宮下萌編著『テクノロジーと差別――ネットヘイトから「AIによる差別」まで』(解放出版社)
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第 3 部 テクノロジー/ビジネスと差別
第10章 「AIによる差別」にいかに向き合うか
第11章 ビジネスは人権を守れるのか ? ―イノベーションの落とし穴
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第10章 「AIによる差別」にいかに向き合うか(成原慧)
Aiによる差別、特にAIを用いたプロファイリングに焦点を当てて、個人情報保護法制の意義を論じる。AIによる差別には、アルゴリズムの設計に起因する差別、学習するデータに起因する差別、集団の属性に基づく判断に起因する差別、人間によるAIへの責任転換があるとし、それぞれの特徴を分析する。AIによる差別を防ぐために、総務省AIネットワーク社会推進会議は「AI利活用ガイドライン」を作成している。欧州委員会や米国連邦取引委員会では差別防止の法的対処が始まっている。プロファイ輪舞について、EUの一半データ保護規則、カリフォルニア州消費者プライバシー法など。日本の個人情報保護法は十分な対応ができていないので、法とテクノロジーの役割の問い直しが迫られている。
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第11章 ビジネスは人権を守れるのか ? ―イノベーションの落とし穴(佐藤暁子)
2011年の国連人権理事会「ビジネスと人権に関する指導原則」における国家の人権保護義務、企業の人権尊重責任、人権侵害の被害者の救済へのアクセスを確認し、日本の対応は遅れているが徐々に検討が進められているという。テクノロジーと人権について、日本政府は「人間中心のAI社会原則」「AI利活用ガイドライン」を作成している。日本も国際社会も十分な対応ができていないため、2020年1月、市民社会から改善勧告が出ている。国連人権高等弁務官事務所も人権尊重の声明を出した。技術開発による人権リスクはますます強まっているので、企業の対応が喫緊の課題である。デンマーク人権機関の「デジタル活動の人権インパクトアセスメントに関するガイダンス」を参考に検討している。
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第12章 テクノロジーは人種差別にどう向き合うべきか ?(宮下萌)
2020年6月のテンダイ・アチウメ人種主義・人種差別特別報告者が国連人権理事会に提出した報告書「人種差別と新興デジタル技術:人権面の分析」を紹介し、検討する。報告書は、技術の中立性を否定し、数字の中立性や客観性が差別的結果の発生を助長していることに留意している。反差別政策は包括的なものでなければならない。「露骨な不寛容および偏見を動機とする行動」や「新興デジタル技術の直接差別的・関節差別的設計/利用」について検討の上、人種差別的構造がつくり出され、強化される。差別は多様な領域に及ぶが、刑事司法においてもレイシャルプロファイリングが行われている。これについては2020年の人種差別撤廃委員会一般的勧告36号がある。現状を踏まえて、報告書は「人種差別への構造的・分野横断的人権法アプローチ」を論じている。宮下は、「人種差別とテクノロジー」問題を、①インターネット上のヘイトスピーチ、②AIプロファイリングを含むテクノロジーの設計・利用における直接的および間接的差別、③テクノロジーによって生じる構造的差別に分類し、それぞれについて国際人権基準を発展させ、国内で活用することを提言する。
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AIが法の世界に与える影響についてはここ数年、法学会でも検討が続いていきたが、法的対応が現実に追いついていない。特に人権論の視点からの検討が不十分であった。本書はAI、ビジネスと人権を取り上げ、最後にアチウメ報告書を紹介・検討することで今後の方向性を示している。私もこうした分野について十分に論じてこなかった。ヘイト・スピーチの原理的な局面での検討だけで精一杯といったところだ。インターネットにおけるヘイト・スピーチについても十分な議論ができていない。昨年、中川慎二・河村克俊・金尚均編『インターネットとヘイトスピーチ――法と言語の視点から』(明石書店、2021年)を読んだ。
https://maeda-akira.blogspot.com/2021/06/a.html
国連人権理事会諮問委員会が、2021年に人権理事会に提出した委員会報告書『人権促進保護の観点から見た新デジタル技術の影響、機会、挑戦(A/HRC/47/52)』は、『救援』21年8月・9月号に紹介した。
今後は本書を踏まえて調査・検討していくことになる。