軍や官憲による強制連行」、「数十万人の慰安婦」、「性奴隷」といった主張は、史実とは認識していない」とある。「囲み記事」の中には、「強制連行」については、これまでに日本政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった(以下「強制連行の記述はなかった論」とする)。「性奴隷」という表現は、事実に反するので使用すべきでない」と述べている。「軍・官憲の強制連行」と、人権侵害の核心である「性奴隷」を「史実ではない」と、明確に断定している。
一方、「河野談話」(9)の事実認識は、安倍前総理も認める通り、政府調査に基づいていて、(1)設置・管理・移送に軍の直接・間接関与、(2)(募集は、主に軍の要請を受けた業者が当ったが)甘言・強圧等本人の意思に反した募集が多く、官憲等の直接加担の例もあった。(3)強制的な状況下での痛ましい慰安所生活というのが要点である。
比較すれば、政府の事実認識は「河野談話」と真逆であると分かる。これで、どうして継承と言えるのか。
これまで、安倍政権は何度も「河野談話」の見直しを試みたが、人権問題であり国際公約であるとみる米国はじめ国際社会から厳しく批判され諦めざるを得なかった。そこで、考えたのが、表向きは継承を謳い、実質的に骨抜きにする二枚舌作戦であろう。
萩生田氏(当時総裁特別補佐)も、2014年、BS日テレ「深層NEWS」で、旧日本軍の関与などを認めた河野談話は「骨抜きにするべきではないか」と述べたと報道されている(10)。既に、上記のように「河野談話」は骨抜きにされている。
そこで、私たちは、松沢氏とは真逆に、政府に対し、「河野談話を蘇らせ、政府の事実認識の方こそ、見直せ!撤回せよ!と強く要求する。以下に、政府の事実認識について検討し、根拠を提示して反論・批判し、それらの撤回要求の理由としたい。
(1)「軍の関与」について、
政府は、先の閣議決定のように、「軍」と「慰安婦」は無関係だと印象づけ、主体は業者で、軍は、性病検査や移送等の関与をしたに過ぎないという認識である。しかし、「野戦酒保規程改正ニ関スル件」の発見により、慰安所は野戦酒保に付属する正式の施設であり、軍は自ら慰安所制度を創設し、組織的に運営した「主体」であったことが証明された。「河野談話」に言う「関与」レベルではない。馬場質問主意書に言う「軍の一部に位置付けられていた」ことが「誤解」ではなく「正解」だったのである(11)。しかし、この資料を持つ防衛省は、現在も担当部署に送らず、政府の事実認識に反映されていない。
(2)「軍・官憲による強制連行は史実ではない」について
政府は「軍・官憲による人狩り的連行」さえ無ければ、日本の責任は無い!とばかりに、この主張を長年、固守してきた。そこで、「軍・官憲による強制連行は史実ではない」の根拠として挙げられている「強制連行の記述が無かった」論について検討し、A~Dのように反論する。
A 政府は、少なくても、以下の①~③の記述文書を入手しているのは明白であるから、「強制連行の記述がなかった」論は、虚偽であり、根拠とはならない。
①1992年に、外務省はオランダから日本軍人が強制連行・強制売春で死刑等々の有罪に裁かれたバタビア軍事裁判の正式記録を取り寄せ、謝罪・補償に関する外務省の考えを関係部署に回覧し、想定問答まで作成した。この無期限秘密文書は情報公開で明らかになった(12)。
②1993年政府が公表した全調査資料に、法務省提出の①の裁判概要が含まれていた(13)。
③2017年に、政府は軍による強制連行が多数記述されている東京裁判・BC級戦犯裁判の資料182点を受け入れ、その資料中の強制連行の記述の存在を答弁書で認めた(14)。2015年にも東京裁判の資料を入手している。
B 記述資料だけが証拠ではない。証言も立派な証拠である(判決で「拉致」を認定)(15)
C 軍でなく、業者(軍が選定)が強制連行をした場合も、日本軍の責任は免れない(16)。
D 甘言による連行も強制連行である。国内刑法・国際法も暴力と甘言は同範疇・同罪(17)。
以上、「慰安婦」募集に強制連行が多数あったことは、軍・業者、暴力・甘言、文書・証言も含めて、根拠があり疑いないが、百歩譲って、政府の言う、軍・官憲による、文書証拠の、暴力的な強制連行、に限定しても、反論Aのように、政府も否定できない多数の例があり、「軍・官憲による強制連行は史実ではない」は虚偽である。
政府は「性奴隷という表現は、事実に反する」「不適切な表現」(国連発言)と述べるが、結論だけで、その根拠をどこにも示していない。根拠のない主観的主張を事実と認めることはできない。慰安所での状況は、慰安所規定など資料にも、多数の被害者・軍人の証言、出版物、政府調査結果(9)、判決にも明確で、直接、証言を聴いた人々の心に衝撃と深い怒りとして刻まれている。被害者がよく言われる「人間ではなかった!」「家畜のようだった」というまさに「人間としての自由、尊厳を奪われた性奴隷」状態であった(18)。
以上、(1)、(2)、(3)に見たとおり、軍と「慰安婦」は切り離せないものであり、軍・官憲の強制連行も性奴隷状態も、政府の事実認識には根拠がなく、何より被害者の体験に反し、ねつ造歪曲認識、歴史修正主義と言わざるを得ない。
<最後に> (要求4の理由)
2017年、全国組織の招聘で来日したアジア各国の被害者は外務省と面談し、被害体験や要求など思いの丈を訴えたことがあった。外務省参加者も「初めてのことで、重要な経験であった」と述べた。総理も文科大臣も被害者の1人にでも面談し、1冊の証言集にでも目を通して、当時も戦後も苛酷な人生を強いられた被害者の心情に向き合っていただきたい。その責任は誰がとるのか。今年1月8日、ソウル地裁で勝訴した李玉善さん93歳は、「お金じゃない、日本の謝罪が先だ。私たちに何をしたか事実と強制をきちんと書いてから謝罪の言葉を述べる、それなしにいくら謝っても、謝罪とは認めない!」と言われた。名誉と尊厳が公的に回復され「こころから気が晴れた!」(李玉善さん)と思える真の解決のためには、人権侵害をした正しい事実認識に基づく謝罪が基本であり必須である。
以上
「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワーク