村上玲「欧州人権裁判所判例における宗教を冒涜する表現に関する考察」『淑徳大学大学院研究紀要』26号(2019年)
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欧州人権裁判所における宗教的ヘイト・スピーチに関する研究が、既に存在していた。著者は淑徳大学コミュニティ政策学部助教の村上玲。以前、「阪大法学」にイギリスにおける宗教的ヘイト・スピーチに関連する論文を書いていた。それもまだ読んでいないので、これから読まなくてはいけない。
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本論文で、村上は欧州人権裁判所の宗教冒涜に関連する判例を5つ取り上げて分析している。
① Otto-Preminger-Institute
v. Austira事件(1994年)
② Wingrove v. UK事件(1996年)
③ I.A. v. Turkey事件(2005年)
④ Giniewski v.
France事件(2006年)
⑤ Klein v. Slovakia事件(2006年)
これらの分析を通じて、村上は、欧州人権裁判所判例における宗教冒涜表現に関連して、表現の自由の判断枠組みが深化してきたことを示す。
判例は表現の自由の制約するために必要な3つの要件として、特に「制約が民主社会にとって必要であること」を重視し、より子細に検討するようになってきたという。初期の判決以後、一貫して、①表現の自由は民主社会の本質的基礎の一つであること、②好意的な表現だけでなく、衝撃や攻撃となる表現にも表現の自由が保障されること、③民主社会における多元主義、寛容さ、寛大さが必要であること、④しかし、自由と権利の行使には「義務と責任」が伴うこと(信徒の宗教感情や他者の権利を侵害する表現を、可能な限り避ける義務)、⑤この問題について欧州に統一的な概念が存在しないので、加盟国には広い評価の余地が残されているとしつつ、欧州人権裁判所は、「民主社会にとって必要であること」の要件をさらに細分化して議論するようになってきたという。
村上論文は、5つの判例分析を通じて、欧州人権裁判所の判断枠組みの深化を抽出している。分かりやすく、説得力がある。
村上論文は2019年発表だが、論文に含まれている情報は2007年以前のものである。その後の欧州人権裁判所には関連する動きがないのだろうか。
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私は欧州人権裁判所については研究してこなかった。最近、若干の資料を紹介したにとどまる。
ファクトシート:ヘイト・スピーチ(欧州人権裁判所)(1)
https://maeda-akira.blogspot.com/2021/09/blog-post.html
また、ヘイト・スピーチについては特に人種・民族ヘイト・スピーチを重視して研究してきたため、宗教的ヘイト・スピーチについては研究できていない。
預言者ムハンマドの風刺画と宗教的ヘイト・スピーチ