2014年7月24日、市民的政治的権利に関する国際規約に基づく人権委員会(国際自由権委員会)は、日本政府報告書審査の結果、数多くの改善勧告を出した。その一つがヘイト・スピーチ法の制定である。同時に、「慰安婦」について、被害者を侮辱したり、事実を否定する試みを非難することを日本政府に求めた。
2013年5月の国際社会権委員会(経済的社会的文化的権利に関する国際規約に基づく委員会)も「慰安婦」に対するヘイト・スピーチへの対処を求めたので、国際機関からの2度目の勧告である。
「慰安婦の嘘」犯罪を処罰する法律、「慰安婦」ヘイト・スピーチを処罰する法律を作る必要がある。欧州では、歴史否定発言を処罰する法律を「アウシュヴィツの嘘」処罰、あるいは「ホロコースト否定の罪」と呼ぶ。
この問題についてこれまでほとんど研究がないので、『統一評論』583号・584号に、「東アジアにおける歴史否定犯罪法の提唱」を掲載してもらった。以下、順次紹介する。
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東アジアにおける歴史否定犯罪法の提唱(一)
――「アウシュヴィツの嘘」と「慰安婦の嘘」
一 はじめに
二 欧州における歴史否定犯罪法の紹介
三 欧州における歴史否定犯罪法の特徴
一 はじめに
ここ数年、日本では非常に悪質なヘイト・スピーチが蔓延している。
ヘイト・スピーチに対して、京都朝鮮学校襲撃事件裁判に加えて、新大久保におけるヘイトデモへのカウンター行動、マスメディアにおけるヘイト批判、弁護士による法的手段での対抗、ヘイト集団に関する社会学的研究、被害実態の解明が続いている。
また、ヘイト・スピーチ規制法の必要も唱えられ、諸外国の法制度の紹介や、国際人権法における差別の禁止とヘイト・スピーチ処罰の要請も繰り返し確認されている。ヘイト・スピーチを許さないための国会内の集会や研究会が開催され、人種差別禁止法に関連する議員連盟も立ち上がった。
ヘイト・スピーチ周辺で、おびただしい類似の差別発言があふれている。ヘイト・スピーチとまでは言えないものであっても、相手を傷つけ、排除につながる心無い差別発言があふれている。ヘイト・スピーチにも様々な行為類型があり、ヘイト・スピーチ法を持つ欧州諸国でも法律上の犯罪ではないレベルの差別発言、不適切発言、問題発言が目立つ。日本でもまさにヘイト・スピーチに当たるような悪質な発言から、ヘイト・スピーチとまでは言えないとしても差別的な発言が数多くみられる。
四月には四国八十八カ所お遍路道に差別張り紙が貼られたことが報道された。お遍路のための道案内シールは以前からさまざまなものが貼られてきた。ところが、お遍路の魅力を伝える「先達」に選ばれた韓国人女性が後進のための道案内シールを貼ったのに対して、「最近、礼儀知らずな朝鮮人達が、気持ち悪いシールを、四国中に貼り回っています。」と非難し、「見つけ次第、はがしましょう」と呼びかける差別張り紙が、四月九日から二三日まで、徳島県で一七枚、香川県で一四枚、愛媛県で七枚、発見された。『朝日新聞(徳島版)』四月二四日記事「貼紙問題、遍路道どこへ」は、その詳細を報道している。
他方、これらの報道の後、韓国人向けに遍路の勧めをしてきた韓国籍住職のいる寺に嫌がらせ電話が殺到した。韓国人に対して「臭い」「日本から出ていけ」「韓国人は嘘つき」という悪質な差別電話である。
ヘイト・スピーチの中には、「歴史修正主義」と呼ばれる、歴史的な加害と被害を否定したり、隠蔽したり、正当化する発言も目立つ。「慰安婦の嘘」や「南京大虐殺の嘘」が典型である。
本稿では、「慰安婦の嘘」や「南京大虐殺の嘘」のような、かつての日本の侵略戦争や植民地支配における人道に対する罪の歴史的事実を否定することによって、被害者とその子孫に対する中傷、侮辱を繰り広げ、被害者の人格と人間の尊厳を二重三重に傷つける行為を犯罪とするための刑事立法の可能性を検討したい。
その種の立法は、日本だけではなく、東アジアの各国において制定されるべきである。すなわち、日本、韓国、朝鮮、中国、台湾、フィリピンなどにおいて、日本による侵略戦争と植民地支配における人道に対する罪の歴史的事実を否定し、矮小化し、正当化する行為は、ヘイト・スピーチの一種であり、被害者とその子孫に対する侵害行為であるから、これを犯罪とする刑事立法を行う必要がある。
そのための第一歩として、次節で欧州における歴史否定犯罪法に関する情報を紹介し、次にその特徴を整理したい。次号では、東アジアにおける歴史否定犯罪法に関するスケッチを提示したい。