2021年2~3月に開催された国連人権理事会46会期に、アーメド・シャヒード「宗教の自由特別報告者」が報告書『宗教に基づく差別と不寛容を撤廃するためイスラム嫌悪/反ムスリム憎悪に対抗する』(A/ HRC/46/30.25February 2021)を提出した。ごく簡潔に紹介する。
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Ⅰ 序文
Ⅱ 方法論
A 不寛容な語りの流布
B 差別
C 暴力
Ⅳ イスラム嫌悪に対抗する
A 国際法枠組み
B オンライン・ヘイト・スピーチに取り組む
C 最善の実行例
Ⅴ 結論
Ⅵ 勧告
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Ⅰ 序文
9.11のテロ攻撃や、その他イスラムの名において行われた行為の後、ムスリムやムスリムと見做された人々への疑念が急激に増加した。多くの諸国が、過剰にムスリムを標的とする措置を講じたり、ムスリムをリスクとして定義してきた。ムスリムを文化的な「他者」とし、ムスリムに対する有害なステレオタイプを広め、ムスリムの文化を脅威と見做してきた。
専門家や人権活動家によると、イスラムに対する否定的表象が広まり、ムスリムへの恐怖から、安全保障やテロ対策として、ムスリムの個人や共同体に対する差別、敵意、暴力が現実化してきた。ムスリムの宗教の自由を直接制限したり、ムスリムの各種人権を制限することで宗教の自由に制約をもたらしている。その結果、暴力行為が行われ、それらが不処罰のままとされている。
排除と恐怖の雰囲気の下で、ムスリムはスティグマ、恥、「疑わしい共同体」という感情を抱かせられ、一部の者の行為について集団責任を負わされている。インドでは警察官の半数が、ムスリムは生まれつき犯罪をする傾向があると信じている。2018年と2019年の欧州の調査によると、37%がムスリムに好ましくないという見解を持っている。2017年の米州の調査では、ムスリムに否定的な光が当てられている。ミャンマーでは、仏教ナショナリズムのもと、イスラムの脅威が語られ、ロヒンギャ・ムスリムに対する残虐行為が行われた。
各国はムスリムに対する差別について効果的な監視・報告メカニズムを持っていない上、国家自体がムスリムに対する差別の主犯となっている。被害者や研究者や人権活動家は現状を「イスラモフォビア(イスラム嫌悪)」と呼んでいる。「反ムスリム憎悪」という用語も用いられている。
Ⅱ 方法論
特別報告者はこの間、オンラインを通じて5つの地域の代表たちと12回のラウンドテーブルと15回の双方向会議を持った。市民社会から79件の情報提供を受け、国内人権機関から2件、各国から26か国、地域横断組織から3つの情報提供を受けた。
多くの事例で、イスラム嫌悪の差別、敵意、暴力を語る場合、宗教だけに基づいて考察することは正確でない。イスラム嫌悪は、民族、人種、外国人排斥、経済、ジェンダー、宗教など多様な偏見が重なり合っている。ムスリムの経験は文脈に依存している。ムスリムのマジョリティ居住地に住むマイノリティのムスリムに対する偏見の事例もある。ムスリム間の偏見や暴力の事例も見られる。本報告書では主に、非ムスリムがマジョリティの国家にマイノリティとして暮らすムスリムが直面する困難を取り上げる。
Ⅲ 任務活動
報告書の対象時期は2019年7月から2020年7月である。特別報告者は、UNESCO、UNAOC、UNOGP、OHCHR(人権高等弁務官事務所)等と協力し、ヘイト・スピーチに関する問題を取り上げてきた。OSCEや市民社会とも協力してきた。
鍵となる発見
概念枠組み
イスラムやムスリムは多様な意味合いで用いられ、諸イデオロギーが重なり合っており、正確な特徴付けは文脈に依存しているが、通例はイスラム嫌悪は、イスラムを暴力、性差別主義、同性愛嫌悪を唱道する一枚岩の原理主義とみなしている。イスラムを宗教として認めず、頑なな政治イデオロギーであり、「西洋文明」を危険にさらすと見做している。イスラム追随者の側でも、ムスリムは、非信仰者に暴力を用いて信仰を押し付けようとする不誠実な他者を悪魔化している。ムスリムを人種主義化する場合もあれば、「ヴェールをかぶった女性」というようにジェンダー化される場合もある。他方、ムスリム男性は皮膚の色や髪の毛で判断されがちである。
A 不寛容な語りの流布
ムスリムに対する有害なステレオタイプは、主流メディア、影響力或る政治家、ポップカルチャーのインフルエンサー、学問論議によって形成されている。一般に、メディアではムスリムの代表はいないか、少ない。「反人種主義・不寛容欧州委員会(ECRI)」の調査によると、2016年と17年のオランダのニュース60万件以上で、ムスリムを描くのに使われた形容詞は「ラディカル」「過激主義」「テロリスト」であった。逆にオランダ人は「有名な」「平均的」「美しい」であった。各国のニュースではムスリムに関する物語では、統合の失敗や、極右のテロリストのように、否定的に焦点を当てている。スイス反人種主義委員会は、2014年から17年尾18の出版メディアにおいて、ムスリムには統合(適応)の意思がないとしており、ムスリム自身の日常生活を知らせる記事は2%に過ぎない。
多くの映画でムスリムの否定的業者と有害なステレオタイプがあり「テロリストとしてのムスリム」映画がよくあるジャンルとなっている。近年、ムスリムを肯定的に描写した映画もつくられているが、「良いムスリム対悪いムスリム」の二分法を正当化する可能性がある。多くの西欧の映画やTV製作者は「ホワイトウオッシング」を試みている。
オンライン配信
ムスリムとイスラムに対する有害な語りはYouTube、Twitter、Facebook、Gab、8chan、Voatなどデジタル・メディアを通じて拡散されている。欧州ではムスリムがムスリムであるがゆえに幼児性愛と非難され、ミャンマーでは著名な仏教僧侶が、ムスリムを仏教と女性に対する性犯罪者と決めつけ、イギリスではムスリムがその衣装を着用し、名前を名乗ると、「テロリスト」「自殺爆弾」と非難される。
ムスリム女性はオンラインでもオフラインでも男性以上に標的にされる。ムスリム女性はムスリム以外の女性よりも極端なヘイト・スピーチを受ける。アムネスティ・インドによると、オンラインのもっとも攻撃的なヘイト・スピーチの55%はムスリム女性に対するものであった。イスラム嫌悪を報告した研究者、ジャーナリスト、人権活動家もハラスメントや脅迫を受けている。
欧州と北米では、著名な政治家、インフルエンサー、研究者が、オンラインで、イスラムは民主主義や人権の対極であると非難し、すべてのムスリム女性が抑圧されていると告発している。中国では、オンライン上で、ムスリムであることと中国人であることは相容れないとか、国家に、ムスリム女性をムスリムのアイデンティティを奪うことによってムスリムから解放せよと、要求している。
ムスリムをテロリストと非難する現象は、インドでは新型コロナの感染率が高まると、ハッシュタグ「コロナ・ジハード」が広められた。スリランカでもイギリスでも、ムスリムが新型コロナを広めたという言説がオンラインで広まった。
オンライン・ヘイト・スピーチがオフラインの事件の引き金になっている。著名な人物、政治集会、選挙におけるムスリムに対するテロ攻撃が唱えられる。キリスト教会攻撃の後、ある市民社会組織の報告によると、ムスリムに対するオンライン攻撃が692%増となった。引き金となる出来事は、24~48時間で急速に反応を引き起こす。