Saturday, February 13, 2021

ヘイト・スピーチ研究文献(161)

「特集:インターネット上の誹謗中傷問題――プロ責法の課題」『ジュリスト』1554号(2021年)

◇インターネット上の誹謗中傷問題――特集に当たって…宍戸常寿

◇媒介者の責任――責任制限法制の変容…丸橋 透

◇発信者情報開示手続の今後…垣内秀介

◇名誉毀損(信用毀損)に当たる誹謗中傷とは…北澤一樹

◇誹謗中傷と有害情報…上沼紫野

◇匿名表現の自由…曽我部真裕

◇総務省の取組…中川北斗

総務省の「プラットフォームサービス研究会」座長の宍戸論文は特集の趣旨説明。

垣内論文は、総務省の「発信者情報開示の在り方に関する研究会」のとりまとめ見解の解説で、新たな裁判手続き案の概要を示す。

北沢論文及び上沼論文はオンラインの名誉毀損に関する判例、現状を整理する。

いずれの論文も、個人見解と称しているが、総務省の方針を提示しているので重要。

理論的に重要なのは、総務省の「発信者情報開示の在り方に関する研究会」の座長である曽我部論文である。匿名による誹謗中傷表現にいかに対処するかという現実的、かつ難しい問題の検討がなされている。匿名表現の価値に関する理解は、海野敦史「匿名表現の自由の保障の程度」『情報通信学会誌』37巻1=2号(2019年)に依拠している。曽我部は本論文では比較法研究を行っていないが、先行研究として毛利透、岩倉秀樹、大島義則、岡根好彦、高橋義人らの論文を挙げている。

本論では、「匿名表現の自由の保障が、表現の自由の一般的な保障構造の中でどのように位置づけられているのかについては明らかにされていないように思われる」という。曽我部自身は「顕名だろうが匿名だろうが、表現であれば表現の自由の保障を受けるのである。また、表現者にとっても、匿名によって『自由に表現できる』という点が重要なのであって、匿名であること自体に意味を見出しているわけでは必ずしもないだろう」と結論付ける。匿名表現者の主観を根拠にする議論である。違憲審査の在り方については「委縮効果が特に懸念される場合には、匿名性を剥奪しようとする制約の合憲性は慎重に審査されるべきである」とする。匿名であること自体を憲法上の保障に含める議論である。

その上で、曽我部は、発信者情報開示制度と匿名表現の自由について論じ、「発信者情報開示は、民事掲示責任を追及する前提として住所・氏名等の開示がなされるものであり、発信者に対する委縮効果は大きい。…正当な表現を委縮させることがあってはならない」とし、その手続きについても検討する。

曽我部の議論の特徴は、もともと、近代市民法においては「自由・平等・対等の主体としての市民の表現の自由」を論じていたはずなのに、自由・平等・独立という前提を完全に投げ捨てて、匿名表現者による闇討ち的差別表現を規制することによる委縮効果を論じていることである。誰のどのような表現であるのかという具体性は消去される。なぜなら抽象的市民法を仮設しているからである。自由・平等・独立の論理を用いて不自由・不平等・非対等を擁護する理論枠組みである。

それがすべてではなく、曽我部なりの悩みが見え隠れするが、実質的には、マジョリティの表現の自由を擁護するためにマイノリティの表現の自由を犠牲にしてもやむを得ないという立場が鮮明になる。だが、この論理を乗り越えるのはなかなか容易ではない。日本国憲法にはマジョリティやマイノリティという言葉がなく、国民概念(市民)の平等性が仮構されているからだ。