欧州社会政治発展監視機関のニュース2021年2号は「ジェンダーにNO、正確には何にYESなのか?――欧州反ジェンダー運動の内情」という特集記事を掲載している。以下、簡潔に紹介する。
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構成
1 編者から
2 基礎
(1)序文
(2)担い手と議論
2 スポットライト
(1)国家を超えた戦略的な財政構造
(2)欧州における反トランス攻撃への応答
(3)ジェンダーに基づくサイバー暴力
出版情報
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1 編者から
性的及びリプロダクティブ・ヘルスと権利、及びLGBTIQの人権について、国際的に認められてきた規範に対する逆行、組織的な公然のバックラッシュが、現在、欧州の広範な地域で問題となっている。
2021年3月30日、ポーランド議会構成員たちが、イスタンブール条約(女性に対する暴力及びDVを予防し闘う欧州評議会条約)からポーランドが脱退し、家族の権利条約を起草しようという法案を通過させた。「家族にYES、ジェンダーにNO」と命名されたポーランド法は、欧州で国家を超えて組織されている反ジェンダー運動の中心教義を反映している。イスタンブール条約は、「ジェンダー・イデオロギー」に対する動員の要因となっている。「家族にYES」は、「女性/母親」と「男性/父親」が二極であるという家族の伝統的イメージ又は「自然な」イメージに言及している。子どもの福利、家族の伝統的理解と「自然な」秩序が解体の危機にあると喧伝される。「ジェンダーにNO」は、統合要素であり、社会的に構成されたジェンダー役割という考えを拒絶し、「ジェンダー・イデオロギー」というお化けに反対する諸要因を結び付けている。
このニュースでは、「正確には何にNOなのか?」という問いを提示し、欧州における反ジェンダー運動の出現、その主張、担い手を示す。3つの領域に着目する。反ジェンダー運動の財政構造、反トランス攻撃の増加、ジェンダーに基づくサイバー暴力である。
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2 基礎
(1)
序文
――欧州における国境を越えた反ジェンダー運動
*執筆者はマリー・ウィテニウス(欧州社会政治発展監視機関の研究者)
右翼ポピュリストと反フェミニスト運動は、ジェンダー平等と性的及びリプロダクティブ健康と権利に反対して、近年、欧州各地で強力になりつつある。この強化は、国境を越えて組織化され資金を得た独立の反ジェンダー運動となっており、女性の権利、LGBTIQの人々の権利、及び市民社会を攻撃している。これは各国レベルではなく、欧州レベルで起きており、国家を超えてEUの基礎を掘り崩そうとし、欧州レベルで成立しているコンセンサスを覆そうとしている。反ジェンダー運動は、「ジェンダー・イデオロギー」という共通のお化け概念に結び付けて、さまざまな方法で人権の基礎を攻撃している。
以下では「ジェンダー・イデオロギー」という用語への入門とし、反ジェンダー運動の登場と中心線を示す。さらに、EUに対するこの運動のアンビバレントな関係を論じる。イスタンブール条約は、この運動がいかに強化されてきたかを示すからである。
――共通の敵のためのプロジェクション・スクリーンとしての「ジェンダー・イデオロギー」
反ジェンダー運動の担い手は、その動機においても、議論の重点においても、制度化の程度においても、おおいに多様である。欧州における反ジェンダー運動は、国も歴史も社会的にも異なるが、共通の敵である「ジェンダー・イデオロギー」に対抗する強力なネットワークとなっている。「ジェンダー」概念に反対するために、反ジェンダー主義、反ジェンダー戦争、反ジェンダー運動などの言葉が用いられる。言葉はさまざまだが、国境を越えてともに闘っているというコンセンサスがある。
「ジェンダー・イデオロギー」との闘いは、運動内部では多様な政治目的の共通のテーマである。レイシズム、反ユダヤ主義、ホモフォビア、トランスフォビア、民族主義、反エリート主義につながる。共通の敵ゆえに、極右集団、ポピュリスト政党、キリスト教原理主義、ブルジョア保守主義、ネオリべが一つにまとまる。
ジェンダー平等政策と性的リプロダクティブ健康と権利への組織的反対は、欧州社会における新しい現象ではない。1990年代以来、保守勢力、カトリック教会、右翼ポピュリストがリードしてきた。しかし、社会の広範な層の政治的動員は最近のことである。
反ジェンダー・キャンペーンは2000年代半ばにスペイン、クロアチア、イタリア、スロヴェニアで登場し、同性婚の導入に反対し、性教育に反対した。2012年のフランスの同性婚導入法への反対集会には12万人以上が参加した。これが各地に影響を与え、ドイツ、イタリア、ポーランド、ロシア、スロヴァキアで広がった。LGBTIQの人への攻撃がなされるようになり、ジェンダー平等は家族の廃止になるという言説になっていく。