Tuesday, September 08, 2015

しなやかな闘い、懐かしいひたむきさ

しなやかな闘い、懐かしいひたむきさ

崔善愛『十字架のある風景』(いのちとことば社、2015年)
指紋押捺拒否闘争のピアニスト。おそらくいまもなお、このような視線を受けながら、著者は生き続けている。指紋押捺拒否は著者の闘いであり、人格の一部をなしているだろうし、ピアニストとして生きてきた著者であるが、それだけが著者ではない、ことは言うまでもない。人はさまざまな属性を有し、さまざまな歴史を受け継ぎ、経験を積み重ね、さまざまな思いを内面化していく。そうしてつくりあげられた崔善愛という名の精神と身体は、日本という名の差別と抑圧を受け止め、ひたむきに抗しながら、しなやかな闘いを続けている。だが、著者の人生を「闘い」に切り縮めてもいけない。
本書は故郷「小倉」を見つめ直し、心象風景をつづったエッセイ集である。軍都であり工業都市であった小倉には、日本近代の歴史が凝縮している。原爆投下予定地でもあった。朝鮮戦争時は米軍の後方基地でもあった。と同時に、在日朝鮮人の歴史も深く刻み込まれている。父・崔昌華の記憶がいつも 漂っている。足立山のふもとには、朝鮮半島を向いてメモリアルクロスが立っていた。その下に著者は住んでいた。関門海峡、小倉城、工業地帯、入国 管理局、西南女学院、カトリック小倉教会・・・著者の子ども時代。指紋押捺拒否、アメリカ留学、「強制帰国」というべき闘い。いま、ヘイトあふれる日本にふたたび直面しながら、人道に対する罪について考え、うた(君が代)の強制を語り、参政権と帰化について考える。エピローグでは、ポー ランドからフランスにさすらったショパンが取り上げられる。ショパンについては、崔善愛『ショパン――花束の中に隠された大砲』(岩波ジュニア新書)。