日本国際法律家協会の機関誌『Interjurist』に、ウラディスラウ・べラヴサウ&アレクサンドラ・グリシェンスカ-グラビアス編『法と記憶――歴史の法的統制に向けて』(ケンブリッジ大学出版、2017年)に収録された論文を紹介しているさなかである。このテーマについて欧州を中心として、各国の状況を詳細に分析した研究書である。
日本国際法律家協会(JALISA)
『救援』『部落解放』の論文なども含めて、法と記憶に関する比較法研究、及び国際人権法の論文の紹介を5年以上続けてきた。日本ではこれまで研究の蓄積がないためだ。まだまだ紹介しておかなくてはならない文献があまりに多い。基礎知識なしに、安直な議論に陥らないようにしたい。
前田朗「「法と記憶」をめぐる国際研究の紹介(1)」『Interjurist』202号(2020年)では、編者による巻頭の序論「記憶法――比較法と移行期の正義における新たな課題」を紹介した。
前田朗「「法と記憶」をめぐる国際研究の紹介(2)」『Interjurist』203号(2020年)では、アントン・デ・ベーツの論文「国連自由権規約委員会の過去についての見解」を紹介した。
前田朗「「法と記憶」をめぐる国際研究の紹介(3)」『Interjurist』204号(2021年・予定)では、パトリシア・ナフタリの論文「国際法における『真実への権利』――最後のユートピアか?」を紹介した。
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デ・ベーツの論文「国連自由権規約委員会の過去についての見解」は、個人通報申立て、一般的勧告など自由権規約委員会の文書(1976年~2015年)を調査して、108件の事例を分析して、自由権規約委員会の過去に関する見解を分析している。そのための分析枠組みとして4つの指標(14項目)を掲げている。
第1:基層としての時に関する見解
①時間を制約する要素(不遡及原則、個人請求原則等)
②時間を拡張する要素(継承原則、国家承継原則、侵害継続原理、合法性原則、過去の世代についての見解等)
第2:権利としての記憶に関する見解
①喪に服する権利
②記念する権利
③記憶する権利
④歴史見解を禁止する記憶法の不存在
⑤自由な表現を制限しない伝統
第3:権利としての歴史に関する見解
①過去についての真実への権利
②過去についての情報への権利
③過去の犯罪を捜査する国家の義務
第4:技術職能としての歴史に関する見解
④歴史についての意見の保護
⑤間違える権利
⑥歴史教育における客観性、中立性、非差別の原則
⑦歴史研究における誠実さの原則
真実への権利、記憶する権利は、被害者の権利の正面玄関である。こうした認識自体、日本では共有されてこなかった。
デ・ベーツの4つの指標を参考にすることによって、日本軍性奴隷制に関する被害者中心アプローチを再考することができるだろう。
なお、上記の「技術職能」というのは翻訳が稚拙だが、要するに歴史研究者のことである。
<被害者中心アプローチ>とは何か。私はいまだに100字で説明することができないし、明確な定義はないだろう。とはいえ、その形成過程、議論の文脈、主要な概念装置は明確にできたと思う。
日本軍性奴隷制問題の解決のために努力してきた運動体の女性たち、男性たちは、被害者中心アプローチを一言で説明できなくても、被害者中心アプローチに立って運動してきたと言えるだろう。しかし、政治家やメディアは、被害者中心アプローチを身勝手な意味合いで用いている。真実への権利や和解や正義についても、わざと誤解しているのではないかと疑いたくなるような議論が多い。
まだ不十分だが、このシリーズは今回で終了。