三浦綾子『道ありき』(新潮文庫)
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三浦綾子の自伝的小説3部作の第1作<青春編>である。1964年にベストセラー『氷点』で作家として知られるようになった三浦が、1967~68年雑誌「主婦の友」に連載し、1969年に単行本になった。後に第2部『この土の器をも』、第3部『光あるうちに』が書かれる。
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青春編は24歳からの13年間を扱う。高校を卒業して学校教師になった著者だが、敗戦による混乱期、教えることへの疑問にかられて教職を辞し、虚無的な生活の中、肺結核での入院生活を余儀なくされる。
13年間の闘病生活の中での家族や、人との出会い、短歌、そして聖書の教えに導かれる日々を過ごす。自ら病に倒れ、愛する者が病で去っていく過酷な日々に、著者が思い、綴った手紙や日記や短歌が著者の心象風景を映し出す。西中一郎との婚約と別れ、前川正との愛と前川の死、32歳で三浦光世と出遭い、37歳で結婚し、闘病生活に終わりを告げることになる。
ここで描かれた自然や街の様子(旭川や札幌)、登場する人々は『氷点』のモデルにもなっている。もっとも、名前を借用しただけでモデルではない場合もあるという。
いずれにせよ、風景、旋律、文体、諧調は『氷点』と同じである。三浦綾子の文体は、華美でも華麗でも鮮烈でもなく、すべてがたんたんと綴られる。説明調のようでいて、説明ではない。心象の吐露のようでいて、吐露ではない。地の文も会話も、すべてが淡々と進む。悲嘆あり、激情あり、出遭いがあり、永遠の別れがありながら、どこか自省的であり、にもかかわらず諄々とたゆみなく続く。
何よりも不思議なのは、1946~59年という時期の旭川と札幌の中産家庭と病院を舞台にしながら、敗戦後の混乱や、新しい平和憲法の制定や、戦後民主主義が直接には描かれていない。
もちろん時代相を無視しているわけではない。共産党員による平和懇親会にも言及がある。戦時中には戦争に熱狂していた人々が戦後になるとキリスト教に目覚めて教会に通っていることを、虚無主義の時期には冷笑的に見ているが、後に聖書に導かれて、洗礼を受ける。あの時代に、平和憲法と戦後民主主義に浮かれた思想を病室から冷ややかに見ていたであろう三浦綾子の内面がつづられる。そこに現れない時代、世相を読者は想像しながら読み進むことになる。生きること、人と出会うことを、この時代の社会の表層とからは限りなく遠い地点で、著者は思い続け、問い続け、自分を審問し続ける。