前回は性暴力被害者についての<被害者中心アプローチ>の考え方を紹介した。今回は拷問被害者についての<被害者中心アプローチ>である。基本部分は同じであるが、異なる面もあるようだ。
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前田朗「恣意的な自由剥奪の被害者補償のために」『救援』619号(2020年)
補償の権利
新型コロナ禍のため本年三月開催の国連人権理事会第四三会期は事実上中途閉会となったが、その後もオンラインを活用しつつ会期は続いている。九月開催の第四五会期に「恣意的自由剥奪に関する作業部会報告書」(A/HRC/45/16)が提出されたので簡潔に紹介する。
二〇一九年、作業部会は四二カ国の一七一人の拘禁について八五件の意見を採択した。三一カ国に六一の緊急アピールを送った。今回の報告書では女性の自由剥奪、恣意的自由剥奪防止のための法的援助を受ける権利、拘禁の代替措置について検討しているが、末尾に「恣意的な自由剥奪についての補償に関する評議第一〇号」が添付されている。一九九一年と九四年に当時の国連人権委員会が作業部会に、恣意的な自由剥奪を防止するために一般的性格を有する事項についての評議を定式化する任務を指示した。人権委員会が人権理事会に改組されて引き継がれている。指示に基づいて作業部会がまとめてきた評議の第一〇号である。二〇一六年以来の審議の結果、二〇一九年一一月二二日に採択された。
重大人権侵害被害者の補償を受ける権利は一九九〇年代に国連人権委員会で審議され、ファン・ボーベン・ガイドライン及びバシウニ・ガイドラインがまとめられ、二〇〇五年には議論が一段落した。その後、国連人権高等弁務官事務所を中心に「被害者中心アプローチ」が強調されてきた(前田朗「慰安婦問題の現状と課題――被害者中心アプローチとは何か」『法の科学』五一号、二〇二〇年)。
評議第一〇号はその議論を継承しており、第一部「序文」、第二部「被害者が補償を受ける権利」、第三部「補償の諸形態」から成るが、人権条約やガイドラインのみならず、欧州人権裁判所や米州人権裁判所の決定を参照している点に特徴がある。
被害者とは個人又は集団として恣意的な自由剥奪に当たる作為又は不作為によって害悪を被った人であり、害悪には心身の傷害、感情的苦痛、経済的損失、基本権の実質的侵害が含まれる。家族や当該者に依存している人も含まれる。
恣意的拘禁の禁止は国際法における強行規範であり、世界人権宣言第九条、国際自由権規約第九条及び第一四条、アフリカ人権憲章第六条、米州人権条約第七条、欧州人権条約第五条によって絶対禁止されている。
補償の諸形態
第一に賠償。国際人権法の下では原状回復である。個人の自由回復がもっとも直接的な形態である。釈放に加えて、自由剥奪理由の検証がなされるべきである。できる限り速やかな最終決定、及び記録の廃棄が必要である(ノリン等対チリ事件決定、ルアノ・トレス対エルサルバドル事件決定)。移住者を国外移送しようとする場合であっても、ノン・ルフールマン原則に違反するなど、ただちに移送できないならば釈放が求められる。
第二にリハビリテーション。医療、心理学その他のケア、法的社会的サービスである。医学や心理学のケアは無料かつ迅速、適切、効果的に提供されるべきである(ヤルセ等対コロンビア事件決定)。明確で十分な情報が提供されるべきであり、常に被害者の同意に基づくべきである。
第三に満足措置。被害者が受けた損害を修復するため、被害者の記念、オマージュ、称賛、公的謝罪、真実の公開、修復援助、遺体の確認・返還・埋葬、責任者処罰が含まれる。被害者が無実であり恣意的な自由剥奪であったことについての裁判所判決の国内新聞やウエブサイトや放送での公開も重要である。措置の計画に被害者自身が関与しなければならない(ノリン等対チリ事件決定、ガルシア等対ペルー事件決定、チャパロ・アルヴァレス対エクアドル事件決定等)。さらに、恣意的拘禁の被害者のための研究の許可、責任の公的認知(ヤルセ等対コロンビア事件決定)、記念碑設置(ルアノ・トレス対エルサルバドル事件決定)、制裁のための包括的捜査の実施も必要である。
第四に補償。侵害の重大性や事件状況に応じて行われなければならない。被害者及び家族の収入の喪失の補償。国家が収容した動産の返還。保健衛生の欠損についての補償。拘禁された場所でのリハビリテーション。恣意的拘禁により被った罰金や法的費用の償還。被害者の弁護費用の支払い。補償は非物的損害や精神的損害(名声の喪失、烙印、家族関係の崩壊)も対象とするべきである(チャパロ・アルヴァレス対エクアドル事件決定、カブレラ・ガルシア対メキシコ事件決定、N対ルーマニア事件決定、バラノフスキー対ポーランド事件決定等)。
第五に再発防止保障。国家には将来において同じ侵害が生じないようにする義務がある。国際義務に違反する法規定の改廃。恣意的自由剥奪防止のための法改正。すべての社会部門における国際人権法教育。法執行官への研修・訓練。社会紛争の防止・監視・解決のためのメカニズム促進。国際人権法の義務履行のための裁判官の義務の明確化。被拘禁者の登録措置。拘禁場所の衛生その他の条件改善。
日本では断片的な議論に終始しているので、評議一〇号を参考に議論を活性化する必要がある。