Ⅲ 任務活動
A 不寛容な語りの流布
B 差別
安全保障問題化
宗教共同体の安全保障問題化は、社会の安全や生存の脅威となる例外状況によって正当化される例外措置のために、通常の「法の支配」が棚上げされることで複雑な過程を経過する。過去20年以上、ムスリムは反テロ措置の濫用の矛先を向けられてきた。人種差別撤廃委員会や国際自由権委員会の報告によると、国家安全保障と反テロ措置は不均衡且つ差別的にムスリムに向けられてきた。スリランカ、オーストリア、中国、インド、フランス、タイ、ケニア、ロシア、フィリピン、スウエーデン、オーストラリア、イギリス、エリトリア、カザフスタン、オランダが好例である。その適用には透明性がなく、「テロリズム」の定義が明確でなく、その履行が十分管理されていない。
各国は教育や保健といった行政サービス領域までも安全保障問題化し、ムスリムに対する監視を強化している。医師、保健師、ソーシャルワーカー、教育者が国家の安全保障問題に駆り出されている。イギリスでは、ムスリムは17倍もの頻度で極右過激主義の嫌疑をかけられている。ドイツでは、ムスリム学生が祈りに利用する礼拝室が、当局によって過激主義の嫌疑をかけられ、閉鎖されている。スペインでは、教師がひげを蓄えると過激主義と疑われている。フランスのイスラム分離を目的とした法案は学校や団体の検査を強化しようとしている。
宗教的表現(現象)に対する直接制約
欧州、アフリカなどの11か国では、ムスリム女性が頭を覆うヴェール・衣装を公共の場で着用することが制限又は禁止されている。理由は、宗教的衣装は公共の場の世俗性に反するとか、「女性の権利を侵害する」、安全保障問題のリスクがあるというものである。学校、職場、裁判所の法廷でムスリム衣装を許容するかどうかを当局の権限としている国がある。こうした制限はすべての宗教的シンボルに差し向けられているものの、実際に影響を被るのはムスリム女性である。国際自由権委員会が指摘したように、こうした禁止はムスリム女性の宗教の自由を侵害し、非差別原則に反する。
ムスリムが宗教施設を建設・維持することのできる条件が予測不能な国がある。西欧や北米では、モスクの建設が周辺住民の反対などにより制約されている。フランスやオーストリアなど、西欧では過激主義に反対するという主張からモスクが閉鎖された場合もあり、スイスではミナレット建設が禁止された。
オーストリア、フランス、ギリシア、中国で、ムスリムが宗教指導者を任命する自由が侵害されている。中国は1990年以来ウイグルのイマームを指名してきた。オーストリアはイスラムの教授、研修、雇用、解雇を規制している。ミャンマーでは数百のモスク・委員・墓地が破壊された。
近年、ムスリム共同体がチャリティ・人道支援施設を設置・運営することが制限されるようになってきた。2020年、フランス当局はテロリズムの嫌疑と称して、ムスリムのチャリティ活動を2回閉鎖させた。2020年、デリー騒動で警察官によるムスリムの人権侵害が告発されるや、インドはアムネスティ・インターナショナル・インド支部事務所を閉鎖させた。
ハンガリーは「ストップ・ソロス」と称して、ムスリム移住者を支援するNGOに対する課税を25%増とした。アメリカでは、大統領緊急権限が広範に用いられ、適正手続きを無視してムスリムを標的としている(*トランプのこと)。
経済的排除
20か国において、ムスリムが公共輸送、空港、行政事務所、商店、レストランなど商品・サービスへのアクセスについて差別体験があると報告されている。欧州のムスリムが経験する主な差別は失業である。EU15か国でムスリムの3分の1が雇用の場面で差別を経験している。ムスリムは他の宗教集団よりも失業率が高く、賃金が低く、短期雇用であり、危険な仕事である。ムスリム・マイノリティは政治、法、医療の専門職にあまりついていない。
ムスリム女性は特に影響を受けている。宗教的衣装の禁止は、女性を一定の職業分野から排除し、自ら排除(断念)を呼びなくされている。同僚からの差別の恐怖を抱いているのもムスリム女性である。イギリスのムスリム女性は、同程度の教育と言語能力であっても、白人キリスト教女性よりも71%多く失業している。
イスラム嫌悪がムスリムの社会経済見通しを蝕んでいるので、ムスリムは貧困を強制されている。イギリスのムスリムはもっとも経済的に不利益を被った宗教集団である。移住者や難民は貧困や失業に追い込まれがちだが、ムスリムであることに基づいて一層の差別がなされる。極貧は水、電気、衛生、住居へのアクセスを奪う。
教育、健康、住居
ムスリム学生は宗教的動機による敵意のため孤立感を抱かされ、学校を中退したり、低いレベルの教育しか受けられない。アメリカではムスリム生徒は他の宗教の生徒よりも2倍いじめ被害を受ける。スペイン、ルーマニア、コソヴォ、ポーランド、カナダ、イギリス、カンボジア、ミャンマーでは、教育課程がムスリムを過小評価・誤評価し、差別的に排除している。中国は数百のアラビア語のイスラム学校を閉鎖した。教師がムスリムにステレオタイプの評価をしている。ムスリムの教師はすくなく、財政支援もない。
ムスリム・マイノリティは住環境が貧弱で、排外主義と人種主義が交差した差別が加重要因となっている。賃貸料金が高額にされたり、賃貸を拒否される。レバノンではムスリムの不動産購入を禁止している町もある。ベルギーではモロッコ出身のムスリムの38%が賃貸物件を探すときに否定的な経験をしている。
国籍と移住
人権の享有は市民権、国籍、移住の地位に依存する。「テロリスト」などの名目で、ムスリムの個人や集団から国籍を剥奪する国がある。インドのアッサム州は2018年の市民登録制開始以来、ムスリムを排除し、「不法移民」としてきた。インドの市民権修正法は、周辺諸国出身のヒンドゥ、シーク、仏教、ジャイン、パーシ、キリスト教徒の市民権を認め、ムスリムは排除されている。ミャンマーは1982年以来ロヒンギャのムスリムの市民権を否定している。
排外主義から、安全保障の脅威であるとして、ムスリムの市民権を否定する国がある。アメリカはその審査プログラムで、アラブや中東出身の移住に際して、認定を遅延させ、適正な告知なしに手続きを進め、異議申し立てさせない。フランスとドイツは、親密でない異性との接触を禁じる宗教的理由から政府職員と握手をしない申立人に市民権を認めない。デンマークも同様の政策をとっていると言われる。スロヴァキア、ポーランド、ハンガリー、チェコは、キリスト教徒の難民を優先的に扱い、ムスリム難民や移住者を拒否している。EUは中東難民の受け入れ方針を示しているが、スロヴァキアとハンガリーはこれを拒否している。