(2)担い手と議論
ダミアン・デンコフスキー(フェミニスト外交政策センター事務局次長)によると、反ジェンダー運動は高度に組織化され、資金力があり、国境を越えた運動である。「ジェンダー・イデオロギー」に反対しているが、単なるバックラッシュではなく、権力であり、社会的政治的ヒエラルキーを維持しようとする。その担い手集団を主に3つにわけることができる。
・古くからの担い手――カトリック教会、極右のシンクタンク、富裕層の個人と家族と財団であり、多くがアメリカ由来である。ロシアやEUにも財団がある。世界の権力中枢との関係があり、国際フォーラムに代表を送り込み資金も豊かである。
・新しい担い手――最近10年間、「ジェンダー・イデオロギー」概念に反対するために立ち上げられた新しい集団がある。その多くが、政府が組織したNGO(GONGOs)や反平等言説を促進する組織や政党であり、世界中に広まっている。
・連合体――反ジェンダー運動の言説を無批判に提示する研究者、政治家、企業家、ジャーナリストが加わる。
――議論
デンコフスキーによると、反ジェンダー運動の議論枠組みはあいまいであるが、恐怖に基づいている。2010年代まで、その言説の多くは、通常、自然な、宗教的用語に依拠していたが、その後、子どもの福利への脅威に重点を置くようになってきた。
今では「3つのN」に対する脅威、攻撃とされている。すなわち、自然Nature、国民Nation、通常性(普通)Normalityを擁護しようとする。
必ずしも同じイデオロギー図式によるわけでも、同じ議論枠組みによるわけでもない。お互いに対立しあうことさえあるが、反ジェンダー・キャンペーンでは一致する。
2 スポットライト
(1)
国家を超えた戦略的な財政構造
性的リプロダクティブ健康のための欧州議会フォーラム事務局のネイル・ダッタによると、欧州における反ジェンダー運動は最初、過小評価されていたが、宗教界のロビーにとどまらず大衆の支持を受け、政治に影響を与えるようになった。堕胎やLGBTQIの権利に対する攻撃が強まり、注意を払う必要性が理解されてきた。その資金力にも注意が向けられたが、分からないことが多かった。2018年の欧州議会フォーラムの報告書『氷山の一角――性とリプロダクションの人権に反対する過激宗教の資金源』が資金源を解明した。
報告書によると、2009~18年、54の団体――NGO、財団、宗教団体、政党は反ジェンダー運動に7億0700万ドルの資金を有した。出所は主にアメリカ、ロシア、欧州である。氷山の下には、草の根の資金提供者、社会経済エリートの支持、公的資金、宗教活動家による資金がある。
(2)
欧州における反トランス攻撃への応答
欧州47カ国169団体のネットワークであるトランスジェンダー欧州の事務局長リチャード・ケーラーによると、欧州における反トランス運動が国境を越えで発展していると報告する。欧州ではこの数十年でトランスの権利が認められるようになってきたが、バックラッシュが強まっている。反平等言説が国境を越えて広まり、トランスの人々の権利を攻撃するようになった。女性の成功、人権、開かれた社会への攻撃と軌を一にし、民主主義からの離反を招いている。
ハンガリーの立法者は2020年、性は不変のカテゴリーであるとして、トランスの人々の法的ジェンダー認知を廃止した。子どもには出生時の性のまま成長する権利があるという。
ブルガリアの憲法裁判所は、法的ジェンダー認知の合憲性判断を求められているが、どのように判断するかは予測できない。憲法裁判所は2018年にイスタンブール条約は「ジェンダー」という用語を用いているので健保委に反すると判断した。
ルーマニアでは2020年、教育においてジェンダーを講じることを禁止する法案がつくられている。
イギリスとドイツでは、法的ジェンダー認知に際して自己決定権を求める法改正がとん挫した。
ケーラーは、反トランス攻撃の3つの目的を指摘する。
第1に、トランスの人々の権利と存在を否定することによって男性支配を維持しようとする。レイシストが「黒」と「白」の2つのカテゴリ―を相互排他的に用いるように、伝統的ジェンダー規範は「男」と「女」を自然な対立項だという。
第2に、単純化である。女性とは何者かについての単純な「真実」が多くの人々を動員する。トランスの人々の日々の暮らしを知らない人たちが多いため、誤情報に基づいて被害を受けることになる。
第3に、分断である。反ジェンダー勢力は、トランスの人々を女性や子供のような被害を受けやすい集団に対する脅威として描き出す。結果として、女性を支援するかトランスの人々を支援するかという二者択一が迫られる。
ケーラーは、反トランス攻撃への対策を3つ掲げる。
第1に、トランスの人々がどのような人であるかを認識できるようにする必要がある。TGEU、GATE、ILGA-Europeなどの団体は、反トランスの語りを提示してきた。トランスの人々の声尾聞いてもらい、連帯を実現する必要がある。
第2に、人権枠組みにはすべての人が含まれることを想起させる必要がある。平等を求める運動がマジョリティだけのものであってはならない。自立、自己決定、安全の権利、暴力からの自由。
第3に、反ジェンダー勢力のベールを剥ぎ、これらの目標、資金源、政治活動を見えやすくする必要がある。トランスの人々への攻撃が民主主義への攻撃であることも。
(3)
ジェンダーに基づくサイバー暴力
マリー・ウィテニウス(欧州社会政治発展監視機関の研究者)によると、反ジェンダー運動はオンラインで活発化しており、情報技術に着目する必要がある。反ジェンダー運動はインターネットを利用して支持者を獲得し、各国においても国際的にもネットワークを形成し、デモや抗議行動を企画している。オンラインでは政治家への要請や抗議、ニュースの配信が盛んにおこなわれている。スペインの右翼保守勢力が運営しているプラットフォームは、450万のフォロワーを有する。
女性、子ども、LGBTIQの人々はサイバー暴力の被害を受けているが、その統計情報がない。『エコノミスト』2021年3月号によると、欧州では女性の74%がサイバー暴力を経験している。65%がヘイト・スピーチを経験している。しかし、多くの場合被害を受けていると認識できない。統計もない。
女性はオンラインでヘイト・スピーチの影響を受けている。サイバー暴力問題では、「女性」という社会集団にもっぱら焦点があてられる。女性の経験は、高齢者、障害者、移住者等の非差別体験と異なる性質を有する。差別の交差性はそのためである。アムネスティ・インターナショナルは2018年に、有色の女性、マイノリティ女性、LBTI女性、障害女性等がオンライン暴力に直面していると報告した。
2021年9月16日、欧州議会は、ジェンダーに基づく暴力を新しい越境犯罪に掲げるよう欧州委員会に呼び掛ける決議を採択した。賛成427、反対119、棄権140である。欧州議会学術局が2021年3月に出版した研究『ジェンダーに基づく暴力と闘う――サイバー暴力』に基づいている。欧州議会と欧州評議会は、特に重大な犯罪について、加盟各国の国内刑法における刑事犯罪と刑罰を定立する最低基準を採用できる。すでにテロリズム、人身売買、資金洗浄の共有化がなされた。欧州委員会は2022年の計画において、被害者の権利の共有化を目指している。ジェンダーに基づく暴力被害者の司法へのアクセスと補償を受ける権利もこれに含まれる。
特にジェンダー平等を唱える女性政治家が攻撃される。2018年、国際議会連盟の調査によると、議員やスタッフの58%がソーシャルメディアで性的攻撃を受け、47%が殺す、レイプするという脅迫を受けた。ツイッターなどのソーシャルメディアが利用される。
ドイツ緑の党の政治家ハンナ・ノイマンは、2019年に議員に選出された。人権問題、特にフェミニスト外交政策、ジェンダー平等、女性に対する暴力との闘いを掲げている。
ノイマンによると、選挙に出馬すると、オンラインでヘイト・ポスターをさらされた。特に内務省の構成に多様性が欠けていると指摘するや、殺す、レイプすると言った脅迫などのヘイト・コメントの標的にされた、議員になってからは、攻撃が増えた。「ドイツのための選択肢」がノイマンを攻撃した。
女性政治家への攻撃は女性の沈黙を招く。レイプするという脅迫はもっぱら女性に向けられる。移住者女性やLGBTQIA+の人々も攻撃される。
ノイマンは、デジタル暴力相談サービスに相談した。相談サービスはヘイト・コメントを監視し、必要な場合は法的措置もとる。女性の権利を擁護する立場が明確である。反ジェンダー運動はヘイトによって女性を抑圧するが、誰もが政治参加の機会を得るならb、民主主義のための問題が見えてくる。ヘイターに勝ちたいのではない。私が前進するのは、より声を大にして民主主義を促進するためである、という。