金尚均編『インターネット時代のヘイトスピーチ問題の法的・社会学的捕捉』(日本評論社、2023年)
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編者は刑法学者で、『差別表現の法的規制――排除社会へのプレリュードとしてのヘイト・スピーチ』(法律文化社、2017年)の著者である。編著に『ヘイト・スピーチの法的研究』(法律文化社、2014年)及び『インターネットとヘイトスピーチ――法と言語の視点から』(明石書店、2021年)がある。刑法学におけるヘイト・スピーチ研究の第一人者である。
本書は龍谷大学法学部社会科学研究プロジェクト共同研究の成果である。
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<目次>
序 章 権利侵害情報による被害救済
……龍谷大学教授 金尚均
……静岡大学准教授 山本崇記
第2章 ネットモニタリングの現状
――ネット上の差別情報に対する行政機関の対応状況
……部落解放同盟兵庫県連合会事務長 北川真児
愛媛大学教授 魁生由美子
第3章 ヘイトスピーチ規制の合憲性をめぐる議論と表現の自由法理
……龍谷大学准教授 濵口晶子
第4章 インターネット上の集団に対する差別的言動による人格権侵害
……龍谷大学教授 若林三奈
第5章 「全国部落調査」復刻出版差止等請求事件を通して
考察する差別表現規制の法理
……弁護士 中井雅人
第6章 インターネット上のヘイトスピーチ・差別に対する行政的対応
……龍谷大学准教授 石塚武志
第7章 インターネット上の法益侵害に対する刑事的対応
……山口大学教授 櫻庭
総
第8章 インターネット上の表現による法益侵害の継続とその削除
……龍谷大学教授 金尚均
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序章 権利侵害情報による被害救済
金によると、インターネットの普及と、インターネットにおける差別表現の氾濫状況を前に、法的対策がようやく始まったがいまだ適切な対応がなされていないという。憲法においては、表現の自由の法理論がネックとなっている。民法では、人格権侵害の救済があるものの、事実上、自力救済にとどまる。行政法では、プロバイダ責任制限法等があるが、途上にとどまる。刑法では、侮辱罪の改正が実現したが、ヘイト・スピーチそのものの規制とはなりえていない。ネット対策という観点で、法と法学の立ち遅れが顕著である。まったく同感である。
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第1章 部落差別に関する司法判断の経過と有害情報対策の課題
山本によると、部落差別への法的接近は、近時、新たな展開を示しているが、「権利化差別か」について司法判断には揺らぎが見られるという。「部落差別の実態」への視線が差別被害のリアリティを十分に把握できずにいる。立法史を見ても司法判断を見ても、十分な判断枠組みが形成されたとは言い難い。司法判断が被害者に対する「司法的暴力」になりかねない。マジョリティが被害当事者のリアリティを法的に把握するための理論構築が求められる。なるほどと思う。
山本には『差別研究の現代的展開』(日本評論社)がある。
https://maeda-akira.blogspot.com/2023/01/blog-post_58.html
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第2章 ネットモニタリングの現状
北川は、ネットモニタリングの全国的動向を整理したうえで、兵庫県におけるネットモニタリングの実情を報告する。今後の課題として、①部落差別解消推進法の改正、②ネット上の部落差別に関する調査の継続、③部落差別のガイドラインの設定、④人権教育・啓発の充実、⑤差別書き込みを禁止する法整備を提示する。
魁生は、香川県におけるネットモニタリング事業の状況を詳しく紹介し、「問題発生の現場で、部落差別の解消に向けて相互理解の場をつくる、いわば地域ぐるみの対抗」を提言する。
実態を詳しく紹介し、問題点を解明し、改善の方向を模索する論考であり、大変参考になる。
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以上の3論考により、法的対策を論じるための前提事実が明らかにされた。的確な問題意識をもって実態把握を積み重ねることによって、理論的実践的課題がよく見えて来る。