マリー・ウィテニウスによると、社会権や平等の領域ではEUの権限は制約されているが、EUは各国政府に、ジェンダー平等戦略及びLGBTIQ平等戦略という共通最低基準を通じて影響を与えている。EU反差別の枠組みを設定し、欧州司法裁判所もある。
他方で、EUその他の国際機関は、「腐敗したエリート」とされ反発を受けている。2015年のワルシャワの性教育反対デモでは、ジェンダーとは「ブリュッセル発のエボラ熱だ」と特徴づけられた。EUによる植民地支配というイメージがつくられている。
国家を超えたネットワークがEU議会にも見られる。EU議会2019年選挙で、ジェンダー平等、女性の権利、性教育、同性婚、イスタンブール条約に反対する議員の比率が約30%に達した。EU議会における極右ポピュリスト政党の強化が、欧州評議会にも影響を与え、論争を呼んでいる。
――議論の中心線
――「自然な」ジェンダー役割、伝統的家族イメージ、子どもの保護の称揚
ウィテニウスによると、「ジェンダー」概念の拒絶とともに、反ジェンダー運動は、いくつかの議論のラインを共有している。
同性婚――同性婚及びLGBTIQへの反発。同性婚の導入は、「伝統的」「自然な」母親と父親の役割、2つの性による婚姻のイメージの廃止を目指す政治改革と受け止められている。つまり「家族の廃止」と見做される。
リプロダクティブ健康――歴史的には1990年代に始まったが、堕胎やリプロダクティブ医療が、反ジェンダー運動の中心テーマになっている。堕胎は「死の文化」と見られ、特にカトリック教会が反対している。
学校における性教育――ジェンダー平等の教育テーマは、特に強く攻撃されている。反ジェンダー運動は、無辜の子どもが被害を受けているという。2つの性の存在が「自然な事実」であるとされ、過剰な性教育は拒否される。
民主的権利――この文脈で「ジェンダー・イデオロギー」は政治プロジェクトとなる。「腐敗したエリート」が「ジェンダー・イデオロギー」を押し付けようとしており、新しい全体主義であると批判される。
こうして恐怖と怒りが動員される。「ジェンダー・イデオロギー」は秩序(ジェンダー役割、家族)への脅威とされる。「伝統的」家族、ジェンダーの「自然な」役割が子どもの保護と言う文脈に転換され、宗教的保守的意識に結び付けられる。
――欧州における反ジェンダー運動の波
――イスタンブール条約に反対する「ジェンダーへの戦争」
ウィテニウスによると、反ジェンダー運動の中にイスタンブール条約への反対がある。イスタンブール条約は2011年にイスタンブールで採択され、2014年に発効した。女性に対する暴力とDVを予防し闘う国際的な法的拘束力のある文書である。条約が採用した暴力概念は包括的で広範であり、すべての暴力を含む。条約によると女性に対する暴力とDVは人権侵害である。暴力は歴史的に形成された男女の不平等な権力関係の表現であり、構造的差別の帰結である。条約は「ジェンダー」を社会的に形成された役割、行動、活動、特徴付けであって、女性と男性について社会が適切であるとみなしているものである。
LGBTIQの人の権利はこれまで国際法や国内法で十分認められてこなかった。イスタンブール条約でも構造的に認知されているわけではないが、条約の履行に際して、各国にはジェンダー・アイデンティティに基づいて暴力を受ける人を差別してはならない義務がある。この点で、欧州評議会はLBT女性の暴力から自由に生きる権利を保護する措置が必要となる。G男性も同様であると言える。
ブルガリアは2016年にイスタンブール条約に署名したが、憲法裁判所がイスタンブール条約は憲法違反だと判断した。社会的構築としてのジェンダーと言う理解は、憲法違反であり、憲法は男女両性を定めているという。
ポーランドは2015年にイスタンブール条約を批准したが、議会内で批准撤回を求める運動が続いている。2021年3月30日、「家族にYES、ジェンダーにNO」法案が議会で採択された。ポーランド政府は、イスタンブール条約は宗教を尊重せず、「ジェンダー・イデオロギー」を促進していると主張している。
スロヴァキアは、2011年にイスタンブール条約に署名したが、2019年、議会は批准しないと決定した。カトリック教会などの反対勢力は、イスタンブール条約は「ジェンダー・イデオロギー」を宣伝すると批判している。
ハンガリーは2014年にイスタンブール条約に署名したが、2020年、議会は、政府に批准しないように求める決定をした。ジェンダー及びジェンダーに基づく暴力の定義が、ハンガリーの文化、法律、伝統、国家の価値を危険にさらすとしている。
トルコは2011年にイスタンブール条約に署名したが、10年後、エルドガン首相は2021年7月1日、撤回命令を出した。