宮下萌編著『テクノロジーと差別――ネットヘイトから「AIによる差別」まで』(解放出版社)
https://www.kaihou-s.com/book/b598190.html
<本書では、インターネット上のヘイトスピーチ、サイバーハラスメント、AIプロファイリング、テクノロジーの直接差別的・間接差別的設計・利用やテクノロジーがもたらす構造的差別等、様々な角度から「テクノロジーと差別」の問題を包括的に取り上げ、全体像を把握することを試みた。
「テクノロジーと差別」というテーマは「古典的」かつ「新しい」問題であり、「テクノロジー分野から出発するアプローチ」と「差別撤廃から出発するアプローチ」という異なる二つの視点が必要となる分野である。技術的な側面のみから差別撤廃を目指すことは不可能であることはもとより、「テクノロジーと差別」というテーマにおいては、技術的な側面を無視して差別を根絶することはできない。
「差別は許されない」という「当たり前」の規範は、テクノロジーが発展する中でも変わらない。しかしながら、テクノロジーの進歩により差別の手口が巧妙化し、対処も難しくなってきていることも事実である。だからこそ、「差別は許されない」という当たり前の規範を実現するために、「テクノロジー」と「差別」が重なり合う問題について、多くの、そして多様な人がこの問題に関心を寄せて解決策を見出さなければならない。>
目次
第1部 ネット差別の現状と闘い
第2部 法規制という観点からネット上の差別を考える
第3部 テクノロジー/ビジネスと差別
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第 1 部 ネット差別の現状と闘い
第 1 章 ネット上のヘイトスピーチの現状と課題
第 2 章 女性に対するネット暴力の現状
第 4 章 ネット上の複合差別と闘う
第 5 章 「ネット炎上」における人権侵害の実態
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第 1 章 ネット上のヘイトスピーチの現状と課題(明戸隆浩)
本書の序論として現状をざっとまとめているのだろうと思って読み始めると、単に現状をまとめているのではなく、ヘイト・スピーチ解消法以後のネット空間におけるガバナンスの変化について、欧米と日本の動向を垣間見た上で、まだ対応できていない問題として、(1)フェイクニュース型のヘイト・スピーチ、(2)「殺到型」のヘイト・スピーチを指摘する。(1)では「危害告知」や「著しい侮蔑」型ではなく、フェイクニュースによる事実誤認の拡散がヘイトとなる場合である。(2)はプロレスラー木村花事件で用いられた「殺到型」――加害と被害の非対称性の場合である。今後の重要課題である。
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第 2 章 女性に対するネット暴力の現状(石川優美)
#KuToo署名発信者である俳優の石川が、2ちゃんねるによる誹謗中傷、侮辱、デマの被害を紹介し、DV加害に似たサイバーハラスメントの手法として、被害者を孤立/分断させる手口、「ガスライティング」、「監視」という暴力があるという。さらに弁護士依頼のハードルの高さにも触れて、被害者が直面する困難を列挙する。「そんなのは無視すればいい」というのは暴力的であるという。最後に、誹謗中傷に負けないために、仲間との出会い、「愛の爆弾」でヘイト対抗、そして「傍観することは加担すること」と指摘する。
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第 3 章 ネット社会で深刻化する部落差別(川口泰司)
部落差別解消法から5年の状況を踏まえ、「全国部落調査」復刻版差別事件が起きて、その対処に追われ、裁判闘争を余儀なくされた経験を紹介し、2021年9月27日の東京地裁判決の意義(出版禁止、賠償命令)と限界(救済範囲の限定、差別されない権利の否定)を論じる。ネット被害者救済の課題を確認し、地方自治体やネット企業の取り組みを紹介する。
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第 4 章 ネット上の複合差別と闘う(上瀧浩子)
在特会及び保守速報による名誉毀損に対して裁判闘争を続け見事勝訴した李信恵反ヘイト訴訟の代理人による報告である。特にインターネット上の被害の特徴として容易に拡散し、保存できることを挙げた上で、「炎上」による被害を具体的に検討している。人種民族差別と女性差別が重なった複合差別、累積的トラウマを、専門家意見書をもとに分析する。
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第 5 章 「ネット炎上」における人権侵害の実態(明戸隆浩・曺慶鎬)
ネット炎上における人権侵害を実証的に研究する。Livedoor NEWSサイトの炎上・批判から339件のニュース記事を取り出し。Twitter上で確認したケースを分析する。分析対象一覧、対象事例一覧が示され、コードを利用した分析を行ったうえで、人権侵害について、尾辻かな子、室井祐月、石原慎太郎、茂木敏充の4人に関わる事例を検証する。「炎上」は、その元発言の悪質さについてもそれに対して向けられるコメントの悪質さについても多様であり、炎上と言う現象それ自体は、道徳的な善悪とは別だという。
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5本の論考は、テーマも論述方法も多様で、まとまりがないが、それぞれが本書の序論的位置にあると理解すると、ヘイト・スピーチ問題の多様性と広がりを理解する手助けとなる。おそらくこれ以外にも数多くの序論を書くことが可能であり、その序論の蓄積によってようやくこの問題の大きさ、深刻さを把握できるようになるだろう。言いかえると、一部の現象だけを基に論じても視野狭窄に陥ることになる。
本書は「デクノロジーと差別」という切り口で議論するために必要な限りで序論を数本用意しており、それぞれを基に考えることもできるし、連関させて考えることもできる。複合差別論も重要である。