最新刊『ヘイト・スピーチ法研究要綱』(三一書房、2021年)の「第9章 ホロコースト否定犯罪を考える」で、諸外国の立法状況を紹介した。
https://31shobo.com/2021/08/21005/
この問題ではドイツの「アウシュヴィツの嘘」が有名である。「ユダヤ人虐殺」を否定したり、正当化する発言を公然とおこなえば、ドイツでは犯罪とされることはは日本でも知られる。ドイツ法については楠本孝、金尚均、桜庭総による詳細な研究がある。しかし、ドイツだけではない。
『ヘイト・スピーチ法研究序説』(三一書房、2015年)では、ドイツ、フランス、スイス、リヒテンシュタイン、スペイン、ポルトガル、スロヴァキア、マケドニア、ルーマニア、アルバニア、ロシア、イスラエル、ジブチの状況を紹介した。フランスとスペインについては光信一宏の詳細な研究がある。
今回の『ヘイト・スピーチ法研究要綱』では、オーストリア、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、キプロス、チェコ、フランス、ドイツ、ギリシア、ハンガリー、イタリア、ラトヴィア、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロヴァキア、スロヴェニア、スペインなどを紹介した。韓国でも立法提案がなされてきたこと、それゆえ日本より韓国の方が研究が進んでいることも紹介した。他方、東欧諸国では、ナチスの犯罪だけでなく、スターリン時代の犯罪についても同じ法律が適用されるため、議論状況が複雑であることにも触れた。
イスラエル、ジブチ、韓国を除くとやはり欧州に集中しているので、それ以外の諸国の状況も調査が必要であり、その一部は上記『要綱』で言及したものの、まだまだ不十分である。
また、国連人権理事会でもこの問題の議論が継続しており、人種主義・人種差別特別報告者が何度か著往査結果を報告してきた。そのうち2015年と2018年の特別報告書をやはり上記『要綱』にて紹介した。
東京オリンピック直前に日本でもこの問題が話題となったが、そこでの議論を見ると、基礎知識がないがゆえに、国際常識からかけ離れた議論をしている。ブログに少しだけ書いておいた。
https://maeda-akira.blogspot.com/2021/07/blog-post_22.html
*
以上は前置きである。
国連人権理事会第48会期に、テンダイ・アチウメ「人種主義・人種差別・排外主義・関連する不寛容の現代的諸形態に関する特別報告者」の報告書(A/HRC/48/77. 13 September 2021)が提出された。
テンダイ・アチウメはザンビア出身で、現在UCLAロサンジェルス校教授である。移住者や難民法の研究で知られ、国連人権理事会の特別報告者に任命された。
(名前の読み方は知らない。国連人権理事会で、議長がテンダイ・アチウメと発音していたので、私はこう書いてきたが、国連での固有名詞の発音はかなりいい加減である。私の名前はアキーラ・メーダになる。)
本報告書では、アチウメの要請に応じて情報提供した30か国の関連情報が整理されている。各国から報告された情報を要約したもので、独自の分析を加えていない。ドイツやオランダなど欧州の国もあるが、アルゼンチンやブラジルなど、西欧以外の国の名前もあるので、これまで日本では知られていない情報が含まれていると思う。ただし、必ずしもホロコースト否定犯罪に直接関係する情報ではない。報告書の終わりの方では、「人種平等枠組み」について論じている。
以上から、重要な報告書なので、簡潔に紹介する。
*
1.アルバニア
アルバニア政府によると、2010年の差別からの保護に関する法律(法律10221号)が平等と非差別の原則の履行を規制する。2020年、法改正によって「交差する差別」「複合差別」「構造的差別」「ヘイト・スピーチ」の定義が導入された。差別からの保護コミッショナーは本法の履行と監視の責任を有する。2020年、コミッショナーは人種に基づく差別の申し立てを18件処理した。
コミッショナーによると、構造的差別が継続しており、2020年、複合的理由による差別事件が増加している。コミッショナーの任務の範囲で、平等と非差別の原則の履行を強化するために、市民権法案と刑務所規律法案の勧告をした。健康社会保護省の政策に関して、ロマ及びエジプト人の平等・統合・参加に関する行動計画(2021~25)案を勧告した。国内マイノリティの保護のため国内レベルでの啓発キャンペーンを行ってきた。
2. アルゼンチン
アルゼンチン政府によると、2015年、「差別・排外主義・人種主義に反対する国内機関」を創設した。ユダヤ人に対する差別慣行に対処する法枠組みがあるが、根絶できていない。宗教の平等の文化を促進するため、20以上の信念、世界観、宗教を代表する作業部会を創設した。毎月の定例会で、宗教の多様性に関する問題を扱い、多様な集団間の対話と寛容を促進している。歴史の記憶を維持し、差別と憎悪と闘うため、とくに宗教に基づく差別のすべての形態を撤廃し、多様性と寛容を促進する一連の議論を行ってきた。
過去10年間、ヘイト・スピーチがますます問題となり、過激主義が目立つようになり、ソーシャル・メディアやインターネットを通じて個人や集団がアクセスしやすくなってきた。「差別・排外主義・人種主義に反対する国内機関」は啓発のために勧告することができる。
3.アルメニア
アルメニアにはネオナチやスキンヘッド集団など人種主義・排外主義的集団や運動はない。憲法は非差別原則を含み、政党法第9条は憲法秩序や領土の統合を暴力的に変更し、国民、人種、宗教憎悪の煽動、暴力と戦争の宣伝を目的とする政党の設立は禁止されている。NGO法は、憎悪の煽動、暴力や戦争の宣伝を行う団体の停止を定める。刑法第63条は、犯罪が民族、人種、宗教的動機による場合、刑罰加重事由とする。
2019年12月、アルメニアは人権保護戦略と行動計画2020-22を採択し、ヘイト・スピーチについての責任を国際基準に合致させる計画である。刑法第226条は、国民、人種、又は宗教憎悪、人種的優越性、国民の尊厳の侵害の煽動を犯罪とした。公然又はマスメディアによるもの。暴力又は暴力の威嚇によるもの。公的地位の乱用によるもの。組織集団によるもの。警察ハイテク犯罪部局は人種主義文書の配布を予防するためインターネットを監視する。
2020年4月、アルメニアは人種差別撤廃条約に従って暴力の公然正当化や唱道など暴力の公然呼びかけを犯罪とするため刑法第226条2項を導入した
4.ブラジル
新しいIT利用の増加につれて、インターネット上野ヘイト・スピーチと不寛容が顕著に増加している。新型コロナ禍の下、サイバー犯罪が増加している。
憎悪、人種的暴力、差別の煽動行為は刑法で対処し、ナチスの助長を目的とするシンボルの配布や宣伝は刑法の対象である。1980年以来、ネオナチ運動が強まり、12以上の団体が活動している。
国内でヘイト・スピーチを訴追する課題がある。ヘイト・スピーチはまだ厳密には犯罪化していないが、差別犯罪として訴追している。不処罰と闘うために予防と抑止が決定的である。
5.ブルンジ
最近、暴力、人種憎悪、民族的不寛容又は人種差別を煽動する宣伝や行為を予防する立法枠組みと組織ができた。2018年憲法はすべての形態の差別に対する規定を持つ。憲法第22条は非差別、第78条は暴力、排除、憎悪を唱道する政党を禁止する。2011年法は、政党には、民族、地域、宗教、ジェンダー理由に基づく暴力、憎悪、差別を助長する目的のイデオロギーや行為と闘わなければならないとする。2017年の刑法第266条は人種又は民族憎悪への関与や煽動をした者に刑事施設収容を定める。
最近、政治分野における不寛容の防止のため政党のフォーラムを設置した。ジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する罪の予防と根絶のための国内監視機関を設置した。2017年に国民統合・和解委員会、2014年に真実和解委員会を設置した。