二 欧州における歴史否定犯罪法の紹介
「アウシュヴィツのガス室はなかった」「ユダヤ人虐殺はなかった」と公然と発言することはドイツでは犯罪とされていることはかなりよく知られるようになった。「アウシュヴィツの嘘」犯罪、「ホロコースト否定」犯罪である。
カナダやオーストラリアでは犯罪とはされないが、民事の不法行為とされ、損害賠償命令が出ることもあるが、ドイツでは刑法典に規定された犯罪である。
しかし、「アウシュヴィツの嘘」犯罪はドイツの専売特許ではない。他の欧州諸国にも同様の刑法があるが、これまでほとんど研究されてこなかったため、あたかもドイツだけの特殊例のごとく誤解を受けてきた。
そこで以下では欧州を中心に「アウシュヴィツの嘘」犯罪、「ホロコースト否定」犯罪の状況を紹介することにする。ドイツについては既に詳細な研究があるので、その一端を確認する。その他の国については、人種差別撤廃委員会に提出された政府報告書をもとに、関連情報を紹介する。断片的な情報の紹介にとどまるが、ドイツに固有の刑法であるかのごとき従来のイメージが誤りであることを明らかにし、欧州諸国においてなぜこのような刑罰規定が広まり、どのように考えられているのかを検討したい。
1 ドイツ
ドイツ刑法は民衆煽動罪と呼ばれる犯罪類型を掲げている。「アウシュヴィッツの嘘」犯罪とも呼ばれる。従来いくつかの研究が公表されてきたが、中でも楠本孝『刑法解釈の方法と実践』(現代人文社、二〇〇三年)が、民衆煽動罪に関する基本的情報を紹介しつつ、問題点を剔出していた。
最近、桜庭総『ドイツにおける民衆扇動罪と過去の克服――人種差別表現及び「アウシュヴィッツの嘘」の刑事規制』(福村出版、二〇一二年)が出版された。著者は、近時の「被害者保護」論、厳罰化論や、「刑法学の任務」論、「市民刑法」の内実など幅広い問題圏に視線を送りながら、ドイツにおける民衆煽動罪に関する研究の全体像を本書においてまとめて提示した。
本書第一章では、日本における差別煽動行為規制をめぐる議論状況を整理し、特に「表現の自由」や刑罰論上の問題に関する議論の日本的特徴を確認して、研究課題を析出している。第二章から第六章では、ドイツにおける民衆扇動罪の全貌を研究対象に据える。第二章では、西ドイツにおける民衆扇動罪の誕生に至る経緯を明らかにし、第三章では、刑法一三〇条の拡張とホロコースト否定表現の処罰に関する議論を見渡し、第四章では、刑法解釈論上の諸問題として、行為態様、保護法益、「人間の尊厳への攻撃」要件について検討する。さらに、第五章では、民衆扇動罪の合憲性をめぐる議論に踏み込み、意見表明の自由との関係を整理し、第六章では、民衆扇動罪規定の刑罰論上の位置づけに関して、民衆扇動罪の象徴的機能、積極的一般予防論に言及する。最後に、第七章では、欧州人権裁判所に目を転じて、欧州人権裁判所判例における表現の自由の基本的位置づけを検討している。「アウシュヴィツの嘘」に限らず、ヘイト・スピーチ研究全体にとっても重要な研究である。
刑法第一三〇条は数回の改正を経ているが、一九九四年改正により、第一項が憎悪煽動、第二項が憎悪扇動による人間の尊厳への攻撃であり、第三項が「アウシュヴィツの嘘(ホロコースト否定)」である。第三項は次のように述べる。
「公共の平穏を乱すのに適した態様で、公然と又は集会で、第二二〇条a第一項に掲げる態様でのナチスの支配下で行われた行為を是認し、その存在を否定し又は矮小化する者は、五年以下の自由刑(刑事施設収容)又は罰金刑に処される。」
第二二〇条a第一項とは民族謀殺のことを意味する。欧州において多くのユダヤ人が殺され、迫害された事実から、このような周知の事実を否定し、矮小化することが、ユダヤ人の人間の尊厳への攻撃となるので、公共の平穏又は人間の尊厳を保護するために当該行為を犯罪としている(重大なアウシュヴィツの嘘)。
ドイツではこのような考え方で「アウシュヴィツの嘘」犯罪が制定され、適用されてきた。ドイツ法の経験に学ぶべきことは多いし、重要な研究がなされている。「アウシュヴィツにガス室はなかった」という発言がなぜ犯罪とされるのかは、刑法学では保護法益論として議論されるが、その点についてもドイツの研究はかなり進んでいるので参照に値する。保護法益については次回、検討する。
ただし、次に見るように、ドイツ以外の欧州諸国にいくつもの類似刑罰規定が存在する。「アウシュヴィツの嘘」犯罪はドイツだけの特殊例ではない。「アウシュヴィツの嘘」犯罪がドイツだけの特殊例であるとの誤解は、ドイツ刑法だけを研究し、その他の諸国を無視してきた日本人研究者の問題意識の閉鎖性、特殊性に由来する。
2 フランス
フランス政府が二〇一〇年に人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/FRA/17-19. 22 July 2010.)によると、フランスにはいくつもの人種差別行為処罰規定があり、差別煽動罪がある。ドイツと異なって、フランスでは必ずしも公然性の要件が必要とされず、公然ではない中傷、侮辱、差別的性質の教唆も犯罪とされるようになってきた。
加えて、二〇〇四年三月九日の法律によって、一八八一年七月二九日の法律に第六五-三条が挿入された。「人道に対する罪に疑いを挟む」というタイトル(「アウシュヴィツの嘘」を含む規定)であり、差別、憎悪又は人種主義、又は宗教的暴力の教唆、人道に対する罪に疑いを挟むこと、人種主義的性質の中傷、及び人種主義的性質の侮辱は、他のプレス犯罪に設けられている時効三ヶ月に代えて、一年の時効とするというものである。時効はインターネットその他いかなるメディアによるものであれ、犯罪が行なわれた時から開始するとされた。
政府報告書から判明するのは、第一に、「人道に対する罪に疑いを挟む」犯罪が以前から存在することである。いつ規定されたのかは要調査である。第二に、「人道に対する罪に疑いを挟む」犯罪が、差別、憎悪又は人種主義、又は宗教的暴力の教唆や、人種主義的性質の中傷、及び人種主義的性質の侮辱と並べて規定されている。つまり、ヘイト・スピーチの一種であることである。第三に、二〇〇四年改正によって時効が三ヶ月から一年に延長された。
3 スイス
スイス政府が二〇〇七年に人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/CHE/6.
16 April 2007.)によると、連邦最高裁は、ナチス・ドイツが人間殲滅にガス室を使用したことに疑いを挟むことは、ホロコーストの重大な過小評価であると判断した。一九九八年にアールガウ地裁が下した有罪判決を維持し、歴史修正主義者に一五か月の刑事施設収容と八〇〇〇フランの罰金が確定した。
また、アルメニア・ジェノサイドを否定した事案で、最高裁は当該犯罪は公共秩序犯罪であるとした。それゆえ個人の法的権利は間接的に保護されるに過ぎない。個人被害者は当事者として現在した必要がない。
報告書から判明することは、第一に、ドイツと同様に「アウシュヴィツの嘘」犯罪が規定され、適用されていることであるが、具体的な条文は引用されていない。他のヘイト・スピーチ規定との関連も不明である。第二に、アルメニア・ジェノサイドの否定も犯罪とされている。すなわち、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害に限らず、アルメニア・ジェノサイドなどのホロコースト否定に及ぶ。第三に、罪質・保護法益が公共秩序犯罪とされている。第四に、適用された刑罰が一五か月の刑事施設収容と八〇〇〇フランの罰金である。法定刑は不明であるが、少なくとも一五か月の刑事施設収容を言い渡せるだけの刑罰が予定されている。
4 リヒテンシュタイン
リヒテンシュタイン政府が二〇〇一年に人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/394/Add.1.
6 November 2001.)によると、刑法第二八三条はヘイト・スピーチを犯罪とし、二年以下の刑事施設収容としている。その中でジェノサイド又はその他の犯罪の否定、ひどい矮小化又は正当化、並びにその目的で象徴、仕草又暴力行為を電磁的手段で公然伝達を、犯罪としている。「ジェノサイド又はその他の犯罪」が何を意味するのか条文から直ちに明らかにはならないが、ナチス・ドイツに隣接した小国の刑法であるから、ナチス・ドイツによるジェノサイド、ユダヤ人迫害を意味することは間違いないだろう。
なお、刑法第三二一条はジェノサイドの規定であり、ジェノサイド条約や国際刑事裁判所規程と同様の定義を採用している。
5 スペイン
スペイン政府が二〇〇九年に人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/ESP/18-20. 2 November 2009.)によると、「アウシュヴィツの嘘」規定に関連して、二〇〇七年一一月七日、憲法裁判所は刑法第六〇七条二項の合憲性について判断した。
第二次大戦専門書店の店主が、ユダヤ人コミュニティに対する迫害とジェノサイドを繰り返し否定するドキュメンタリー・写真出版物を販売・頒布した事案である。二〇〇〇年のバルセロナ高等裁判所判決は、刑法第六〇七条二項を適用して、ジェノサイド犯罪を否定・正当化した観念を流布したことで書店主を有罪としたが、同条項の違憲性問題が提起されたため、憲法裁判所に持ち込まれた。憲法裁判所は、ジェノサイドの否定は意見や観念の単なる伝達であれば、その観念が忌わしく人間の尊厳に反するものであっても、犯罪に分類されることはないとした。従って、憲法裁判所は刑法第六〇七条二項第一文の「否定」条項は違憲であるとした。しかし、憲法裁判所は「正当化」とは犯罪実行を間接的に煽動し、皮膚の色、人種、国民的民族的出身によって定義される集団の憎悪を誘発する観念の公然たる流布であり、ジェノサイドの「正当化」はまさに犯罪であるとし、「正当化」条項は合憲であると判断した。
報告書から判明することは、第一に、「アウシュヴィツの嘘」規定が、ドイツやフランスと同様に刑法典に規定されていることである。第二に、憲法裁判所は「否定」を犯罪として処罰することは違憲であるとし、「正当化」を犯罪として処罰することは合憲であるとした。第三に、その理由が、意見や観念の単なる伝達であるか、それとも犯罪実行を間接的に煽動し、皮膚の色、人種、国民的民族的出身によって定義される集団の憎悪を誘発する観念の公然たる流布であるかの差異に求められている。第四に、罪質・保護法益に関連して、人間の尊厳に反するか否かが問われ、単なる伝達は人間の尊厳に反するとしても犯罪とはならないと限定している。
6 ポルトガル
ポルトガル政府が二〇一一年に人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/PRT/12-14.13
September 2011)によると、刑法第二四〇条が人種差別の禁止を定めているが、第二項に「アウシュヴィツの嘘」規定が含まれる。二〇〇七年九月四日に改正された刑法第二四〇条は、人種差別に動機を有する犯罪に、皮膚の色、民族、国民的出身、性別、性的志向などの形態の犯罪を追加した。
刑法第二四〇条「人種、宗教又は性的差別」第二項 公開集会、文書配布により、その他の形態のメディア・コミュニケーションにより、又は公開されるべく設定されたコンピュータ・システムによって、
(a)人種、皮膚の色、民族的又は国民的出身、宗教、性別又は性的志向に基づいて、人又は集団に対して、暴力行為を促進した者、
(b)人種、民族的又は国民的出身、宗教、性別又は性的志向に基づいて、特に戦争犯罪又は平和に対する罪及び人道に対する罪の否定を通じて、人又は集団を中傷又は侮辱した者、乃至は
(c)人種的、宗教的又は性的差別を煽動又は鼓舞する意図をもって、人種、皮膚の色、民族的又は国民的出身、宗教、性別又は性的志向に基づいて、人又は集団を脅迫した者は、六月以上五年以下の刑事施設収容とする。
刑法第二四〇条二項(b)が「アウシュヴィツの嘘」規定である。報告書から判明することは、第一に、ドイツやフランスなどと同様に、ポルトガルでも刑法典に規定されていることである。第二に、否定の対象が「特に戦争犯罪又は平和に対する罪及び人道に対する罪」とされていて、人道に対する罪に限定されず、他方、ジェノサイドには言及がない。第三に、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害に限定されず、その他の戦争犯罪や人道に対する罪も含まれると読める。第四に、罪質・保護法益は明示されていないが、「人種、民族的又は国民的出身、宗教、性別又は性的志向に基づいて」及び「人又は集団を中傷又は侮辱した者」の語句から通常のヘイト・スピーチ規定と同様に考えられている。第五に、スペインでは「否定」処罰は違憲とされたが、ポルトガルでは「否定」が犯罪とされ、逆に「正当化」の語句がない。
7 スロヴァキア
スロヴァキア政府が二〇〇九年に人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/SVK/6-8.
18 September 2009.)によると、刑法にはさまざまのヘイト・スピーチ規定がある。スロヴァキア新刑法は、人種的動機に基づく行為を犯罪化し、人種差別を宣伝・煽動する組織、又はその組織への参加を不法としている。刑法は、インターネットによって、人種、国民、民族集団への憎悪を煽動したり、中傷する情報を流布することを犯罪化している。ネオナチその他の運動への共感を公然と表明することだけではなく、ホロコーストを疑問視、否定、容認又は正当化することも犯罪化している。
報告書から判明することは、第一に、ドイツ等と同様に刑法典に規定され、ヘイト・スピーチの一種とされていることである。第二に、ホロコーストを疑問視、否定、容認又は正当化することとされている。ホロコーストとあるので、ユダヤ人迫害に限られるのであろうか。「疑問視」に「歪曲」や「矮小化」が含まれるかどうかは判然としない。否定、容認等も犯罪とされている。
8 マケドニア
マケドニア政府が二〇〇六年に人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/MKD/7. 23 October 2006.)によると、刑法第四〇七(a)条「ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪の容認又は正当化」は、刑法第四〇三条~第四〇七条に規定された犯罪を、情報システムを通じて、公然と否定、ひどく矮小化、容認又は正当化した者は一年以上五年以下の刑事施設収容とされる。否定、矮小化、容認、正当化が、その国民、民族、人種的出身又は宗教ゆえに、人又は人の集団に対して憎悪、差別又は暴力を煽動する意図をもってなされた場合は、四年以上の刑事施設収容とされる。
報告書から判明することは、第一に、各国と同様に刑法典に規定され、ヘイト・スピーチの一種とされていることであるが、刑法第四〇三条~第四〇七条に続いて規定されているので、戦争犯罪関連条項とのつながりも意識されている。第二に、否定の対象はジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪とされ、ユダヤ人迫害に限定されていない。社会主義政権時代の歴史はどのように位置づけられているのだろうか。第三に、実行行為は否定、矮小化、容認、正当化とされている。第四に、憎悪、差別又は暴力を煽動する意図をもってなされた場合は刑罰加重事由とされている。すなわち、否定、ひどく矮小化、容認又は正当化した者は一年以上五年以下の刑事施設収容であるのに対して、煽動する意図をもってなされた場合は、四年以上の刑事施設収容とされる。
9 ルーマニア
ルーマニア政府が二〇〇九年に人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/ROU/16-19. 22 June 2009.)によると、第一に差別の教唆がある。第二に、ファシズム・シンボル法として、二〇〇二年の緊急法律三一号は、ファシスト、人種主義者、外国人嫌悪の性質を持った組織とシンボル、平和に対する罪や人道に対する罪を犯した犯罪者を美化することを禁止した。二〇〇六年法律一〇七号と同年法律二七八号によって一部修正されている。この法律第二条(a)によると、ファシスト、人種主義者、外国人嫌悪の組織とは、三人以上によって形成された集団で、一時的であれ恒常的であれ、ファシスト、人種主義者、外国人嫌悪のイデオロギー、思想又は主義、民族的、人種的、宗教的に動機付けられた憎悪と暴力、ある人種の優越性や他の人種の劣等性、反セミティズム、外国人嫌悪の教唆、憲法秩序又は民主的制度を変更するための暴力の使用、過激なナショナリズムを促進するものである。
「アウシュヴィツの嘘」法として、ファシスト・シンボル法第六条によると、いかなる手段であれ、公の場で、ホロコースト、ジェノサイドあるいは人道に対する罪、又はその帰結を、疑問視し、否定し、容認し又は正当化することは、六月以上五年以下の刑事施設収容及び一定の権利停止又は罰金を課される。さらに、二〇〇六年法律一〇七号は、一九三三~四五年の時期のホロコーストの定義にロマ住民を含むことにした。それゆえホロコーストとは、国家によって支持された組織的迫害、ナチス・ドイツとその同盟者及び協力者によるヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅であり、第二次大戦時に国内に居住するロマ住民の一部が強制移動や絶滅の対象とされたことを含む。
二〇〇二年の緊急法律三一号第一二条と第一三条によると、平和に対する罪及び人道に対する罪を犯した犯罪者の像、彫像、記憶板(刻銘)を公共の場所に建てたり維持することを禁止している。同時に、平和に対する罪及び人道に対する罪を犯した犯罪者の名前を、通り、大通り、広場、市場、公園又はその他の公共の場所の名称につけることが禁止される。
報告書から判明することは、第一に、刑法典ではなく、特別法に規定されていることである。第二に、対象は一九三三~四五年の時期のホロコーストを取り上げて、ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅、及びロマ住民の強制移動や絶滅である。第三に、疑問視、否定、是認又は正当化である。第四に、刑罰は六月以上五年以下の刑事施設収容及び一定の権利停止又は罰金とされている。第五に、公共の場所に戦争犯罪者の名前を冠することが禁止されている。
10 アルバニア
アルバニア政府が二〇一〇年に人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/ALB/5-8.
6 December 2010.)によると、二〇〇八年一一月二七日、刑法(一九九九年)改正が行われた。刑法第七四条はジェノサイドや人道に対する罪に好意的な文書をコンピュータ上で配布し、ジェノサイドや人道に対する罪にあたる行為(事実)を否定し、矮小化し、容認し又は正当化する文書をコンピュータ・システムを用いて、公然と提示し、又は配布した者は、三年以上六年以下の刑事施設収容とする。つまり、「アウシュヴィツの嘘」規定である。
報告書から判明することは、第一に、刑法典に規定されていることである。第二に、否定対象はジェノサイドや人道に対する罪である。ユダヤ人迫害に限定されるのか、それともより一般的な規定なのかは不明である。第三に、コンピュータ上の犯罪を追加したことである。第四に、実行行為は、好意的な文書の配布、否定、矮小化、容認又は正当化である。第五に、刑罰は三年以上六年以下の刑事施設収容である。
11 イスラエル
欧州ではないが、イスラエルも見ておこう。イスラエル政府が二〇〇五年に人種差別撤廃委員会に提出した報告書(CERD/C/471/Add.2. 1 September 2005.)によると、インターネットに関する事案として、検事局特別部は、人種的表現、暴力の煽動、人種的侮辱、ホロコーストの否定を掲載したネオナチ・ウェブサイトを開設した被告人を刑法第一四四条D二項及び第一四四条Bの暴力の煽動と人種主義の煽動で訴追し、二〇〇五年一月に有罪認定がなされたが、判決(量刑言渡し)はまだなされていなかった。
刑法第一四四条Aは人種主義を煽動する意図を持った出版を行った者を五年以下の刑事施設収容としている。刑法第一四四条A~Eは人種主義を煽動する意図を持った出版や物の配布を、それが結果をもたらさなかった場合も、禁止している。刑法第一四四条D一項は、人種主義的動機なしに、人、人の自由や財産に対して犯罪を行った者を処罰するとしている。それには脅迫、強要、フーリガニズム、公共秩序犯などが含まれる。
報告書から判明することは、「アウシュヴィツの嘘」の特別の定めがあるわけではなく、暴力の煽動と人種主義の煽動を定めた規定の解釈として「アウシュヴィツの嘘」処罰が可能と考えられている。「アウシュヴィツの嘘」が通常のヘイト・スピーチ処罰規定に含まれるということである。