欧州ジェンダー平等研究所(EIGE)の報告書『EUと国際的なフェミサイド測定――ある評価』(2021年)
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6. 各国レベルのフェミサイド(定義と情報収集)
7. NGOによるフェミサイドの情報収集
8. 勧告
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6.1 フェミサイドの法的定義
ラシダ・マンジョー「女性に対する暴力特別報告者」は2012年の女性の地位委員会での声明で、フェミサイドという言葉は19世紀初頭以来用いられているとした。殺人と言うジェンダー中立な言葉のオルタナティブとして提案されたもので、不平等、抑圧、体系的暴力の現実を反映している。よく用いられるようになったのは1970年代からである。
ディアーナ・ラッセル(1992)は、フェミサイドを憎悪、侮蔑、悦楽、又は女性所有意識による動機に基づいた男性による女性殺人と定義した。ラテンアメリカでは、1990年代に女性に対する暴力が急増し、フェミニスト運動が各国国内法に女性殺人を認知させようとした。ラガルデ(2006)はフェミサイドを英語からスペイン語に翻訳してフェミニサイドとした。ラガルデによると、フェミニサイドはジェンダーに基づく理由、死亡の結果の背後にある社会的構成、そして不処罰をよく示す概念である。国際的にはフェミサイドとフェミニサイドは互換的に用いられている。
ラテンアメリカの国内法では必ずしも採用されていないが、フェミサイド/フェミニサイドを刑法典の独立犯罪として刑罰を加重する国もある。犯罪成立要素も制裁もそれぞれ異なる。パナマ法では、不平等な権力関係の文脈や、文化規範に従わない女性の懲罰として分類される。エルサルバドル法では、女性への憎悪や侮蔑ゆえに行われた刑事犯罪である。ジェンダーや性的指向に基づく憎悪や、被害者が女性であるという動機による殺人を刑罰加重事由とする例もある。
ラテンアメリカのアプローチは刑法の象徴的利用である。女性の権利の組織的侵害と不処罰に直面して、規制枠組みとして、女性に対する暴力行為の否定的影響を認識して文化の変容を加速しようとしている。
トレド・バスケス(2009)は、各国の制度において定義された犯罪を適用するには概念的な困難があるという。合法性原則と均衡原則によれば、同じ行為には同じ刑罰を科すが、女性殺人には男性殺人よりも不均衡に重くしている。
同じ理由から、フランスはフェミサイドの特別法を回避している。NGOはフェミサイドを刑法に取り入れるべきと唱えてきたが、この主張には強い反対が出た。フェミサイドの意味内容に共通理解ができていないこと、フェミサイドの捜査に困難があることである。フェミサイド概念を採用しない最大の理由は、フランス憲法の三大原則の一つである平等原則である。1958年憲法による平等原則から、男性による女性殺人を他の殺人と区別して扱うことは平等原則違反となりうる。このためフェミサイドは刑法には取り入れられていないが、フランス議会での議論に際して使用されている。
6.1.1 欧州の国内立法
EU27カ国とイギリスはフェミサイドを法律に取り入れていないが、女性殺人を多様な方法で分類している。2017年、EIGEは各国の法状況を調査出版し、2020年に改訂版を出した。イスタンブール条約批准により、親密なパートナーによる暴力の情報収集が強化された。ベルギー、スペイン、フランス、リトアニア、ポルトガルは、性別を理由にした憎悪、侮蔑、敵意、ジェンダーに基づく暴力を刑罰加重事由にした。ブルガリア、エリトリア、スペイン、フランス、イタリア、ルクセンブルクは親密なパートナーによる殺人を刑罰加重事由とし、ドイツ、イタリア、ポーランドは性暴力を刑罰加重事由とした。
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6.2 各国レベルのフェミサイドの統計的観点での定義
EIGEは統計的観点からフェミサイドを次のように定義した。
「親密なパートナーによる女性殺人、及び女性に対する有害な慣行の結果としての女性の死亡。親密なパートナーとは、前又は現の配偶者やパートナーであり、被害者と同居しているか否かを問わない。」
2017年のEIGE報告書ではフェミサイドの7つの要素を示した。故意の女性殺人、ジェンダーに基づく行為、パートナー/配偶者の殺人、親密なパートナーの暴力の結果としての女性の死亡、安全でない堕胎に関連する死亡、ダウリーに関連する死亡、女性の名誉殺人、女性の中絶。
EIGEの定義はEU27カ国とイギリスの故意の女性殺人の定義と必ずしも合致しない。21か国はパートナー/配偶者の殺人を定義し、11か国は少なくとも女性殺人のジェンダーに基づく定義を試みている。7カ国は親密なパートナーの暴力の結果としての女性の死亡を定義している。9カ国はFGM関連の死亡を間接的フェミサイドとし、15か国は安全でない堕胎を明示している。
6.2.1 定義のまとめ
イスタンブール条約の批准、EIGEの活動、フェミニスト運動の結果、欧州におけるフェミサイドの議論状況が変化してきた。フェミサイドへの関心が高まった。EU加盟国の多くが、刑法で刑罰加重事由とし、情報収集を強化している。
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6.3 各国の情報収集システム
2014年以来Eurostatや国連による犯罪調査が整備されてきた。親密なパートナーや家族による故意の女性殺人、性暴力、強姦の調査が強化された。1980年以来、2年ごとに国連経済委員会がジェンダー統計データベースを作成している。EIGEは情報収集を統合するアプローチを採用している。しかし、各国ごとに調査方法が異なるため、EU27カ国を比較することはまだ困難である。特に警察、検察、裁判所の統計がそれぞれ異なる。内務省、司法省、統計局、オンブズマン、平等機関等。それゆえ、社会セクターの調査が重要である。EU各国の72の情報収集の分析が始まっている。
情報収集システムについて詳しい図表が掲載されている。
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クロアチアのフェミサイド・ウオッチ
クロアチアでは犯罪情報収集に、内務省、司法省、統計局、ジェンダー平等オンブズマンが関与している。
内務省は刑事犯罪の捜査後、情報収集を行い、全事件を記録し、情報システムを通じて提供する。警察情報を警察担当官とジェンダー平等オンブズマンが分析する。フェミサイドだけでなく、女性に対する暴力事件の情報が含まれる。親密なパートナーによらない事件の情報も含まれる。定期的継続的に情報をアップデイトする。被害者、手段方法、介入の情報も。2016年以来、女性が殺された事件では、捜査担当警察官が詳細な報告をする。
司法省は裁判手続きに関するすべての情報を記録している。女性に対する暴力も含まれる。犯行者と犯罪類型に焦点を当てる。被害者の性別、犯行者との関係も。統計局は裁判所と検察庁の事件管理システムに基づいて統計を取っている。
ジェンダー平等オンブズマンは、女性に対する暴力と親密なパートナー暴力の情報を収集している。内務省から女性被害者情報を取得する。2017年以来、女性殺人事件の包括的監視、情報収集、分析のための監視機関としてフェミサイド・ウオッチを設置した。内務省、司法省、家族・青年省、検察庁、高裁、NGO女性ルームから7人のメンバー。