Thursday, August 05, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(183)d ヘイトをとめるレッスン

ホン・ソンス『ヘイトをとめるレッスン』(ころから、2021年)

レッスン11 「ヘイト表現罰則化」の明暗

レッスン12 ヘイト表現の解決方法はひとつではない

レッスン13 ヘイト表現を規制する方法

レッスン14 政治が果たすべき役割

レッスン15 ヘイト表現に対抗表現で立ち向かえ

著者は包括的な差別対策、ヘイト対策のための環境形成とヘイト・スピーチの刑事規制という総合的対処を提案している。適切である。

禁止には刑事規制、民事規制、行政規制。環境形成には、教育、広報、反差別政策、支援、研究、そして自律的規制を想定している。そして、その全体を管掌するコントロールタワーとして差別是正機構が必要だという。

ヘイト表現に対抗する活動については日本のカウンター運動に言及した上で、その意義を整理する。

「対抗表現の最も大きな意義はヘイトの構図をひっくり返すことである。ヘイトの扇動はマイノリティ集団を孤立させようとするが、対抗表現は反対にヘイト集団を孤立させる。」

著者は対抗表現の重要性を指摘する。しかし、対抗表現だけで足りるとは考えない。

「ただし対抗表現に幻想を持ちすぎるのは禁物だ。対抗表現を強調しすぎるのは、ヘイト表現が個人の私的実践によって解決できるという錯覚を起こさせる可能性がある。当事者個人の対応は問題を早期に解決したり被害を少なくするのに効果的だが、問題解決には集団的、組織的対応が、より重要である。」

市民社会だけでなく、「国家的、法的、制度的に対抗表現を支援する」ことが必要だという。人権センター、相談所、人権教育、広報資料の提供が必須である。

「結局のところ韓国社会はヘイト表現への社会的、政治的対応に事実上失敗した。影響力のある政治指導者や社会の有力者たち、宗教界の指導者たちがヘイトときちんと線を引けていない。教育現場でもヘイトに立ち向かう対策が体系的に樹立されていない。会社や私的領域で差別とヘイトに敏感なわけでもなく、健全な市民社会がヘイトに立ち向かう耐性を持ち合わせていると見るのも難しい。」

それゆえ、著者は差別禁止法やヘイト刑事規制など、できることをすべてやることを提案している。あれかこれか、ではなく、反差別の総合的施策が求められる。

日本でも全く同じことが言える。

本書は平易な記述で、ヘイト・スピーチ規制の法理をていねいに解説している。理論水準は国際人権法を十分にわきまえ、比較法的知見も豊富である。とても参考になる本だ。