萩原優里奈「我が国におけるヘイトスピーチへの法的対応」『言語・地域文化研究』第25号(2019年)
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目次
はじめに
第1章
民事的救済
1 現行法による救済手段
2 裁判例(京都朝鮮学校事件)
3 考察
第2章
刑事的救済
1 現行法による救済手段
2 裁判例(京都朝鮮学校事件)
3 考察
第3章
ヘイトスピーチ解消法
1 ヘイトスピーチ解消法の存在意義
2 川崎市ヘイトデモ差止仮処分決定
3 考察
おわりに
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東京外国語大学大学院の紀要に、萩原は数本のヘイト・スピーチ研究を発表している。
本論文は、民事的救済、刑事的救済、ヘイト・スピーチ解消法について、それぞれ検討して、今後のヘイト・スピーチ対策について論じている。民事及び刑事的救済については、いずれも京都朝鮮学校事件の判決を素材として、その意義と限界を検討している。さらに、解消法についても、その意義と限界を論じ、その際に川崎市デモ差止仮処分決定を素材としている。このテーマの扱いとしてはもっともオーソドックスな構成の研究論文と言えよう。分析も手堅い。
引用文献としては、奈須祐治、前田朗、斎藤民徒、金尚均、毛利透、師岡康子、小谷順子、遠藤比呂通等々、重要文献をそれなりに踏まえているが、先行研究の調査が十分とは言えない。もっとも、このテーマは文献が多すぎるので、大学院生の論文としては、よく調査している方かもしれない。
著者は次のようにまとめる。
「ヘイトスピーチはその被害者を身体的及び精神的に傷つけるのみならず、社会における構成員としての地位あるいは人間であること自体を否定することで、人としての尊厳や平等に生きる権利を奪うものである。また、その威圧的メッセージでマイノリティを圧倒し、彼らの表現の自由を奪い沈黙に追い込むことで、民主主義そのものを歪めてしまう。さらには、社会に差別や暴力を蔓延させ、究極的には戦争やジェノサイドにすら繋がりかねない。こうした深刻な害悪のおそれがある一方で、従来より表現の自由の保障意義として挙げられてきた『自己実現の価値』や『自己統治の価値』をヘイトスピーチに見出すことは難しい。例外的な表現の自由規制として、ヘイトスピーチに制裁を科すことは十二分に正当化し得るのではないだろうか。」
的確な認識である。精神的被害だけでなく、身体的被害を認識している点は優れている。沈黙効果や民主主義に言及している点も的確だ。金尚均や師岡康子に学んだのであろう。その上で、萩原は、罰則規定策定の参考として、金尚均に倣ってドイツの集団侮辱罪をあげる。反差別のための取り組みの重要性、そのための法規制の在り方について、今後研究を進めることが予定されている。
研究論文としてはもう少しオリジナリティがあるとなお良いのだが、このテーマは現在、夥しい研究が公表されているので、その中で新規性を強く打ち出すのはなかなか大変なテーマでもある。いずれにせよ、続編が期待される。