第4章 セクシュアル・ハラスメントと性に関連するハラスメント
1 序文と主要概念
2 セクシュアル・ハラスメントと性に関連するハラスメント――ジェンダー平等に関するEU指令
4 主な事実
5 勧告
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1 序文と主要概念
ここではセクシュアル・ハラスメント研究の課題を示し、CEDAW一般的勧告19号やILOハラスメント条約の内容を検討している。さらに欧州評議会のイスタンブール条約を検討している。
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2 セクシュアル・ハラスメントと性に関連するハラスメント――ジェンダー平等に関するEU指令
2011年に欧州諸国33カ国についてのハラスメント調査が行われた。EUでは、ハンガリー、ラトヴィア、ポーランド以外のすべての国が、セクシュアル・・ハラスメントを性差別として位置づける法律を持ち、差別からの女性の保護をのために政策を策定していた。ほとんどの国に反差別法があり、その法律はEU基準に合致しているものが多かった。
8年後の2019年、セクシュアル・ハラスメントの禁止に関する調査が出版された。EUの基準よりも幅広くセクシュアル・ハラスメントを禁止する国が増えていた(ベルギー、ブルガリア、クロアチア、デンマーク、エストニア、フィンランド、ドイツ、ギリシア、ハンガリー、アイスランド、ラトヴィア、ノルウェー、ポーランド、ルーマニア、スロヴァキア、スロヴェニア、スペイン、スウェーデン、イギリス)。
今回の調査で、各国がさらに前進していることが判明した。デンマーク、フランス、ギリシア、ノルウェー、スペインの法律は前進事例である。フランスは2018年の将来の職業生活の選択の自由に関する労働法により、雇用主の職員に対する研修実施義務を拡大した。デンマークでは、2018年の雇用へのアクセスに関する男女平等処遇法改正により、セクシュアル・ハラスメントの禁止を強化した。ギリシアは2019年に法改正を行った。
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3 各国からの回答結果
図表9は、ハラスメントに対処する法律を列挙している。
①
全領域におけるセクシュアル・ハラスメントの刑罰規定
②
労働環境におけるセクシュアル・ハラスメントの刑罰規定
③
ハラスメントの刑罰規定
④
ジェンダー平等の特別法
⑤
反差別の特別法
⑥
労働法
例えばオーストリアには①④がある。ベルギーには③④⑥、ブルガリアには⑤、クロアチアには①~⑥のすべてがある。キプロスには④、チェコには⑤、デンマークには④、エストニアには①④⑥がある。
労働環境にとどまらず、すべての領域におけるセクシュアル・ハラスメントに関する法規定を持つ国は、オーストリア、クロアチア、エストニア、フィンランド、フランス、アイスランド、リヒテンシュタイン、リトアニア、マルタ、ノルウェーである。例えばクロアチア刑法156条は、年齢、病気、障害、妊娠、重大な心身の侵害によるセクシュアル・ハラスメント犯罪を規定している。フィンランド刑法20条5節は、身体接触を伴うハラスメントを犯罪としている。欧州評議会からは、人間の尊厳の保護として不十分と指摘されている。
職場におけるセクシュアル・ハラスメント規定は、クロアチア刑法133条、ルーマニア刑法223条、スロヴァキア刑法197条、スペイン刑法184条と443条、スウェーデン差別法3章10節がある。
性的性質には言及がなく、ハラスメントを犯罪としているのは、ベルギー刑法442条、アイルランドの特別法、イタリア刑法660条、ルクセンブルク刑法442条、ノルウェー刑法226条、イギリスのハラスメント法。
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制裁(刑事制裁、民事制裁)
EU諸国ではすべて補償制度がある。アイルランドではセクシュアル・ハラスメント被害者は2年間の報酬、ベルギー・ジェンダー法では6カ月の報酬又は1300ユーロ。
刑事制裁は最低10日~2年間の刑事施設収容(加重事由があればさらに長期)。リトアニアは45日、スペインは5カ月、リヒテンシュタインとエストニアは6カ月、ノルウェーとルーマニアは1年、その他の諸国は2年が上限である。
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図表10は刑罰加重事由を掲げる。
①
被害者がパートナー:オーストリア、ベルギー、エストニア、アイスランド、マルタ、ノルウェー、スペイン、スウェーデン
②
実行犯が家族の一員で、自己の権威を濫用:オーストリア、ベルギー、クロアチア、エストニア、イタリア、リヒテンシュタイン、マルタ、オランダ、ノルウェー、ポーランド、スペイン、スウェーデン、イギリス
③
累犯:デンマーク、エストニア、フランス、リヒテンシュタイン、リトアニア、マルタ、ノルウェー、ポルトガル、スウェーデン、、イギリス
④
被害者が特に被害を受けやすい条件:オーストリア、デンマーク、エストニア、フランス、ギリシア、イタリア、リヒテンシュタイン、マルタ、オランダ、ノルウェー、ポーランド、スウェーデン、イギリス
⑤
こども被害者・証人:オーストリア、デンマーク、エストニア、フランス、ギリシア、イタリア、リヒテンシュタイン、マルタ、オランダ、ノルウェー、ポーランド、スウェーデン、イギリス
⑥
複数犯:オーストリア、デンマーク、エストニア、フランス、ドイツ、アイスランド、リヒテンシュタイン、リトアニア、マルタ、オランダ、ノルウェー、スロヴェニア、スロヴァキア、スウェーデン、イギリス
⑦
重大暴力:オーストリア、デンマーク、エストニア、イタリア、リヒテンシュタイン、リトアニア、マルタ、オランダ、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、イギリス
⑧
武器使用・威嚇:オーストリア、デンマーク、リヒテンシュタイン、リトアニア、マルタ、ノルウェー、スウェーデン、イギリス
⑨
被害者に重大な心身障害:オーストリア、デンマーク、フランス、イタリア、リヒテンシュタイン、マルタ、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、スウェーデン、イギリス
⑩
前科前歴:デンマーク、リヒテンシュタイン、マルタ、ノルウェー、ポルトガル、スウェーデン、イギリス
⑪
オンライン犯罪:フランス、ギリシア
⑫
被害者のジェンダーが動機:フランス、リトアニア、マルタ、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、イギリス
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第4章 セクシュアル・ハラスメントと性に関連するハラスメント
4 主な事実
6点のまとめ。
第1に、イスタンブール条約とILO190号条約は、セクシュアル・ハラスメントからの保護の射程を拡大し、雇用や職業に限らないとした。
第2に、セクシュアル・ハラスメントはEUジェンダー平等指令に従って禁止されている。
第3に、EU加盟国はEUジェンダー平等指令を履行しているが、十分とは言えない。ほとんどの国では、セクシュアル・ハラスメント禁止の範囲はEU法よりも広いが、一部の国はそうではない。各国の専門家によると、予防や被害者支援が不十分である。
第4に、セクシュアル・ハラスメント禁止の範囲は法体系によって異なる。全領域で犯罪化しているのは10カ国(オーストリア、クロアチア、エストニア、フィンランド、フランス、アイスランド、リヒテンシュタイン、リトアニア、マルタ、ノルウェー)。労働環境におけるセクシュアル・ハラスメントを処罰するのは5カ国(クロアチア、ルーマニア、スロヴェニア、スペイン、スウェーデン)。ハラスメントを一般刑法に規定するのは7カ国(ベルギー、フィンランド、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、ノルウェー、イギリス)。
第5に、ハラスメント禁止の定義規定に統一性はなく、必ずしもイスタンブール条約に合致していない。
第6に、職業上の健康リスクについて、最近、デンマークとエストニアが立法した。
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以上を踏まえて、最後に勧告が列挙されている。
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本論文はEU27カ国、及びアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー、イギリスの31カ国の状況を調査し、分析している。そのために31カ国のジェンダー平等と非差別に関する法律専門家に12項目に及ぶ詳細な質問を送り、その回答を得た。現行法、犯罪の定義、訴追と制裁、判例法、制約、議論状況に及ぶ。前例のない本格的調査に基づく分析である。
DVやセクシュアル・ハラスメント以外に、女性器切除、及び同意のない性器手術、強制結婚、ストーキング、同意のない性的画像配布、ジェンダー/性に基づくヘイト・スピーチ(性差別主義ヘイト・スピーチ)、フェミサイド/ジェンダー関連女性殺人についても、同様に詳細なデータが紹介され、分析がなされている。
欧州諸国における性暴力、女性に対する暴力の法政策を研究するには最高の情報源である。
日本では、これまで個別国家を対象とした比較法研究が主流である。偶然入手した文献を紹介し、そこに若干の感想・コメントを追加して、「分析」らしきものをまとめるのが日本の比較法研究だ。
本論文を見れば、これまでの日本的な比較法研究は時代遅れだということがわかるだろう。本論文を踏まえて、さらに思索を重ねる研究が求められる。